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公園を抜けた先に佇むアパート

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新生活が始まるにあたって、まずは部屋探し。
その時に内覧は欠かせないと思います。間取りや周りの環境など見るべき点の多いですが、なかなかに楽しいものでもあります。
私が大学生の頃、部屋探をしていた時に遭遇した体験です。

目次

一緒に物件を探してほしい

春休みに入ったばかりの頃、高校時代からの地元の友人Nに「一人暮らしを始めるから一緒に物件を探してほしい」と頼まれた。
私は上京していたので長期休みのときは必ず帰省しているのを知ってか、地元に戻った翌日に物件探しに駆り出されたのである。

駅についたそうそう、迎えに来てくれた車に乗り込むと、
「付き合わせて悪いね~助かるよ」
「ってかさ、私がいく必要ある?」
「一番しっかりしてるアヤノがよかったんだよね。一人暮らしもしているし」
「しっかりしてて一人暮らししてる奴、絶対他にもいるだろ」
おそらく私が一番頼みやすかったのだろう。

なかなか見つからない

物件は職場と実家から近すぎず遠すぎない場所だからという理由で、地元に隣接するK市で探すという。
お互いに近況を伝えながら走っていると、あっという間にK市に入った。

「K市って微妙じゃない?そんな大きくないし駅から遠いし」
「大きい道路沿いに割となんでも揃ってるからいいの。車あるからね~」
「ワンルームアパートとかあんまないんじゃないの?」
車窓から見えるアパートもほとんど2LDKや3LDKといった家族向けのものばかりだ。

「大企業の工場とかの近くは割と多いみたいだよ」
そう言ってテレビCMでお馴染みの大手の不動産屋へ、意気揚々と入っていくNの後ろを黙って付いて歩いた。

彼女の決意とは裏腹になかなかいい部屋は見つからなかった。
最初に行った不動産屋で内覧したが決まず、いくつかの不動産屋を回ることになり、三件目で希望の部屋はあったものの入居中で内覧できず、とりあえずキープということになった。

「なかなかないもんだねぇ」
「だからまだ時期が早いんだって。不動産屋も来月になれば空きが出て内覧もできるつってたじゃん」
「こういうのは縁だからさ。探してればいいとこ見つかるよ」
せっかちなのか呑気なのかわからない態度にややあきれてしまったが、そこがNのいいところなのだ。
ファミレスで昼食を取り、車内で次の手を考える。

「大手はなさそうだから、個人の不動産屋行ってみようか?」
「逆に個人のがないんじゃない?そんな数も抱えてなさそうだし」
「でも地元ならではのネットワークで掘り出し物の物件とかあるかもよ」
とりあえず国道を走り、五分ほどで一件見つかったがそこでも決まらない。
それからしばらく車を走らせたが、不動産屋そのものが見つからなかった。

個人の不動産店

駅の方のがあるんじゃないかと提案すると、大通りは混んでいたため裏の細い道に入って駅へむかうのようだけども、私はK市の道をほとんど把握していないので、今どこを通っているのかもわからない。

しばらく走っていくと、少しの民家に田んぼの中でポツンと佇む赤い看板が見え、個人名の不動産屋で入口にラミネートされた物件紹介状がたくさん張られていた。

ザ個人って感じの佇まいの少し入りづらい感じがする不動産屋、Nがそろそろとガラス扉を開けた。
「すみませ~ん」
入口からすぐ近くにカウンターと椅子が二脚置かれ、その奥が事務スペースになっていた。
しかし、従業員はいなかった。
「すみませーん!」

少し大きめの声をかけると、古い扉がガチャリと音を立てて開いて、スーツ姿の中年の男性が現れた。
「すみません、ちょっと裏に行ってたもので。賃貸のお探しですか?」
「そうです。一人暮らしをしたくて」
「どうぞお掛けください」

話始めたナナミの隣に座り、私は中を見渡した。
本棚の隅に溜まった埃や日焼けしたファイルの背表紙。
昭和っぽいデザインのペン立てを見て、かなり昔からある不動産屋なのだろう。

「ではお探ししますので、少々お待ちください」
事務スペースに下がり、本棚からファイルを取り出してめくり始めた。
大手の不動産屋ならここら辺でお茶が出てくるが、一人で営業しているここでは期待できない。

「今の時期ですと開いている部屋が少なくて」
「やっぱりそうですよねぇ」
「でも早めに越される方もいらっしゃるのでねぇ。あるといいんですが」

そんな話をしているうちに候補が見つかったらしい。
「こちらの3件が条件に合うお部屋ですかね。まずここは・・・」
物件の詳細が書かれた紙をのぞき込みながら話を聞くと、三件ともよさそうな部屋だが、入居中で内覧はできないという。
ここもダメかと思っていると、すっと一枚の用紙が差し出された。

「ちょっと条件から外れるものですが、内覧可能なお部屋がこちらになります」
トイレと風呂が別ではない点以外はNの出した条件を満たしていた。
「一応ご覧になられますか?」

私の方を見つめるナナミに言った。
「せっかくだから見てみたら? 見るだけはタダだし」
手荷物をまとめて先に出ると時間は1時を過ぎていて、内覧をするのならなるべく日の出ている間がいい。
今日はこの一件で終わりだろうなと考えた。

なぜか公園

「不動産屋の車に付いて行くことになった。気に入らなかったらそのまま帰れるし」
助手席に乗り込み、不動産屋の車が出るのを待った。

細い道から大通りに出て、しばらく走ると、不動産屋の車は公園の駐車場へ入って行った。
「えっなんで公園?」
首を傾げながら不動産屋の方へ近づいた。
「すみません、こっちの方が道がわかりやすいので」

公園へと足を進める彼に驚きながら後につづくと、中へではなく側道のような道を進んだ。
本当に物件に案内されるのか不安になったが、ガサガサと積もった枯葉の道を抜けて、舗装された歩道を横切るとポツンとアパートが佇んでいた。

二階建てで、各階三部屋ずつの小さめの物件だ。
「あちら側に駐車場があります。その奥の道から入れます」
「あー確かに道狭いですね」
すれ違いができない、車一台分の幅しかない道が見えたので、おそらく不動産屋が気を使って公園の駐車場から案内したのだろう。

物件を内覧

「お部屋は二階の階段すぐの203号室です」
集合ポストの脇を通りかかったとき、何かを燃しているような臭いがした。
見渡してみたが、煙は見えなかった。
どこかの家の庭や畑で何かを燃やしているのかと考えた。
昔ほどではないが、田舎では今でも焚火をする家があるので不思議ではない。

少しデザインは古いがツーロックのドアを開けると部屋の中は薄暗い。
「自由にご覧になってください」
そういって不動産屋の男性は奥へと行ってしまった。

普通ならキッチンや風呂の説明などをするのにと思いながら、私はNの後に続いた。
玄関を上がって少し入った所のドアを開けると、ワンルームでは一般的なトイレバス一体型のユニットバスだ。

「うえーやっぱ狭いわぁ」
風呂を覗き込んだ顔を上げたときに鏡が目に入って、そしてぎょっとした。
鏡が真っ黒で何も映していなかったのだ。
始めは真っ黒に塗りつぶされているのかと思ったけれど、よく見てみると違うのだ。
鏡は「真っ黒な景色」を映している。

恐る恐る鏡が映している壁を見ると、壁はいたって普通のユニットバスの黄色みがかった色をしていた。
何がどうなっているのだと思いながら再び鏡に目をやると、そこには今見た壁がきちんと映っている。
背筋がゾワリとし、なんだか嫌な感じがする。

つづく違和感

静かにドアを閉めると、小さなキッチンに文句を言っているNの声が聞こえた。
「これじゃあ自炊無理でしょ。アンタもこんな小さいとこで料理してんの?」
「ワンルームはこんなもんだよ。」

「すいません、冷蔵庫ってどこに置くんですか?」
メインの部屋にいる不動産屋にNが話しかける。
蛍光灯が煌々と点いた部屋の隅に不動産屋は立っていた。吐き出し窓の雨戸は閉まったままだった。
先ほど回った物件ではどこでも不動産屋の人が進んで開けてくれたのに。

「冷蔵庫はこちらのお部屋に置いていただく形になりますね」
「やっぱそうなんですね」
「……クローゼット開けてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」

閉まっていたクローゼットの扉を開くと、ぶわっと振りかかるかのように焦げ臭さが鼻を突いた。
「まぁまぁ大きいね。収納ってこれだけですか?」
「そうですね。ワンルームですので」
ナナミは臭いに気付いていないらしい。

不動産屋は部屋の隅に立ったまま一歩も動いていない。
普通ならあれこれと説明したり、部屋の利点をアピールしたりするだろう。それなのにこの部屋に入ってから、彼はずっと同じ場所に立ったままだ。
まるでそこから動けないかのように。

なにかがおかしい

何かがおかしい。ここは早く出た方がいいと思って、Nを連れ出す方法を考える。

「玄関さ、チェーンロックあったっけ?」
「えっあるでしょ普通」
「たまにないとこもあるよ。壊れてたりとか」
「えっヤバ。見てみようよ」
小走りに駆けて行くナナミを追いかけていくと、さっきはしなかった煙のような臭いがした。

「ちゃんとあるよ。壊れてもないみたい」
ガチャガチャとロックをいじるナナミの背中を押して「靴履いて」とささやいた。
「は?なに?」
「あっ、すいませーん。ちょっと職場から電話来たんで、外出ますね!」
返事を待たずに靴をつっかけたまま扉を開けた。

「なになに、なんで?」
「いいから靴履けって」
目に飛び込んで来た景色に言葉を失った。
ここに着いたのは二時くらいだったのに、外はすっかり真っ暗になっている。
冬で日が短くなっているとはいえ、滞在していた時間を考えても日が暮れるのには早すぎる。

「えっなんで真っ暗なの?今何時?」
「こっち!走って!」
驚いているナナミの手を引っ張って階段を駆け下りると、階段の手すりは煤焦げて真っ黒になっていた。
ちらっと目に入った集合ポストの一部が溶けて、ぐにゃっとゆがんでいるように見える。
煙はないはずなのに焦げた臭いがして息苦しく、思わず腕で鼻と口を塞いだ。

いいから黙って走れ!

枯葉を蹴散らすように小道を駆け抜け、公園の入口を出たところでようやく臭いはしなくなった。
急いで車に乗り込んで「早く出て!とりあえず大通り行って!」とNを急かす。
「意味わかんないんだけど!」と半ベソをかきながらエンジンをかけ、車は走り出した。
来た道を戻り、大通りに出て真っ先に目に入ったコンビニに車を停めた。

「ねぇ今何時?」
Nは自分の時計を見ながら私に訊いた。
「5時32分」
「そうだよね。私の時計もそうだよ。でもなんでこんな時間なの?うちら2時ぐらいにあの部屋行ったよね?」
「確かそうだったはず」
体感では10分かそこらで数時間もかかる訳がないが、現に私たちは日暮れまであの部屋で過ごしていた。

「あっ、アヤノの袖のとこ」
茶色いコートの肩に黒い物が擦れたような跡が付いていた。
煤にまみれた壁かどこかで擦ったのだろうか・・・。

コンビニのトイレに入り手を洗い、Nにも手を洗うように言った。
おかしな場所に行ったとしたらその痕跡はなるべく消した方がいいと思ったからだ。

しばらく無言のままで、コンビニから漏れる蛍光灯の明かりが眩しく感じた。
ナナミに家まで送ってもらい、その日は解散となった。
次の日、もう少し時間をかけて考えると連絡があったので、私はお役御免となった。

春休みが終わり

春休みが終わり、東京に戻り、大学の友人達と飲み会をすることになったときだ。
その中のメンツに、私と同郷の子でK市出身の子がいたので、先日あったことを彼女に話した。

「K市の公園ってもしかしてT公園?」
「たぶんそんな名前だったと思う」

それから彼女はこんな話をしてくれた。
昔公園近くのアパートで火事があり、一人だけ逃げ遅れて亡くなってしまったそうだ。
火事の原因は漏電で、管理会社が点検を怠ったせいで起きたという。
それからしばらくの間、公園で常に焦げ臭い臭いがすると皆が言っていたらしい。

「アパートってもうないの?」
「それが私がバイト行ってる間は建ってたんだよ」
「えっマジで?」
「うん。一回バイト仲間で肝試しって言って見に行ったことあったけど、壁真っ黒でいかにも『火事がありました』って感じで怖くて近づけなかったよ」
「火事あったのにそのままってすごいね。倒れる危険とかなかったのかな」
「なんか管理会社が壊すお金がないとか大家と揉めてるとかって聞いたけど。でも1部屋分が燃えただけだったみたいだから」
「1部屋、だけ?」
「うん。2階の階段のすぐ近くの部屋で、扉の周りの壁が真っ黒になってるのが見えたよ。それ以外は全然普通のアパートって感じだった」
では私が見たひしゃげたポストや真っ黒の手すりはなんなんだったのだろうか?

「もしかして今でも燃えてて、誰かを道連れにしようとしてるのかもね」
「うわっその発想がこっわ!」
「管理会社の不動産屋がさ、アヤノちゃん達が行ったとこで、亡くなった人の呪いがかかってるのかもよ」
「地元帰ったら行ってみよう、よその不動産屋」
「絶対行かねー。行くなら一人で行ってくれ」
「うそだよ。私怖いもの好きじゃないし」
「肝試し行ったって言ってなかった?」

その後、私は地元に戻って暮らしており、K市を訪れることもあるがT公園の周辺には近づかないようにしている。
例の不動産屋はどこにあったのかまったく覚えていないが、その時通った道路を走る際は絶対に細い道には入らないと決めている。

※画像はイメージです。

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