皇女アナスタシアの謎

DNA鑑定で否定されてしまってるんですが、色々調べると謎だらけのロシア皇帝の娘アナスタシアの話をご紹介します。

1920年、ドイツのベルリンで橋から飛び降りて自殺を図り助けられた若い女性が、記憶喪失で精神病院に収容されました。
しかしこの女性が自分からは何も言わないのに、一家で虐殺されたロシアの皇帝ニコライ2世の4女アナスタシアに似ている、本人ではないかと言われるようになったのです。

アンナ・アンダーソン

■ アンナ・アンダーソンUnknown author / Public domain

当時はDNA検査がなかったので、この女性は、アナスタシア本人かどうかを確かめるためにありとあらゆる身体検査や、親族や知人たちに色々な質問をされたが、けっして自分はアナスタシアだとは言わず、当然のようにふるまっていたと言われています。

ヨーロッパでは長い間裁判になり、皇帝の主治医の息子でアナスタシアの幼馴染らが生涯にわたって擁護したが、生き残ったロシア皇帝の母で祖母にあたる皇太后のデンマーク王女は会わなかったとか、ヨーロッパの王族である親族たちに否定され続け、結局は裁判は却下になりました。

今では1984年に87歳で亡くなったこの女性、アンナ・アンダーソンはDNA鑑定で皇女アナスタシアではないとされ、またロシア最後の皇帝一家は惨殺されて埋められたとされる場所が発掘されてアナスタシアの骨も発見されたことになっています。

彼女は皇女だったのか?

しかしですね、「消えた皇女アナスタシア」ジェイムズ・B・ラヴェル著を読むと、アンナ・アンダーソンはアナスタシアとしか思えないんです。

彼女が何気なく口に出したことが、当時のトップシークレットが多く・・・敵国のドイツ王族の親戚が戦争中に訪ねてきたとぽろっと話したので、あり得ないと否定されドイツ王族本人も否定したが調べると本当だった。

ロシアの宮殿の部屋の話をしたら元の家庭教師はそんな部屋はないと否定したが、じつは来客や召使が入れない皇族オンリーの部屋だと後に判明したとか、目の色がニコライ2世そっくりの美しいブルーだったとか、革命前に皇帝一家が劇場桟敷で観劇中、隣の桟敷にいてアナスタシアの歌を聞いたアメリカ外交官婦人が、後にアメリカでアンナ・アンダーソンと知らずに偶然会い、アンダーソンがアナスタシアが歌った鼻歌を歌っているのを聞いたとか。

あのラスプーチンが皇后アレクサンドラが嫌っていたドイツの王族について、「マウントバッテン家のものがイギリス王位に就くと王家は滅びると予言した」(エリザベス2世がマウントバッテン家のフィリップ殿下と結婚する以前)とか。
ロシア皇帝一家のイパチェフ館での虐殺はなかったとかも・・・・。

皇帝ニコライ2世の妹のオリガ皇女の証言

■ オリガ・ニコラエヴナ (ニコライ2世皇女)Romanov family, probably Emperor Nicholas II or Empress Alexandra Feodorovna of Russia / Public domain

しかしそれ以上にすごいのは、皇帝ニコライ2世の妹のオリガ皇女がアンナ・アンダーソンに会ってすぐにアナスタシアとわかり、ふたりで涙ながらに再会を喜んだが、アナスタシアが父皇帝から、もしものときにとスイスの銀行に預金をしてあると聞いていると話したとたんに、ガラッと態度が変わり、アンナはアナスタシアではない、偽物だと主張したという話です。

これはのちにオリガ皇女が、私は姪になんてことをしたんだろうと悔やみつつ亡くなったという後日談付きで、ロシア皇帝のスイス銀行の隠し財産は、帝政ロシアの副首相がイギリスで、ロシア亡命者のための銀行を作るための資金になったといわれています。

また、裁判ではドイツの元王族で親族たちが、アンナはポーランド人で農家の娘のフランツィスカ・シャンツコフスカという出稼ぎ労働者と決めつけたが、このフランツィスカ説は、アナスタシア擁護派にはいったいどこから探してきたのかとあきれ果てられたそう。

DNA鑑定の結果では?

しかし最近のDNA鑑定でアンナが手術したときに取り出した小腸の一部が保存されていて、それを鑑定したらフランツィスカと一致、なので今ではアナスタシア、アンナ説は完全に否定されてしまいました。
しかしDNA鑑定で否定されただけでなく、フランツィスカと一致したことがあやしいと思いたくなるんですよね。

ごく普通の庶民でも長い間会わなかった親族に会っても、けっこうわかるものですが、ここまで否定されるのはやっぱり莫大なお金が絡んでいたから、それに国家秘密も絡んでいたせいかも、アナスタシアの謎が解明される日が来るのでしょうか。

※画像はイメージです。

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