防大を目指すなら「あおざくら 防衛大学校物語」を読んでみて

昭和から平成になり、自衛隊の在り方も変化してきたせいか、さまざまなメディアで自衛隊を舞台にしたり、自衛官が主人公になる作品が増えてきましたが。
まさか、防衛大学を舞台にした漫画が、しかも少年誌で連載される時代がやってこようとは!
夢にも思いませんでした・・・。

連載開始から二年、その物語は入校した近藤学生を中心にした時間軸で描かれておりますが、どれほど丹念に、彼らの日常をみつめ、追いかけているのかが窺い知れます。

さて物語は

物語はその主人公“近藤勇美”が高校三年生で進路に迷っていた時期から始まります。
彼は調布で食堂を営む両親と妹の四人暮らしで、学年トップの成績を収める優秀な生徒でしたが、働きづめの両親と、それでも楽ではない経済的な事情から進学を諦めていました。
ある日、彼が店番をしているときに食事をしにきた屈強な若者たち(後に、そのうちの一人が近所のお兄さんで、近藤の幼馴染の現役自衛官)が、食事をしに来て、その言葉と姿から『自衛官』という職業と『防衛大学校』という場所を意識するようになるのでした。

近藤は賢い少年で、早慶も目指せる能力がありながら、断念しようとしていたところに『学費も受験料もタダ、しかも給料が出て衣食住全部国が面倒見てくれる!』という夢のような話に飛びつきました。
彼はそれまで自衛隊という組織にもほとんど興味がなかったのですが、『存分に学べる!』という条件と環境に魅かれて志望し、難関を突破するのでした。

春になり、入校した彼の前に現れたのは個性豊かな学生達でした。
人の役に立ちたいとか、父親が自衛官だから、とか。
さまざまなその志望理由がありましたが、彼らの中に確固たる『国防』の意識があったわけではなかったのです。

入校から数日は先輩たちが優しく対応してくれて『この分なら、やっていけるんじゃないだろうか・・・?』と思い始めた頃、急転直下_嵐のただなかに放り込まれたような日々が突然始まりました。
起床時から消灯まで、怒涛の展開が繰り広げられる防大ライフが始まったのです。

一から十まで細かく決められたルールと、それを守れなかった時の想像を超えるペナルティは理不尽そのものであり、それに耐えられないものはどんどん脱落していく、そんな世界です。

ことに、近藤らに課せられていく責任と、それに比例していく理不尽は近藤らを疲弊させていきます。
皆が『なんでこんな目に?』といら立ちを深めていくのに対し、近藤は一つの結論に達していったのでした。
『理不尽なのは、理由はなく“ただ理不尽”であるだけで、それは自衛官として危機的状況に陥った時に如何に的確に判断を下せるようになるのか、指揮官として鍛えるために皆にそういう状況を与えている』ということ。防衛大に於いて数年先を歩き、その日々を乗り越えてきた上級生たち、ことに部屋長でもあった坂木らの苛烈なやりようは近藤にはたまらないものでしたが、それでも一つひとつをクリアしていくガッツと、その能力の高さで、次第に周囲に認められるようになっていったのです。

団体行動、そして連帯責任を常に負わされる中で、『できる子』の近藤と対照的に、何かと足を引っ張る『残念な子』が出てきます。
近藤と同じ部屋の沖田蒼司(おきたそうじ)は父親が海上自衛隊の海将補という影響で防大に入りましたが、父と同様に自衛官として人の役に立ちたい、という気持ちや目標とは裏腹に、要領が悪く、危機感の欠如から周囲に影響を及ぼしてしまいます。
周囲が防大生の通常ペースに馴染んでいく頃にもなかなか追いつけず、反省文や居残りなどのペナルティを負うことになった時、近藤はその課題を手分けしてこなし、彼を助けていくのですが、坂木はそれを『沖田が理不尽に立ち向かうチャンスを奪うことになるんだ』と糾弾します。

毎日が超えられない『壁』との戦いのような日々ですが。
そんな中にも喜びがあり、楽しいこともある。
若い学生たちのエネルギーは尽きることなく、そしてそれがいつか『誰かの役に立つため』に向けられていることが眩しくて、しかしそんな日が永遠に来なければよい、と思ってしまうのです。

みどころ

これはもう『全て』がみどころなのだ、と言いたいほど、よくここまで取材され、物語を構築していったものだな、と思わせてくれる作品です。
作者の二階堂ヒカルさんは、いったいどれほどの現役の『防大生』と『防大出身者』に取材されたのかと思うほど、出てくるエピソードは防大『あるある』の嵐です。

例えば毎日の掃除のチェックの細かさ。
シーツの畳み方ひとつがダメで部屋中がひっくり返され、ベッドまでが窓の外に放り出される様子。
先輩に対する絶対服従という不文律などなど。

笑ってしまったのは、先輩の無茶ぶりな『指令(課題)』をクリアする『司令外出』。
そして、学校の外に一歩出るために通過しなければならない外出点検において、制服のアイロンや糸くずなどのチェックの、それこそ理不尽なまでの厳しさでした。
何度も何度もトライして、ズボンのプレス、靴、校章の磨き不足、しまいには『目の輝き』不備…。
しかし、これはおそらくリアルに学生が日々直面する『壁』のひとつであり、それはいずれ『できて当たり前』になっていくルーチンなのでしょう。

今の日本で、ここまで厳しい世界が他にあるんだろうか、と思うほど、少年漫画という枠を忘れて胸が苦しくなる瞬間があるのですが。
ただシバかれるだけで終わらない、近藤らの雑草のような逞しさはどこか清々しく、そして下手なスポ根よりもずっと爽快でもあります。

それでも、全ての学生がそれをクリアしていけるわけではありません。
そこに『脱柵(だっさく)』という言葉が浮かぶのです。
恐らく、自衛隊以外にこんな言葉が使われるところはごく限られているのではないでしょうか。
要は『脱走』です。

在るべきところから逃走する_学生とはいえ公務員、自衛官の卵です。
それは大罪で、もし発覚すればもうここにはいられないほどの大事になってしまう…近藤の目の前でも、それは起こりました。
同期の原田はPKOに参加して貢献したいという夢を持っていましたが、精いっぱいやっても空回りして、周囲に迷惑をかけている・・・そんな自分の至らなさに身の置き場を無くし、ある日とうとうベッドを抜け出して逃走を図ってしまうのでした。

気付いた近藤が必死で追いかけ、原田に全身でぶつかっていきます。

オレはまだ夢も目標も決まってない。
オレの中じゃ原田がまっ先に昇進してPKOで活躍してるはずなんだ。
その姿を・・・オレは見たい。
だから・・・辞めんな原田!

クサい台詞です。
でもこの物語の世界では、読む者までが納得させられる言葉です。
近藤の熱さは、やっぱり周囲を巻き込んでいくのです。

まだ未熟。でも、可能性は無限。
厳しさと理不尽に翻弄されながらも、近藤らはそこで自分の世界を作り始めていたのです。

これまでは、ドキュメンタリー番組などで垣間見るのがせいぜいの防衛大の学生たちのすがたでしたが、フィクションとはいえ、ここまで踏み込んで描いていること自体が、実は本当に凄いことです。
『守りたいもののために命をかける青春』と二階堂ヒカルさんがあとがきで呟いています。
今この瞬間も横須賀の小高い山の上にこの学校は存在し、リアルに近藤たちと同じ立場で悩み、泣いて笑って奮闘している学生たちがいるのです。

彼らにエールを。
そして彼らが活躍する機会があったとしても、無事に定年退官を笑顔で迎えられる、そんな日本でありますように。

(C) あおざくら 防衛大学校物語 二階堂ヒカル 小学館/週刊少年サンデー

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