巨大な墓穴を掘ったシベリア強制労働

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おじいちゃんがシベリアにいた時の話をさせてください。
この話はおじいちゃんに会うたびに聞かされる話です。

97歳のおじいちゃんは認知症で、さっきご飯を食べたことも忘れてしまうくらいですが、もう70年以上も前シベリアにいた時のことは昨日のことのように覚えているのです。

満州で終戦を迎え

おじいちゃんは戦争中兵士として満州に渡ったそうです。

ある日、日本が戦争に負け満州を引き上げることになりました。
当然日本に帰れると思ったのにシベリアに連行されて、シベリア鉄道を作るために2年間強制労働させられることになりました。

シベリアで強制労働

冬は厳寒のシベリア。
冬の間は屋外で顔や手を擦ってはいけなく、部屋に戻ると擦った部分の皮膚がずるっと剥がれてしまうと言っていました。

食事は1日豆がふた粒入った目玉スープ、それに固いパンだけ。
寒さと飢えにくわえて鉄道を作るための厳しい労働、戦友たちはどんどん命を落としていき、朝起きると隣に寝ていた人が冷たくなっているのだそうです。

穴を掘らされ

おじいちゃんたちは夏の間に広い広い穴を掘らされたそうです。
穴といってもシベリアは土のすぐ下が永久凍土で、1メートルも掘り進めれば、もうそこから下は固くてスコップが止まってしまうのです。

なぜそんな巨大な穴を掘るのかとロシアの兵士に訊いたところ「おまえたちのための穴だ」と言われ、強制労働させられている兵士たちの巨大な墓場になるというのです。

ロシアの兵士の言う通り、毎日毎日何人もの戦友たちが亡くなっていきました。
特に満州で高い位についていた人ほど早く死んでいったと言います。

おじいちゃんはペーペーの年若い兵士で粗食や待遇の悪さに慣れていたのが幸いしたのか、なんとか生き延びることができました。
でもいいものを食べ、つらい労働をしたことのない偉い人たちは粗食と厳しい労働、そしてシベリアの気候に耐えることができなかったのでしょう。

認知症が進行しどんどんいろいろなことを忘れていくおじいちゃん、シベリアのつらい思い出こそ早く忘れた方が幸せなのにな、と思うのです。


Writing by まめたろう
またわりできるようになりたいです

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