アニメ作画に苦労話「戦車や乗り物は人物よりも難しい」編。

ライター業をやれば、色々なお仕事をされる方と知り合う事が多くなり、取材を経て、それらの人々の生業にしている職業の裏話などを聞くことができるのです。
色々な情報を知る事になるかなで、一番興味深かったのがアニメーション作画に携わった人の経験話です。

今回は、アニメ作画における「戦車や飛行機」などの乗り物の作画の裏話を語りたいと思います。

当時、昭和の頃のアニメは作画が基本とされており、セル画などに直接に絵をかき、それを何枚も重ね合し、パラパラ漫画の様に撮影して動かす事がアニメ制作の基本となっていました。
既にその頃からアニメーターは、1枚数円という安いギャラで劣悪な環境で働く、苦行とも言われる仕事でもあり、アニメ再作における中でも、最大に苦労する役職とも言われています。

本当に絵を描く事やアニメを作りたい人でなければ、働くのは無理だとも言われているのがアニメ業界です。
今ではパソコンで作業が短縮化され、昔ほど苦労は少なくなったとも言われていますが、やはり大変な現場には変わりはなく、今も成り手が少ないのが日常になっています。
そんなアニメ制作の現場で、40年も作画を担当していた人に取材をした事があり、作画を担当する人の苦労話を聞いた事があります。

中でも、人物よりも書くのが大変だったものが、乗り物などの線の多い作画だったらしいです。
その人によれば、登場人物の作画作業は楽な部類に入る方で、表情などを書くのは比較的に簡単だとも言われていました。
線の多い乗り物を動かし描く方が、アニメ作画においては最大の重労働とも言われていたです。

その中でも、特に鬼門とされているのが、戦車や航空機などの作画でした。
戦車はキャタピラが動く際のリアリズムの追求が監督によって何度も撮り直しがあり、監督の確認の際は皆が肝を冷やしながらその光景を見守っていたとその人は語ります。
また戦車は動く際には地面にわだちを残す為に、そのわだちの形にもこだわりを入れない程に大変だったらしく、動く際の土の弾け方にまで注文を付けてくる監督がいたほどです。
昭和のアニメを見れば、戦車が活躍するアニメはそうそうなかったとも言われており、もし戦車の作画を行うだけで人手不足になる程に当時は戦車の作画は鬼門となっていたのです。

それからすれば、「ガールズ&パンツァー」はCGを使ってのアニメーション技術の発達があったからこそ現実が可能になった作品といえます。

それは航空機にも同じことが言え、飛行機が縦横無尽に飛ぶ際にその動きに合わせた作画を徹底的に書かなければいけない為に、苦労が絶えないと告白していました。
航空機の作画の中で最も大変なのがドックファイトの部分らしく、航空機が回転し、そのひねりを魅せるコマ割りが最大の難関だったとも言われていました。

また乗り物で最大にアニメ作画を困らせたのは、コクピットなどの操縦席の細かさ等でした。
計器や機器を丁寧に纏め上げ、その機器が動くさまを描かなければいけない工夫の思案。
そんな中で、アニメ作画の人員は苦労を重ねながらに、何十枚ものセル画にペンを走らせていたとの事でした。

80年代の代表的なアニメ「超時空要塞マクロス」で、バルキリーが敵の多数のミサイルを避けるだけではなく、チャフまで放出するアクション、放出板野一郎氏の演出は後に「板野サーカス」と呼ばれ話題を呼ぶようになりました。
もしあなたが古いアニメを見る事があれば、その苦労があった事を思い出してください。

イバ・ヨシアキと申します。
遠き幼い日、アニメなどを見ていた頃は、何故動くのかと不思議に思ったものです。
でもセル画などの真実を知り、あれが全て手書きによるものだと知った時は驚きました。
マクロスの劇場版や、天空の城ラピュタなども全て手書きだったと知った時、アニメの奥深さを知ったものです・・・
※画像はイメージです。
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