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虫の知らせ?神の御業?~ベアトリスの聖歌隊を救った奇跡的な偶然~

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「奇跡」という言葉から、あなたが真っ先に連想する出来事はなんだろう。
ボクシング好きなら「キンシャサの奇跡」を、サッカー好きなら「マイアミの奇跡」「カンプ・ノウの奇跡」を思い浮かべるかもしれない。あるいはバチカンが公認した「聖母の出現」のように、宗教や信仰と結びついた奇跡を挙げる人もいるだろう。
常識では考えられない、できすぎた話。あるはずのない偶然。あるいは、人の力や自然界の法則を超えたところで働く見えざる力。それもきわめて低い確率で起こる不思議な事象のことを、わたしたちは奇跡と呼ぶ。

時は1950年3月1日。
米ネブラスカ州のとある町で、今まさに奇跡が起ころうとしていた。
バプテスト教会爆発事故の驚くべき後日談。

目次

ベアトリスの聖歌隊

ネブラスカ州ゲージ郡のビッグブルーリバー沿いにベアトリスという町がある。この町のバプテスト教会は、地元住民の信望が厚いウォルター・クレンペル牧師によって運営されていた。
教会が熱心に取り組む活動のひとつに、マーサ・ポールが指揮を振る聖歌隊があった。聖歌隊は結成されて2年、メンバーは指揮者やピアニストを含めて15人。みな音楽を愛する敬虔な信徒たちで、毎週水曜日の夜に教会に集まって合唱の練習をする。練習がはじまるのは7時30分だから、その10分前を集合時間にしていたのだが、これまでに遅刻者や欠席者は一人としていなかった。

1950年3月1日、この日は水曜日。
午後の陽が西に傾いた暮れ方、クレンペル牧師は、これから練習にやってくるみんなのために暖炉に薪をくべて火を入れた。春とはいえ、陽が落ちるとまだまだ冷える。牧師は炉に火が興ったのを見届けてから、食事をとるために近くの自宅に帰った。

誰もいなくなった教会に、音もなく悪夢が忍び寄る。地下室でガス漏れが起こり、可燃性の高いガスがゆっくりと上階を満たしつつあったのだ。それを知るのは神だけだった。

運命の夜

あたりがすっかり暗くなった午後7時25分、若い男性があわてたようすで駆けこんできた。聖歌隊のメンバーである。集合時間に5分遅れてしまったのは、この日にかぎって体調を崩したからだ。聖歌隊結成以来の遅刻者第一号だった。
(やれやれ、遅くなってしまった。みんな、もう集まってるだろうな)

そう思いながら、ドアのノブに手をかけたそのときである。
ドオーンという轟音がとどろき、すさまじい力で真後ろに吹き飛ばされた。まるで何かが彼を間一髪で建物から引き離したかのように。
建物内に充満したガスが暖炉の火に引火した瞬間だった。教会が一瞬にして炎に包まれる。

男性は負傷したものの、かろうじて爆発に巻き込まれずにすんだ。痛みをこらえて身体を起こすと、燃えあがった教会が不気味な音をたてて崩れていく。あのなかにみんながいる。
「マーサ! ウォルター! ハーバート!」
突如として仲間に降りかかった運命を、朦朧とした意識のなかで悟った。
「ジョイス。ハービー。ルース……」
彼はその場にへたり込んで、声をあげて泣きくずれた。この世のものとは思えない、絶望の慟哭。
ああ、神様。僕らが何をしたというのですか。

教会は跡形もなく全焼した。ガス爆発の衝撃で近隣の民家の窓が割れ、ラジオ局は混乱し、ベアトリス全域に衝撃波が広がって、一時は騒然となった。
ところが、捜査が進むにつれて驚くべき事実が明らかになる。爆発および火災による被害は、なんと死者0名、負傷者1名。遅刻した青年が唯一の負傷者だったのだ。

全員不在の奇跡 

爆発の瞬間、教会のなかには誰もいなかった。この日、練習にいちばん乗りしたのは負傷した青年だったのだ。彼を除いた全員が、この夜にかぎって集合時間に大幅に遅れたために九死に一生を得たのである。通常であれば、まず遅刻することはないメンバーなのだが、いったいどのような事情があったのか。特筆すべきは、とりたてて深刻な異変が起きていたわけではないということだ。遅刻の理由は、そろいもそろって取るに足らないものだった。

指揮者のマーサとピアニストのマリリン母娘は、娘のマリリンが夕食後に仮眠をとってうっかり寝過ごしただけのこと。7時20分に母親に起こされて急いで家を出たものの、練習開始時間にはとうてい間に合わなかった。
そのころ、ハーバートは大事な手紙を書いていた。 教会へ行く時間が差し迫っているのはわかっていたが、その前にどうしても手紙を書きあげたかったので、彼はそうした。 この選択によって絶体絶命の危地から救われた。
ロイーナと妹のセイディは、予期せぬトラブルに見舞われた。この日にかぎって、なぜか車が駄々をこねて、とうとうエンジンがかからなかった。
ソプラノ歌手のラドーナは、自宅で難しい数学の宿題に取り組んでいた。没頭しているうちについ時間を忘れてしまい、気づいたときは集合時間になっていた。
母親の家で集会の準備を手伝っていたルースは、作業に追われているうちに練習の時間を過ぎてしまった。

ほかもメンバーについても、子どもがぐずったり、子どもの服にアイロンをかけるのに手間どったり、ラジオ番組がおもしろくて夢中になっているうちに遅れてしまったりと、ありふれた理由ばかりだった。

15人が遅刻した15通りの事情。しかし、危急な理由で遅刻した者は一人もいなかったのである。

明日へ

どれくらいの時間がたっただろう。
消火活動の騒ぎのなか、応急手当を受けながら泣いている青年のもとに聖歌隊のメンバーが集まってきた。赤く充血した青年の目が驚きをたたえ、それから泣き笑いに変わる。
14人は燃えあがる教会を見つめてしばらく言葉を失っていたが、けがを負った仲間を気遣い、おたがいの無事を心から喜び合った。
「神が救ってくださった」
思うことは同じだった。

この説明不可能な現象は同月発売のライフ誌で大きく取り上げられ、いつしか「ネブラスカの奇跡」と呼ばれるようになる。
遅刻とは無縁の15人がそろって5分以上遅れることと、死に至る大惨事が重なる確率はどれほどのものだろう。
神の介在から人間の第六感、予知能力、恐ろしい偶然まで諸説はあるが、「奇跡」としかいいようのない事象が現実に起こりうることをあらためて思い知らされる。

教会は無惨にも瓦礫と化したが、コミュニティの精神はダメージを乗り越えて生き残った。
信徒たちは気持ちをひとつにして、やがて新しい教会を跡地に建設する。以来、教会は希望と逆境に打ち克つ力の象徴となり、ベアトリスの人々のよりどころとして今日に至る。

あの夜、15人を危地から遠ざけた力はなんだったのか。それは誰も知らない。

※画像はイメージです。

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