「ひょうすべ」と呼ばれる妖怪をご存知だろうか?
知っている、と即答できた人は「ちょっとした」妖怪通にちがいない。
ここで「ちょっとした」という言葉を使ったには理由がある。
「ひょうすべ」は所謂、日本の三大妖怪「鬼」、「天狗」、「河童」などと比べると知名度は劣るものの、漫画やアニメなど、娯楽作品などではたびたびその姿を見せているからだ。
例えば水木しげる作品、「ゲゲゲの鬼太郎」ではモブキャラクターとして数多く登場しているし、国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」第33話でもまるちゃんの妖怪好きという一面を示すために一役買っていたりする。
つまり「ひょうすべ」とは数多の日本妖怪の中でも知る人ぞ知る、人気のキャラクターなのだ。
「ひょうすべ」とは何か
では、「ひょうすべ」とはどんな妖怪なのか、具体的に解説していこう。
「ひょうすべ」とは佐賀県や宮崎県を始めとする九州地方で広く語り継がれる妖怪をさす。
またの名を「ひょうすえ」とも言い、漢字では「兵主部」と書くそうだ。
その姿は石燕の「画図百鬼夜行」や江戸時代の巻絵物によると、禿げあがった頭ににやけた表情の老人のような顔、動物のように毛むくじゃらな身体を持ち、二足歩行。
「ひょーひょー」と甲高い鳥のような声で鳴き、酔っ払ったような、もしくはおどけた千鳥足で歩くのが特徴的だという。
また、「ひょうすべ」はナスを好み、地方によってはその年、畑で初めて取れたナスを「ひょうすべ」に供えるという風習があるという。
一説によると「ひょうすべ」は「河童」の一種だとも言われる。
河童には「水虎」のような竜のごとき鱗を備えた猛獣タイプ、恐らくもっともポピュラーなイメージである甲羅を背負ったすっぽんタイプ、そして沖縄の「キジムナー」や奄美諸島の「ケンムン」と言った身体を毛に覆われた類人猿タイプがあるとされ、彼岸の時期になると河童は川から山へと移動すると言い伝えられており、その際身体が獣毛に覆われると考えられていたようだ。
それは季節によって我々人間が衣替えを行うことに酷似しており、河童にも人間同様、生活の営みが存在すると考えられていたのかと思うと実に興味深い。
本当は怖い「ひょうすべ」
このように一見ユニークで、我々人間にも近しいところがあると見なされて来た「ひょうすべ」だが、果たしてそのイメージは「キモかわいい」だけだったのだろうか?
否、実はそうではない。
河童の凶悪な一面として、人間や家畜、特に馬に危害をくわえると言う習性があることは数多くの伝承で語られているが、この「ひょうすべ」にも似たような話は伝わっている。
「ひょうすべ」は民家に忍び込み、勝手に風呂に入っていくことがあるが、湯船に残った大量の体毛は有毒であり、それは馬が触れるだけで死んでしまうほど強烈であるらしい。
また、「ひょうすべ」の姿を見た者やその笑い声につられて笑った者は原因不明の熱病に罹るとか、ナス畑を荒らす「ひょうすべ」の姿を見た農家の女房が全身、紫色に腫れ上がって死んだなどという恐ろしい話も残されている。
モブキャラという役回りが多い割には、なかなか凶悪な祟りをもたらす存在だと言えるだろう。
「水神信仰」の中の「ひょうすべ」
また、この「ひょうすべ」という呼び名は「河童」よりも古いもので、両者は全くの別物だとする説もある。
ここでは河童以前、水神としての「ひょうすべ」について考察してゆきたい。
古代中国の洪水の神「蚩尤」は戦の神でもあり、つまり、「兵主神」であり、「ひょうすべ」の語源となった説もある。
また「兵主神」は渡来人である秦氏によって日本に持ち込まれたが、その過程で戦闘の神から食料を護る神へとその性質を変えており、現在でも兵庫県丹波市、滋賀県野洲市などの土地で「兵主神社」の名で祀られている。
日本の歴史に目を戻すと、神護符景雲2年、春日大社が三笠山に遷された際、社殿を建て替えるための労働力として呪法によって命を吹き込まれた人形たちが生み出されたという。
社殿の完成後、不要になった人形たちは川に捨てられてしまったが、人形たちはこれを恨み、妖怪となって人々に危害を加えるようになる。
この事に心を痛めた称徳天皇に命じられ、兵部大輔(武官の役職名)に就いていた橘島田丸なる人物が妖怪たちを鎮め、自らの家来としたという。
そのため、この妖怪たちを「主は兵部」という意味から「兵主部(ひょうすべ)」と呼ぶようになった、とされる。
また、前述の橘氏の祖先を祭神、「ひょうすべ」達を眷属として祀っている潮見神社では水難・河童避けの呪文として、次のような唱えごとが伝わっている。
「ひょうすべよ 約束せしを忘るなよ 川立おのがあとはすがわら」
これはあの菅原道真が九州は大宰府に流された際、「ひょうすべ」達を助け、その返礼として「ひょうすべ」達は菅原一族を傷つけないと交わした約束を思い出させるためのものである。
ちなみに「すがわら」という単語を含む、水難除けの呪文は近世以降、類似したものが多数、記録されているらしい。
ひょうすべとは
ある時は人々から侮られる道化、ある時は恐れられる祟り神=妖怪、ある時は祭り上げられた神である「ひょうすべ」。
古くは妖怪画や絵巻物、現在や漫画やアニメと言った多くのメディアに現れる、日本人にとって愛すべき隣人とも言うべき親しい存在は、これからも日本文化の中にひっそりとでも息づいていくに違いない。
featured image:Toriyama Sekien (鳥山石燕, Japanese, *1712, †1788), Public domain, via Wikimedia Commons
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