都市伝説「おおいさん」考察

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こんな情景を想像してほしい・・・深夜、あなたは深夜のアルバイトをしている。
ここは地方都市、もっと言えば周囲に田んぼや畑しか見えないド田舎のコンビニエンスストアだ。
ついさっきまで店内は行楽目当ての客でごった返していたが、それはあくまで一過性のもの。
今、店の中にいるのはあなた一人だけ。棚卸も、掃除もとっくにすませてしまったから、レジでボンヤリ立ち尽くす以外、やることもない。

そうなると、考えなくてもいい嫌なことを考えてしまうのが人間というもの。
例えば、隣町で強盗事件があったがまだ犯人は見つかってはいない。万が一、この店に押し入ってきたらどうしよう。そうでなくても、今日のシフトは自分だけ。強盗とまではいかなくても、深夜に徘徊する、近所でも有名な変人が来店し、無理難題を吹っ掛けるかもしれない。
これから語る都市伝説は、そんな深夜勤務の人間が抱く不安は恐怖心を具現化したかのような内容だ。

目次

命の押し買い屋「おおいさん」の都市伝説

2010年7月、2ちゃんねるオカルト板「洒落にならないほど怖い話」のスレッドにて体験談として書き込まれたのは、こんな話だ。

深夜のコンビニで働く語り手は、店長から「“おおいさん”という男が来たら、絶対に目を合わせるな」と忠告を受けていた。三か月後、その警告をすっかり忘れていたある夜、防犯モニターに“誰もいない空間に頭を下げて接客している”後輩の姿を見つける。慌てて売り場に出ると、後輩の前には見知らぬ中年男――自らを「おおいさん」と名乗る人物が立っていた。

おおいさんは穏やかな調子で買い物をしながら、「どっちかの命ちょうだい」と笑う。語り手が真面目に断ると、男は雑誌コーナーの若者を指して「じゃあ、あの子たちでいい」と言い、最後に「全部もらおっと」と不気味に言い残して針金細工を三本レジに置いて去っていった。

その針金は夜ごとウネウネと動き、やがて動きを失った直後、件の若者の一人が交通事故で死亡する。数日後、再びおおいさんが現れた時、店長は震える手で針金細工を突き返し、「申し訳ありませんが、もう来ないでください」と入店を拒んだ。

おおいさんの手には、事故死した少年の首が握られていたという。

他のコンビニやレンタルビデオ店で働いている友人たちもおおいさんの噂は知っていた、と語り手はこの話をしめくくっている。

以上が都市伝説「おおいさん」の物語である。

一言でいえば、理不尽極まりない話だ。
語り手であるアルバイトの青年を含め、登場人物たちはこれと言って悪事を働いている訳でもないのに、突然現れた奇怪な人物にまるで押し買いのように、「命をよこせ」と一方的に要求された挙句、世にもおぞましい怪異を見せつけられたのだから溜まったものではない。

「おおいさん」の正体について

では、「おおいさん」とは何者なのだろうか?
「命ちょうだい」という言動をとることからして、決して真っ当な存在ではないことは確かだろう。
原点である洒落怖スレッドの書き込みに明示されていないのだから、憶測になってしまうが恐らくはたちの悪い死神の類だろう。

事故死という形ではあるが、若者を一人死に至らしめたのは間違いなく、「おおいさん」がコンビニに置いていった針金細工のような物体の影響だろう。
つまり、「おおいさん」が針金細工を三本取り出した時点で若者たちは、死へと至る呪いをかけられたのだろう。しかも、その犠牲者はランダムに決定するように思われる。

また、この時点では若者の死は偶然だ、と現実逃避する余地があるが、「おおいさん」は自らの凶行を誇示するかのように犠牲者の亡者を引き連れて、再度、コンビニを訪ねてくるのだ。頭と胴が分断された犠牲者の姿はあまりにも悲惨で、恐らく彼が未来永劫、「おおいさん」から逃れられないことを示していると思われる。
そして、生き残った人達も「おおいさん」に対して何ら対抗手段を持たず、せいぜい魅入られないよう目をあわせないとか、「どうぞお帰りください」とお願いするしかない。
我々のように弱い人間にとって、真に邪悪なものとは神に等しいのだろう。神は神でも、祟り神だが。

「おおいさん」=通り悪魔?

「おおいさん」の都市伝説に類似性を感じさせるのが、江戸時代の随筆『世事百談』に語られる、こんな物語だ。

川井という武士が自宅でボンヤリ庭を眺めていると、突然茂みの中から火柱が立ちあがり、続いて塀の上に白い襦袢を着た男が髪を振り乱して現われ、手にした槍を振りかざした。
動転しないよう、川井はとっさに目を閉じ、心から男の姿を締め出し、気を鎮めようとした。
すると火柱も槍の男も消え失せ、川井はほっと胸を撫で下ろしたが、しばらくすると隣の家で騒ぎが起きた。
家の主人が突然乱心し、家人に危害を加えたのだという。
川井は自分を惑わせなかった槍の男が隣の家に移ったのを悟った。

これは「通り悪魔」と呼ばれる日本古来の妖怪の仕業、とされる。
「通り悪魔」は自身を見た者の心を乱し、不慮の災いを引き起こす恐ろしい存在なのだが、「おおいさん」もこれに類する存在ではないだろうか?
都市伝説の語り手も入店拒否した店長も、当然恐怖は感じていたはずだが、最後まで言わなければならないことを気丈に言い、決して心を乱していない。「おおいさん」の目を見てはいけないという禁忌にも触れていない。
しかし、脚であった3人の若者には「おおいさん」に関する知識がなかったため、その姿を見て取り乱してしまった。そして、そのまま魅入られ、命を奪われたという可能性はないだろうか?

ちなみに現代においては、理由もなく他人に凶刃を向ける者を「通り魔」というが、その原因とされてきたのがこの「通り悪魔」である。

「おおいさん」は夜の不安が具現化した怪異

冒頭でも述べたように、夜勤はただでさえしんどい上、犯罪被害に遭う可能性が多少なりともある過酷な環境だと言える。そこに怪異まで乗っかってこられては、泣き面に蜂である。
しかし、どれだけ注意を払おうとも、毎日、ただ真面目に生きてきただけだとしても不幸に見舞われるときは見舞われる。
そんなはかない存在こそ、人間なのだろう。
そして、「おおいさん」達、「通り悪魔」はそんな我々を格好の獲物として嘲り、弄び、食らい尽くす野獣のような存在なのかもしれない。

参考
『おおいさん』コンビニにまつわる怖い話
通り悪魔 – Wikipedia
「日本現代怪異辞典」 著:朝里樹

※画像はイメージです。

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