室町時代の地蔵を水底に沈める雨乞い神事

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地球温暖化の影響で年々夏の暑さが厳しくなっています。
そんな中、深刻な渇水に見舞われた地方で31年ぶりに行われた、驚くべき雨乞い神事をご存じですか?
今回は室町時代の地蔵を水底に沈める、由緒正しい雨乞い神事の成り立ちを解説していきます。

目次

31年ぶりの雨乞い神事

2025年7月27日、新潟県上越市三和区越柳で31年ぶりに雨乞い神事が行われました。それは普段は祠に祀られている阿弥陀如来像を縄で縛り、「雨を降らせないと泥に浸けたままにしておくぞ」と脅し、1週間ほど農業用の溜池に沈めるというもの。

この阿弥陀如来像は室町時代に彫られたもので、高さは60センチ、重さは30キロほど。市の指定文化財になっており、長年の風化で目鼻立ちが削れ、丸い頭部を置いた胴体しか把握できません。
前回の雨乞い神事は1994年、今回は31年ぶり。儀式の最中に激しい雨が降り出して以降、新潟地方は記録的な豪雨と突風被害に襲われており、「お地蔵様に酷い仕打ちをした祟りでは?」と憶測が飛び交いました。

沈められるのはご褒美?雨乞い地蔵は水が好き

実は同様の雨乞い神事は日本全国で行われています。雨乞い神事に用いられる地蔵は「雨乞い地蔵」と呼ばれ、日照り続きの時に柄杓で水を掛けたり、池や川に沈めたりして雨乞いする風習が伝わっています。

京都の常楽池の雨乞い地蔵は田んぼに埋まった屋形の下に水没しており、その姿は見えません。昔の人々は日照りの度にこの地蔵を引き上げ、4本の竹で囲ったのち、注連縄を張った祭壇を設けて祈祷を行いました。
祈祷の際は常楽寺の住職を呼び、「水天龍王に雨を祈る」と書いた卒塔婆を立てます。

天災は雨乞い地蔵の祟りではない

新潟地方の異常気象は阿弥陀如来の祟りなのでしょうか?
筆者は違うと思います。地元の人々昔からのしきたりを守って神事を行っており、何もタブーを破ってはいません。我々の目には酷い仕打ちに映るでしょうが、あれが正しい手順なのです。呪物だの祟りだの面白がって騒ぐのはもってのほか。

柳田國男『遠野物語』には神社のご神体に悪戯している子供を咎めた男が、「楽しく遊んでたのに余計なことをするな」と夢で神様に怒られ、高熱にうなされた逸話が収録されています。人間風情が神仏の気持ちを理解しようだなんて、傲慢だと思いませんか?

山梨県甲府市浄恩寺の雨乞い地蔵は普段から用水路の中に沈められています。こちらは逆に雨が欲しい時に水路から引き上げるそうで、地域によって神事のやり方が異なっているのが興味深い点。
ちなみに阿弥陀如来は念仏を唱える全て人々を救済し、極楽浄土へと導く最高位の仏とされています。そんな心の広い仏様が渇水に苦しむ衆生を祟るとは思えないので、新潟地方の雨は偶然でしょうね。

※画像はイメージです。

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