「僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た」のレビュー

笠井信輔の著書「僕はしゃべるためにここ(被災地)へ来た」のレビューです。
フジテレビ・笠井信輔アナウンサーが東日本大震災の取材に飛び出していった瞬間から、彼が見たもの、聞いたこと、そして感じたことを綿密に書き残した記録です。

2011年3月11日、六本木ヒルズのてっぺんであの激震を体験し、それからどのように東北に向かったのか、ということから始まって、生々しいほどの体験が詰まっています。実は、彼はNHKや民放含めて恐らく第一線のアナウンサーとしては最も長期にわたり、そして被災地を何度も何度も訪れて取材とリポートを重ねていたのです。

発災直後から2週間、一か月、二か月、三か月、そして半年。彼とその同行スタッフは、ほぼすべてのエリアを網羅したのではないでしょうか。
彼は津波の現場に立ち、『言葉にならない』という状況を噛みしめてきたのです。

そして、回想した1995年1月の阪神大震災とその取材の日々のこと。

若かった彼とスタッフたちがそこで学び、重ねてきたさまざまな経験が、東日本大震災の取材や、被災者との関りにどう活かされたのか、そしてその二つの震災の違いに対する考察など、この本が刊行された時期の、まだ生々しく刻まれた記憶がしっかりと書き留められているのです。

その中に、奮闘する自衛官たちの話がありました。まず、津波に引っ掻き回され、壊滅状態に陥った被災地の道路を切り拓いていく自衛隊の活動が言葉の端々に現れてきます。そして生存者、ご遺体の捜索、住宅やインフラの復旧へとシフトしていくその様子が克明に書かれています。

現地東北各県の自衛隊は、自らの駐屯地や基地が同様に被災しながらも発災直後から活動を開始していました。
全国からも続々動員されて、合計約10万7千人が被災地で活動していました。
当時22万8500人と言われた実員数の、実に半分近い数が派遣されていたのです。

阪神大震災の時には、ピーク時でも約1万9千人とされていますから、どれほどその被害が広範囲で、大きかったのかがはかり知れます。
笠井アナが如何にしてその視線を自衛隊に向けたのか、そこにはいろいろなご縁や偶然があったのです。

福島の原発事故で消防(東京消防庁のハイパーレスキュー)が大きくクローズアップされたころに、笠井アナの知己で自衛隊(警察予備隊)のOBであったBさんが『しんちゃん、自衛隊の働きも取り上げてやってほしいな』と仰り、そこからご縁を得て取材に切り込んでいくことになったのだそうです。

今から思えば不思議なことに、その頃まだどのメディアも被災地・被災者に目を向けるばかりで、そこで奮闘する自衛隊・自衛官のにスポットを当てていたところは少なかったというのです。逆に、寝る間も惜しんで忙しく働いている彼らに密着することは迷惑なのでは、と危惧していた笠井アナでしたが、意外なことに申し入れを受け止めたのは、パワフルで積極的な広報官の姿であった、というのです。

みどころ

余談ですが、この当時のことを自衛隊側から描いた作品で、有川浩さんの『空飛ぶ広報室』があります。
震災前に連載が完結しており、出版を目前にして発災。
有川さんの目を通して“あの日の松島”を自衛官たちがどう働き、生き抜いたかを克明に描いた後日談を加えて出版され、後にテレビドラマ化されました。

笠井さんが被災地で活動している自衛隊の取材を始めようと訪れた陸上自衛隊仙台駐屯地では、まさにそのリアル『広報官』たちが待ち構えていたのです。

笠井アナの背中を押したBさんの知己が仙台駐屯地にいたというご縁もあり、積極的に取材を行いたいという申し出に対し、陸海空三自衛隊の広報官が顔をそろえ『さぁ、明日はどの部隊を取材します?』と一週間全て自衛隊の取材ができるほどのスケジュールが提示された、というのです。

時代が変わったな、と感じました。

そんな暇があったら被災者を助ける活動を云々、また『不謹慎』という言葉も覚悟したという笠井アナたちが驚くほどのスピード感で仕事が始まった、というのです。被災地における取材も、時系列的にその対象や方向性が変わってきた、大きな節目になっていったようです。

震災12日目、陸自の捜索活動に密着して石巻に向かった時、遺体があることは確認できていても倒壊が激しくて搬出できないところには手を付けられないでいる、という現場を目の当たりにします。

多い日で、一日に100名ものご遺体を発見したのだと、陸自の現場指揮官は語っていたそうです。
一方で、一万九千人もの人命を救っていた彼らの活動は『もしかしたら埋まっているかもしれない』誰かのために、重機と、しかし極力人力で瓦礫を除けていくという途方もないものだったのです。

埋まっている人を探す『捜索活動』であっても、もしかしたらまだ、誰かがそこに生きているかもしれないから、という意味で『救出活動』という言葉を選ぶその苦労もありました。阪神大震災、そして北海道のトンネル崩落事故など、さまざまな現場を経験した笠井アナだからこその思いが、その一言にも込められていたのです。

リポートの中に印象的な人物

この自衛隊のリポートの中に印象的な人物が出てきます。
航空自衛隊松島基地___ブルーインパルスを擁した部隊は津波の直撃を受けて、基地のすべてが機能不全に陥り、その後大変な苦労を重ねて復旧を果たしました。

笠井アナとテレビクルーが訪ねた時はまだ、F-2戦闘機が泥にまみれ、押し流されて擱座した松島救難隊の救難ヘリUH-60Jが横倒しになったままの状態で放置されていました。

彼らを出迎えて案内したのは、まさにその救難隊のキャップを被った広報官でした。彼は後にドラマ『空飛ぶ広報室』にも『空井大祐(綾野剛)がブルーインパルスの活用案を語るシーン』にリアル広報官としてエキストラ出演しています。彼は、笠井アナに松島基地の惨状をありのままに語りました。

全てのインフラは震災から10日以上たってもまだ復旧の見込みはなく、燃料などが届いても全て被災者に回して、雪の降る寒い中、夜も身を寄せ合うようにして寒さをしのぐのみであるということ。

ブルーインパルスは、発災のその日、たまたま九州新幹線の開通イベントで福岡県の芦屋に展開していたおかげで難を逃れたものの、教育用に配備されていたF-2戦闘機18機が津波に押し流されて全損、一部は建物にぶつかる形で停まっていた、そんな惨状が明らかになっていきました。

転がるように擱座していた救難ヘリUH-60Jを見て、広報官は語りました。
『地震が起きた時…一機でも飛んでいれば…かなりの人を津波から吊り上げることができたんです…』
でも飛ばせなかった、それは当時どうしようもなかったことなのだということは後にさまざまなところで検証、そして明らかになっていますが、当時、目の当たりにした広報官は
『飛び立てず、助けられず、すみませんっ』
と泣きながら語ったのです。

このレポートを実際にリアルタイムで見ていました。
動画が残っていないかと探してみたのですが、残念ながら発見できず。

しかし、笠井アナがその時にどんな思いであの現場に、広報官の前に立っていたのか、ということは胸にしみるほど、その文章の一言一言が重たく伝わってきました。

義務や職業だからというだけでなく。
あの場で戦っていた自衛官たちの心情を、余すところなく広報官の姿を通して教えてくれたのだと思っています。

さて、もう一件、笠井アナが書き残しているミッションがありました。
松島というと“日本三景”の一つとしてたたえられた景勝地ですが。
そこにも容赦なく津波が押し寄せてきていました。

その島にも人は住んでいます。
しかし、震災直後にはそこに行くためにはヘリでないと難しい、ということで航空自衛隊の医療ミッションに同行取材がみとめられたのだそうです。

田代島

行き先は田代島。

猫の住む島として知られるようになったそこは、実は『限界集落』でもあり、通信手段もないままに一週間孤立していたところでした。
多くの住居は高台にあり、意外なほど津波の被害が少なくて、さらに電気は通じていなくてもプロパンガスが生きていて、高齢の住人達の多くは笑顔で自衛隊の医療チームを受け入れたのです。

そのやり取りにほっとしたり、彼らが『年寄りだからこんなに物資は要らない、必要なところに持って行ってください』と送り返した、というエピソードは、胸を打つものがあります。そんな高齢者たちのケアに奔走した空自の医療チーム、実はその時が初めての実働ミッションだった、というのです。

本来、こうした災害派遣ではまず陸自の医療ユニットから現場に出るので、空自の、しかも静岡にある部隊が呼ばれることはまれなことだったのです。
これも、自衛官の半分が動員された事態だからこそなのだ、と笠井アナは述懐しています。

厳しい状況の中であっても懸命に使命を果たす若い隊員らとのやり取りがこうして形になり、世の中に伝わっていく、というのは笠井アナだからこその視点であり、そしてその場に行けた人だからこそ書けたことなのだと感じました。

長い取材を繰り返し、笠井アナはまさに身を削るほどの思い出被災地をみつめてきました。
彼自身が『惨事ストレス』と思われる症状に見舞われながらも、心を被災地の人々に向けている、その思いがひしひしと伝わってくるのです。

毎年、寒い季節になると、この本を思い出します。
あれから8年が過ぎましたが、薄れがちになる記憶を呼び起こすように、昨年はさまざまな災害が続きました。
最も過酷な現場で、自衛隊の活動を間近に見た笠井アナの言葉を読むと、テレビの中にいる彼の言葉のとらえ方が変わってきます。

震災の日が巡ってくるころに、ご一読ください。
自らの背中が、すっと伸びる、そんな風に感じる一冊です。

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