日本の年間行方不明者数をご存知だろうか?
警視庁が2021年に発表したところによれば、その数79,218人。
1年間の間に約80,000人もの人間が何らかの形で行方をくらましているのだ。
その大多数は20歳代以下の子ども・若者と70歳代以上の高齢者だ。
一方で働き手として、また子育てや介護の担い手として社会の一端を担う人が多い30歳代~60歳代はやはり上下の年代と比べ行方不明者は少ない。
しかし、この結果に安堵してはいけない。
その数は決して0ではないのだから。
ゴールデンウィークを楽しむ一家
千葉県在住の主婦、Sさん(48歳)は1998年のゴールデンウィークを群馬県新田町(現・太田市)にある夫の実家で過ごしていた。帰省には娘と生後間もない娘の子ども、つまりSさんの孫も一緒でかわいい赤ん坊を中心にさぞ和やかな団欒を楽しんだことだろう。
5月3日の午前中には集まっていた親族一同-Sさん、夫、娘、孫、義母、叔父、叔母がそろって車で買い物に出掛けたそうだ。その際、Sさんの義母の提案で、群馬県宮城村(現・前橋市 三夜沢町(みよさわまち))にある赤城神社へ行くことなった。
赤城神社は赤城山山腹に位置し、はっきりとした創建の頃こそわからないものの、古い歴史を持つ神社である。
参道には約1,000本の松の木が立ち並び、杉の木に囲まれた中に建つ拝殿は静謐な雰囲気をまとっている。
一方で境内の湧水は御神水として有名でその水を汲みに来る人が後を絶たない。
また、4月下旬から5月上旬にかけては人の背丈を優に超えるツツジの花が咲き並び、多くの人々を集める観光スポットにもなっている。
5月3日はちょうどツツジの見頃にあたっており見物していこうということで、一同は赤城神社へと車を走らせた。
「せっかく来たのだから」の言葉を最後に消えた主婦
11:30頃には神社の駐車場に7人を乗せた車が到着する。
神社についた際には運悪く雨が降っていたのものの、駐車場には20台ほどの車が停まっており、なかなか人出がありそうな様子だった。雨天だったため、赤ん坊を連れた娘をはじめSさん、義母、叔母の女性陣は車内で待つことにし、夫と叔父が参拝と水を汲みに境内へと向かった。
ところがめったにない機会、行かねばもったいないと思ったのか、2人が出発してすぐにSさんも「せっかく来たのだからお参りしてくる」と参拝用のお賽銭を準備し始める。
Sさんは小銭だけを持って2人を追いかけ神社へと向かった。
Sさんが車を出た直後、ぐずった赤ん坊をあやすため娘が車を下りる。
すると先程出掛けて行ったSさんが、境内から少し離れたところで立ち止まっているのが見えた。
「なぜあんな場所にいるのか」
娘は少し疑問に感じたものの、ぐずる子どもをあやすためしばらく目を離した隙にSさんの姿は消えていた。
社殿は車を停めた駐車場から徒歩で3分程の場所にある。夫と叔父は参拝と水汲みを終え、しばらく後に車に戻ったものの、2人はSさんに会わなかったという。
心配になった娘が周辺を探してみたものの、Sさんは見当たらない。彼女が車を出てからまだ10分と経っていないにも係わらずである。
その後、夫、義母、叔父、叔母も加わり付近を探し回ったもののSさんを見つけることはできなかった。
Sさんは白昼の神社で忽然と姿を消してしまったのだ。
失踪当時の状況と捜索の進展
失踪当時の状況は次のようだ。
失踪当時の状況
先に触れた通り、神社周辺は雨が降り始めていた。
雨は降っていたのものの、ゴールデンウィーク中のツツジの見頃だったため観光客が来ていた事に加え、5月5日の例祭の準備を行う人も来ており、普段よりも多くの人間が神社にはいたようである。
Sさんは車を下りた際、ピンクのシャツに黒いスカート、ハイビスカスの飾りがついた青いサンダルといういで立ちで赤い傘を持参していたという。
また、眼鏡はかけていたものの、耳の持病のため普段から使っていた補聴器は車に置かれたままであった。
自力での捜索ではSさんを見つけられないと判断した家族は13:30頃、警察署に捜索願を提出する。16:00頃には警察や消防などが集まり捜索を開始。警察犬も投入されたが、雨の影響もあってか追跡は失敗に終わった。
その後、10日間で延べ100人を動員して捜索や周辺への聞き込みが続けられ、上空からヘリコプターによる捜索も実施されたものの、Sさんはおろか手がかりの1つすらも見つけられなかった。
ピンクのシャツに赤い傘、花飾りのついた青いサンダルというSさんの服装は比較的周囲の目につくものだったと思われるが、目撃情報もわずか20件ほどと少なく、有力な手がかりとなりそうなものもなかったという。
Sさん本人の目撃情報は乏しい一方で、娘が最初にSさんを探しに行った際、帽子を目深にかぶった怪しい3人組を目撃している。
ホームビデオに無言電話
失踪後も家族はSさんを探し続け、2006年にはテレビ番組にも出演し情報提供を求めている。
番組内では、Sさんが失踪したと思われる日時に赤城神社で偶然参拝客が撮影したとされるホームビデオが紹介された。
そのビデオには赤い傘をさした女性が、他の人物のほうに自分の傘を傾けながらなにか話しているような様子が映っていた。
家族はその女性についてSさんとは別人であると証言している。しかし、そのビデオ内に別の傘をさす人物が小さく映っており、これがSさんなのではないかとも言及されている。
番組内では透視による捜索なども試みられているが、現時点でSさんや手がかり発見に繋がっている様子はない。
(なお行われた透視によれば、Sさんは暴行目的の事件に巻き込まれ、すでに亡くなっているという結果だった。)
千葉県内自宅には鳥取県米子と大阪の市外局番で数回、無言電話がかかってきたこともあるそうだ。
米子も大阪も家族にとって特に心当たりのある地名ではないとされており、この無言電話がSさん失踪と関係があるのか、単なるいたずらなのか、目的はわかっていない。
失踪から10年後の2008年6月、家族はついにSさんの失踪宣告を請求し、公の捜索は終了することとなった。
主婦はなぜ消えたのか
雨の降る神社であまりにも忽然と姿を消したSさん。彼女の失踪は偶然のものなのか、意図的なものなのか。
成人女性がいなくなったにしてはあまりにも手がかりが少ないため、Sさんの失踪理由について、長年様々な憶測が囁かれ続けてきた。
失踪理由は大きく分けて3つ考えられる。
- 自発失踪
- 事件に巻き込まれた
- 事故に巻き込まれた
この3つの理由をさらに細分化しながら、その可能性について筆者なりに検証していきたい。
1.自発失踪の可能性
Sさんが自らの意思で意図的に姿をくらませた可能性である。
この失踪理由について、
<A> Sさんがで単独で失踪した
<B> 協力者と共に失踪した
この2つの面から考えてみたい。
<A> Sさんが単独で失踪した可能性
Sさんは家族のことや自分の将来についてなどなんらかの深い悩みを抱えており、この悩みから解放されるため今の生活から自分を完全に切り離すために自ら失踪した、という可能性である。
計画的に失踪したという意味では可能性は低いだろう。理由はまとまった現金も持たず、足元はサンダルという家族から逃げようとする計画性が感じられない点である。
すぐに家族がSさんがいないことに気が付き、探し始めたとすれば最大5人の人間がSさんを探し回るのだ。
長距離を歩いたり、どこか人気の少ないところに身を隠そうとするのにサンダルではなんとも足元がおぼつかない。
また、家族が車で探し回る可能性も考慮に入れるなら、Sさん側もバスやタクシーなど公共交通機関で逃走距離を稼ぐ必要がある。
足が付かないようにするためにはクレジットカードではなく、現金での支払いが安全だと考えられるが、そのための交通費を持っていた様子もない。そして1番のネックはよしんば失踪が成功したとして、その後どのように生活するかだ。
もしもSさんが家族から逃れる機会を見計らって常日頃衣服の下などに現金を隠し持っていたのだとしても、人は金があるだけでは生きていけない。
身分証明書もなければ身元を保証する人もいない状況では、家を借りるのも仕事を探すのも、行政サービスを受けることも難しいだろうことはSさんもわかっているはずだ。
<B> 協力者と共に失踪した可能性
友人、知人、はたまた夫以外の交際相手がおり、彼ら彼女らの手を借りて新しい生活を始めようと失踪した可能性である。
こちらも可能性は低いだろう。
もしも計画的に第3者と失踪するのであれば、やはり逃走に適した人目に付きにくい恰好、行動しやすい恰好で臨むだろう。その上、この赤城神社に行くという予定が決まったのも、Sさんの義母による当日の思い付きである。
1998年はスマートフォンや携帯電話が普及していた時代ではなく、今日のように簡単に誰かと連絡を取り合えるような環境ではない。
加えてゴールデンウィークの滞在場所も夫の実家というSさんが勝手知ったる場所とは言えない土地である。
人1人の痕跡をなにも残さずに消すほど綿密な計画を立てるのは難しいだろう。
最初は単独で失踪したものの、逃走途中で知り合った第3者の手を借りたという可能性もあるが、大方の人間がSさんの事情を知れば、警察や帰りを待つ家族に連絡するだろう。
万が一道中、Sさんの逃走に手を貸すような人物とSさんが偶然出会ったとしたら。
それは逃げ切りたっかたSさんにとっての幸運となっているかもしれないが、弱みを持つSさんがさらなる事件に巻き込まれている可能性はあるのかもしれない。
2.事件に巻き込まれた可能性
Sさんがなんらかの事件に巻き込まれた可能性である。
この失踪理由について、
<A>Sさん自身が事件のターゲットとなった
<B>偶然事件に巻き込まれてしまった
<C>家族による失踪偽装
の3つの面から考えてみたい。
<A> Sさんが事件のターゲットとなった可能性
これはSさん自身に対する怨恨から事件の被害者となったというよりは、無差別型犯罪の被害者となった可能性である。
突発的に来訪が決まった場所でSさんを計画的に狙うというのは、かなり難しい話であるし、Sさんが日頃から他者とのトラブルを抱えていたという話は聞かれない。
もしも犯罪のターゲットとなったのであれば、「誰でもいいから殺してみたかった」、「誰でもいいから拉致した」などといった無差別に被害者が決まった事件が考えられる。ただし、警察犬やヘリまで投入し人員的にも大掛かりに行われた捜索でSさんに繋がる手がかりは発見されていない。
いくら女性とはいえ、成人が無抵抗に殺害されたり拉致される可能性は低いのではないだろうか。もしもSさんが抵抗したとすれば、なんらかの痕跡が残されていてもおかしくない。
また、事件当日の赤城神社にはそこそこの人出があった。
わざわざ人の目につく可能性が高い場所で犯行を企てる者も少ないだろう。
<B> 偶然事件に巻き込まれてしまった可能性
Sさんが事件性のある「なにか」を偶然目撃してしまい、事件に巻き込まれた可能性である。
1979年に地元の人の出入りもある山で、主婦2人が白昼「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」というメモを残し惨殺された『長岡京ワラビ採り主婦殺人事件』も過去には起きている。
残されたメモの通りに受け取るならば、この事件も人目に付く可能性のある場所でなんらかの事件を目撃した人間が殺害された事件になるのだろう。
ただし長岡京ワラビ採り主婦殺人事件は犯人が特定されないまま時効を迎えたものの、遺留品や遺体自体が現場に残されている。
やはり人の目を盗み、成人女性を現場から連れ出す、運び出すのは至難の業であろう。
なお、赤城神社主婦失踪事件においてはSさんの娘が最初にSさんを探しに行った際、帽子を目深にかぶった怪しい3人組を目撃しているものの、この3人が人のようなサイズの不自然に大きな荷物を持っていたという情報はない。
またSさん失踪後に、千葉県内自宅には鳥取県米子と大阪の市外局番でに無言電話がかかってきたもあるそうだ。
この3人組や無言電話がSさん失踪と関りがあるのかどうかはわからない。
一方でこれらの情報が無関係と断定できない以上、Sさんがなんらかの事件に巻き込まれた可能性も排除しきれるものではないのかもしれない。
<C> 家族による失踪偽装
「そもそもSさんは神社に行っておらず、家族により別の場所で殺害された」、「家族が口裏を合わせて失踪したことにした」など、目撃情報が少なく、真相が判然としない失踪事件の際に出てくる、家族による失踪(殺害)偽装説である。
この説に関しては可能性は低いと思われる。理由は秘密の共有者が多すぎることだ。
今回のように失踪から失踪宣告を経て対象者を法の上で死亡させる場合、最低でも7年の年月が必要になる。
その間、秘密の共有者全員がSさん失踪について口を噤み、ボロを出さないよう、証言を完全に一致させ、かつその様子を互いに監視しあわなければならない。
特に事件当時一緒にいた親族は完全な同居ではない。
うっかり予定にないことを話す者が出てきたり、7年もの年月の間に良心の呵責に苛まれる者も出るかもしれない、それぞれの生活テリトリーの中で別の場所で生活する他者に対し疑心暗鬼を募らせながら日常を過ごすのは非常にストレスがかかるだろう。
加えてSさん家族は事件も風化しかかった2006年というタイミングでテレビ番組にも出演し情報提供を呼び掛けている。静かに時の経過を待っていればいいものを、わざわざ人々に事件を印象付けるような行動だ。秘密の共有者は少なければ少ないほど、目立つ行動も少なければ少ないほどいいはずである。
家族がSさん殺害を目論むならもっとより良いタイミングとその後の立ち振る舞いがあったはずだ。
また、家族がSさんを亡き者にしようという共通目標として、「保険金」が考えられる。
Sさんの当時48歳という年齢から考えると義母や叔父叔母などは少なくとも60歳代であったはずだ。失踪宣告を10年後に請求する予定だったとして、夫や娘はまだしも義母や叔父叔母が存命であるという確約はない。
果たして自身が受け取れるかもわからない保険金を得るために5人もの人間が人を亡き者とできるだろうか。
3.事故に巻き込まれた可能性
Sさんが滑落や道迷いなど誤って事故に巻き込まれた可能性である。非常にありきたりな結末ではあるが、やはり可能性が高い説だと考えられる。
赤城神社自体は比較的コンパクトな神社である。
しかし広くはない境内に多数の木々が立っており、社殿から御神水の場所までやや見通しが悪い印象を受ける。
Sさんが車を降り参拝に向かう際に考えたことは、社殿に向かうと同時に先に向かった夫や叔父を探すことではないだろうか。同行者を探したものの、雨のせいで薄暗い空、幾人かの人影や木々の立ち位置、角度といいた偶然により探し人を見つけられない可能性もある。
探し人が見つからない場合、Sさんにとって次の選択は1人で車に戻るか夫らを探し続けるかになる。
もしも夫と叔父を探すという選択肢をとった場合、Sさんが自分の視界に入った御神水や社殿以外の場所に彼らが行ったのではないかと考えることも十分にあり得るのではないか。
赤城神社周辺の裏手には櫃石という遺跡もある。
本来神社から約1時間、急な山道を辿っていくような場所だが、Sさんがそのことを認識せずに夫と叔父がそちらへ向かったのではと推測し、安易にその道に向かった可能性もある。その道中で道に迷い、歩き回るうちに山の中から出られなくなってしまったのではないだろうか。
特にSさんは山道を歩こうと思って赤城神社に来たわけではない。神社周辺の地理にも明るくないだろうし、山道を歩く恰好をしていたわけでもない。
雨が降り足元が悪い中を素足にサンダルという恰好で歩き、探していた人も見つからず自分がどこを歩いているかもわからないという状況になれば、誰でも不安感を覚えたり、人によっては冷静でいられずパニックに陥る場合もあるだろう。
また、Sさん失踪当初、家族だけでSさんを探した際も探す場所は赤城神社周辺だけだったはずだ。
次に警察が本格的に捜索を始めたのは、失踪から約4時間後である。
その間に無慈悲にもSさんが歩行距離を稼いでしまい、山奥へと入り込み帰り道を失ったまま帰ってこられなくなってしまったのではないだろうか。赤城山周辺は決して迷うような山ではないとされているが、それはあくまで山に入る準備が出来た人の話である。
あの高尾山ですら道に迷い救助される人がいるのだから、赤城山周辺であろうとも道迷いがないとは言い切れないはずだ。
最後に
ゴールデンウィークの家族団らん。
雨の降る中、賽銭を握りしめて車を降りたSさん。
去り行く後ろ姿を見て、この後彼女がなんの痕跡も残さずに消えるなど誰が想像したであろうか。
この事件は普段何気なく日常を過ごす私達の背後に確かに存在し続ける見えない危険を示唆しているようでもある。
Sさんの身に起こった「なにか」は、明日の私達に降りかかる「なにか」なのかもしれない。
※画像はイメージです。
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