第422連隊戦闘団 日系アメリカ人達の戦争の記憶

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第442連隊戦闘団・・・この部隊は第二次世界大戦時、アメリカ合衆国の国民であった日系アメリカ人による編成部隊であり、ヨーロッパ戦線にてドイツ軍、イタリア軍を相手に勇戦敢闘した戦歴を持ち、アメリカ合衆国の軍事戦史上において最も勲章を授与され、その中でも負傷者や戦死者に与えられるパープルハート勲章を最多に保有し、「パープルハート大隊」とも呼ばれてもいます。

日系アメリカ人

彼等の奮闘ぶりはのべ死傷者数9486人を記録し、アメリカ合衆国戦史上において最も武勇を持つ部隊としても知られています。

真珠湾における日本の宣戦布告により、アメリカ国内にいる日系人は迫害に晒され、仕事や土地に財産などを没収され、収容所へと送り込まれるなどのぞんざいな扱いを受けていました。

作者 Department of the Interior. War Relocation Authority (National Archives ARC#536004 Record Group:210) [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由

これには白人社会における黄色人種への根強い差別があった為に起き、開戦時においては白人による日系人の私刑なども日常的に散発し、アメリカ社会における日系人の扱いは過酷を極めてもいました。

この扱いは、第二次世界大戦下における日本が掲げていた、白人からの植民地支配からの脱却に対する宣伝にも使われるようになり、アメリカ政府はそれを否定する為に、日系人部隊の設立に乗り出す事になっていく事になります。

日系人部隊に編入された彼等は、その小柄な体系ゆえに、当初は役に立たないと見られていましたが、彼等の動きは勇猛さがあり、戦闘時においても果敢に戦う等、白人の思惑を超え活躍する事となります。

でもそれは、多くの戦死者を生み出す事となっていくのです。

作者 US Army [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由

ヨーロッパ戦線

彼らが投入されたヨーロッパ戦線において、日系人部隊の活躍は多くの武勇を残すものとなっていますが、当時においてはそれらはあまり公表される事は無く、ローマの解放へと向かう際にも、彼らが現地入りする事は危惧されてしまい、彼らの存在は戦史の中では埋もれてしまう位置にあったのです。

この日系人部隊でも最も有名なのが、1944年10月24日における第34師団141連隊第1大隊である「テキサス大隊」の救出劇が挙げられています。

ドイツ軍に包囲され、風前の灯火にあった彼らを救出するために派遣されたのが、彼ら日系人部隊でした。

深い森のボージュの森において、日系人部隊とドイツ軍の熾烈なる戦闘は苛烈を極め、多くの日系人部隊が戦死してしまいます。

後に第一次世界大戦休戦記念日にダールキスト少将が彼ら部隊を訪問した際に、集まりが悪いと叱咤しましたが、連隊代理の中佐がこれが全員だと告げる程に、日系人部隊の生き残りは僅かな数になっていたのです。

作者 Abbie Rowe, 1905-1967, Photographer (NARA record: 8451352) (U.S. National Archives and Records Administration) [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由

第二次世界大戦・・・多くの差別や偏見のある中で、この日系人部隊は枢軸国と戦いながらも、差別と偏見とも戦い、トールマン大統領から賛辞を受け、英雄として輝かしい戦歴を持つも、戦後その活躍はあまり周囲には知られてはいませんでした。

戦後約65年後

2010年10月に大きな変化が見えていきます。

Pete Souza [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由

オバマ大統領による442連隊戦闘団は、アメリカ合衆国最高位勲章である議会名誉黄金勲章を授与する法案に署名され、アメリカ陸軍での戦史教育においても、442連隊戦闘団の戦歴は紹介される事となり、僅かではありますが、彼らの活躍は後世に知られるようになっていきました。

願わくば、こんな偏見と差別に満ち、戦場を生き抜かなければいけない困難な部隊が、もう二度と出ない事を願いたいです。


Writing by イバ・ヨシアキ
マニアックな浅くも無く深くも無くな、ミリオタな男性です。
ペンネームは、戦国自衛隊の千葉真一が演じていた主人公の伊庭義明から拝借したものです。
こんな男ですけど、よろしくお願いいたします。

icon image : Dorothea Lange [Public domain], via Wikimedia Commons

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