無実の少年に死刑執行!~人種差別の犠牲者ジョージ・スティニー~

電気椅子で死刑が執行されたとき、少年は14歳だった。
裁判のあいだ、彼は聖書を肌身離さず、懸命に自身の潔白を大人たちに訴え続けた。死刑執行室に入るときも聖書を抱きかかえていた。大人用の電気椅子はサイズが大きすぎて、執行人は彼の聖書を取りあげて椅子の高さを調節した。

マスクが顔に被せられ、高電圧が加えられると、ショックでマスクが外れて表情が丸見えになった。その頬には涙がつたい、口から泡が噴きだした。
彼は無実だった。死刑台に送られたのは黒人だったからだ。

1940年代のディープサウスでアフリカ系アメリカ人であること

14歳の黒人少年、ジョージ・スティニーは、20世紀以降のアメリカ合衆国における最年少の死刑囚である。彼は8歳と11歳の白人少女2人を殺害した容疑で逮捕された。裁判2時間、陪審員の評議10分という異例のスピードで死刑は確定し、事件発生からわずか80日あまりで刑が執行された。

スティニーの一家が暮らしていたのはサウスカロライナ州の小さな町アルコル。当時のアルコルは黒人への差別意識が根強い典型的な南部の町で、白人と黒人の居住区域もはっきりと区別されていた。
1944年3月23日、ベティ・ビニッカーとメアリー・テムズという白人少女が行方不明になった。2人は自転車で花を摘みにでかけ、スティニーの家の前を通りかかって、メイポップが咲いている場所を彼に訊ねた。これがベティとメアリーが目撃された最後であり、そのあと2人は消息を絶つ。翌日、黒人の居住区域にある排水溝に沈んでいる2人の遺体が発見された。ともに後頭部を鈍器で何度も殴られた痕があった。

その数時間後にスティニーは逮捕される。彼は連行され、両親の立ち会いのないまま白人保安官に取り囲まれて尋問された。
逮捕のニュースが知れ渡ると、町じゅうの白人たちは騒然となった。
「黒いガキが白人の娘を殺したってのは本当か?」
拘置所に押し寄せた群衆は、今にも建物を破壊して乱入し、スティニーをリンチしかねない勢いだったという。
スティニーは取調室で自白を強要された。「僕はやってない」と言うと、大人たちは殴る蹴るの暴行を加えた。警察の発表によると、スティニーがいたずら目的で少女たちを殺害し、凶器を排水溝に捨てたと自供したことになっている。ただし、裁判記録にスティニーの署名入りの供述調書は存在しない。

14歳の黒人少年ジョージ・スティニー
■ジョージ・スティニーState of South Carolina, Public domain, via Wikimedia Commons

わずか1日で死刑が確定

裁判は事件からおよそ1か月後にはじまった。当時のサウスカロライナ州では、14歳以上の者は刑事事件において成人とみなされ、刑事責任が問われたのだ。陪審員がすべて白人だったのもめずらしくもなんともない。

スティニーの両親は白い暴徒の襲撃を恐れるあまり、裁判所に足を運ぶことすらできなかった。もとより黒人は入ることが許されず、裁判所は1000人を超える白人たちに取り囲まれて一触即発の状態になる。
スティニーの国選弁護人チャールズ・プラウデンは、検察側が示した矛盾だらけの自白の証言に異議を唱えず、証人も召喚せず、ろくに弁護をしなかった。裁判は2時間あまりで閉廷し、陪審員の審議も10分足らずで終わり、すぐさま有罪評決が下された。

スティニーと同じ刑務所に収容されていたウィルフォード・ハンターは、スティニーが無実を訴え、自白を強要されたことを明かしたとのちに証言している。
「僕はやってない、やってないよ! あの人たちはなぜ、何もしてない人を殺したがるの? 僕にはわかんないよ」

「14歳の黒人少年に死刑判決!」のニュースが流れると、全米から抗議の声や恩赦の嘆願書がオーリン・ジョンストン州知事のもとに殺到した。
「子どもを電気椅子に座らせるなんて、ヒトラーと同じだな!」
しかし、ジョンストンはこれらの声を頑として聞き入れなかった。
わずか80日のあいだにスティニーは殺人罪で起訴され、裁判にかけられ、死刑が確定し、州によって処刑された。事件発生から死刑執行まで約80日というのは、いくらなんでも展開が早すぎる。

70年を経て死刑判決が破棄される

事件によって白人の怒りを買ったスティニーの家族は、報復を恐れてアルコルを出ていった。
それ以降、長年にわたって家族が要求してきた再審請求がようやく認められ、2014年、サウスカロライナ州はスティニーへの有罪判決を取り消すことになる。
また、ある郷土史家は時間をかけて丹念な調査を行い、スティニーの容疑を晴らすに足る証言や証拠を見つけだしていた。彼によると、犯人と推定される人物はすでにこの世を去っており、今際の際の告白を遺族が証言したという。その人物はアルコルの著名な白人一家の人間で、家族の一人が最初の検視委員会の陪審員を務めており、スティニーを起訴するように働きかけていたとのことだ。

真犯人が何のお咎めもなく人生をまっとうしたことを思うとやりきれない。21世紀になって、ようやくスティニーの無罪が確定したという事実にも複雑な思いが残る。死刑確定まで10分、無実が証明されるまで70年。まるで茶番だ。

わが国には14歳の殺人者がいた。彼は少年法に守られて、現在は一般人として暮らしている。こちらも冤罪説がささやかれているけれど、その可能性はきわめて低いと筆者は思う。身も蓋もない言い方だが、ジョージ・スティニーが何もかもから見放されていたことは確かだろう。
このさき、このような冤罪が生まれないことを切に願う。

eyecatch source:State of South Carolina, Public domain, via Wikimedia Commons

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