山梨県大月市にある岩殿山は、1時間もかからずに山頂まで行ける低山です。
そこにある「稚児落とし」にまつわるお話。
稚児落とし
武田信玄の息子、武田勝頼が敵に追われて辿りついたのが岩殿山。
竹田勝頼が謀略にハマったのは、味方の裏切りか敵の作戦かは未だ議論されています。
はめたのは味方のはずの小山田と言う、大月の配下の人物。いえいえ、それも定かではありません。
ただなんとなく、武田信玄公とは言いづらい・・・裏切ったかも知れない。
山梨県にあり、そんな微妙な土地柄なのです。
少なくとも、岩殿城から女子供を連れて山道を逃れることになり、稚児落としと地名が付いているところで腕に抱いた稚児が泣きだし、しかた無しに谷に放り投げたのです。
昔の話
私が幼い頃、稚児落としへの麓の道筋が望める程の近い所に住んでいました。
まだ中央道が出来る前、このあたりは野原で山が今よりもずっと近く感じられた。
雪が降った夜には、ケーン、ケーンとキツネの遠吠えが聞こえたものです。
でも耳をついて離れないのは、遠吠えと重なるように聞こえる、微かな赤ん坊の泣き声。
母と風呂に入っているとき、微かに赤ん坊の泣き声がする。
「聞こえても、言ってはいけなことがあるんだよ」
そんなふうに、赤ん坊の泣き声は聞こえないことと諭されました。
いつだったか裏の縁側で寝ていると、夜中に白装束の女が歩いているのを見かけると、添い寝していいた祖母が、あれは乳母なんだとこっそり教えてくれた。
深夜、白装束で歩き回る長い髪の女の姿は、赤ん坊の泣き言と同じように見えないことにするらしい。
少なくても家ではそう言われて育った。
確かに見たし聞こえた
武田信玄公を裏切った時、言われあたりの集落は、身もすくむ思いで暮らして来たのだろう。聞こえるものを聞こえないと耳を塞ぎ、見えているのに見えないと教えられた。どれほど悲惨な話しを隠しているのだろう。
だから、稚児落としに関する怪談は存在していない。
そうだ、かすかに残る昔話しに耳塚と言うのもあった、軍事戦略を話す石だとか・・・ただ怪談話しにはない。多分これも武田軍内部の裏切りに関することなんだろう。
でも、私は確かに見たし、確かに聞いた。だれか知らないだろうか。
※画像はイメージです。
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