「ゴールデンカムイ」有坂閣下について

2018年10月にアニメ「ゴールデンカムイ」の2期目が始まりました。
本作に登場する有坂閣下について調べてみました。

「ゴールデンカムイ」では、鶴見中尉に新しい銃火器を提供する有坂閣下。
実在の人物で、帝国陸軍の銃器設計者でした。鶴見中尉から「閣下」と呼ばれている通り、最終階級は陸軍中将まで務めた軍人でした。

野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会

そんな「閣下」のフルネームは有坂 成章(ありさか なりあきら)で、1852年に長州藩の周防の国・岩国に生まれ、11歳のときに藩の砲術家・有坂家の養子となりました。有坂はその後、長州藩の西洋式軍隊・日新隊員として、なんと幕末の「鳥羽・伏見の戦い」に従軍しました。

明治維新後、明治3年(1870年)に陸軍兵学寮に入り、明治6年(1873年)には中退して教官となり、翌年には造兵司(後の東京砲兵工廠)に勤務しました。明治15年(1882年)に文官から陸軍に入り砲兵大尉となり、明治23年(1890年)に砲兵会議審査官となって新型の野砲開発を行いました。

野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会

そしてついに明治29年(1896年)、3ヶ月という短い期間で三十年式歩兵銃の設計・試作を実施し、これが明治31年2月に従来の村田連発銃の後継となる陸軍制式小銃として採用されました。続く明治31年(1898年)には三十一年式速射砲・通称「有坂砲」も開発し、ここに至り銃砲類の設計・開発者として名声を確立しました。

MKFI [Public domain], from Wikimedia Commons
日露戦争においては、有坂が開発したこの三十年式歩兵銃・有坂砲の存在が日本に勝利をもたらしたとされるほどで、海外にもその名が知られることになり、殊にアメリカでは、実際には南部麒次郎らが改良・作成した、後の陸軍の正式小銃・三八式歩兵銃などもアリサカ・ライフルと称されました。

さらに有坂は銃砲の設計だけでなく、日露戦争での旅順攻囲戦の打開策として、日本国内の軍港において要塞砲として備えられていた二十八糎砲を投入することを提案、具体的な移動・現地における設置方法を提示しました。この砲による攻勢が、旅順要塞攻略に貢献したことなどから、軍略化をしても一流の人物であったと思われます。


Writing by S&W M459

野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会

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