物には魂や霊力が宿るという考え方がある。日本の言霊信仰もこのうちのひとつだろう。博物館や郷土資料館のショーケースの裏には、まるで何かを封じ込めるように御札が貼られていることがある。
代々の所有者に災いをなすとされる美術品や宝石、刀剣の類いも世界中に数多く存在する。
音楽もまた例外ではないらしい。
「暗い日曜日」は自殺のトリガー
聴いた者が命を絶つ自殺ソングとしておなじみの「暗い日曜日」。ダミアによるシャンソンのバージョンが有名だが、オリジナルは1933年にハンガリーで発表された。
作曲者はシェレシュ・レジェー、作詞者はヤーヴォル・ラースロー。この歌は、二人の絶望の底で誕生した歌だった。
歌詞のストーリーは、冷たい木枯らしの吹きすさぶ日曜日、失った恋人への想いを断ち切れない女性が自殺を決意するというもの。曲調も暗く、重く、物悲しい。個人的には引き込まれるような美しい旋律だと思うけれど、気分を明るくさせてくれる歌ではけっしてない。
人によっては不気味なメロディーと感じたり、心が操られているような感覚を覚えたり、最後まで聴いていられなかったりするらしい。
問題は、この歌を聴いて世界中で数百名が自殺したと伝えられていることだ。
同曲との関連を匂わせる形で自殺した者は少なからずいたようだけれど、その因果関係はいまだに実証されていない。このことから、都市伝説にすぎないと指摘する声もある。
しかし、誰かの自殺と音楽の因果関係を証明できる第三者がはたしているのだろうか。騒動の原因を突き止めるために「暗い日曜日」を検証した専門家も、結局何もわからずじまいだった。
自殺願望の誘因は周波数?それとも時代背景?
「暗い日曜日」をめぐる自殺の連鎖は止まらず、本国ハンガリーではレコードが店頭から消え、演奏も禁止され、イギリスやアメリカの放送局は曲のオンエアを自粛した。これは異常な事態といえる。音楽に人を死に至らしめる危険性があることを認めたも同然なのだから。
自殺者が続出した本当の原因は、1930年代の社会情勢にあったとする仮説もある。当時は世界恐慌の真っただ中にあり、ナチスドイツの侵攻に脅え、政治的緊張が続いていた。多くの自殺者をだした直接的な原因は、あの時代の重苦しい世相にあったのかもしれない。
また一方で、「暗い日曜日」には人の精神状態を不安定にする周波数があるのではないかという疑惑も浮上した。不穏な社会情勢のなかで広まった「暗い日曜日」の陰鬱なメロディーが、将来を悲観した人々を自殺の衝動へ駆り立てた可能性は否めない。
ロシュフ・ゲームと「暗い日曜日」
この「暗い日曜日」を悪用してナチス親衛隊員を次々と死に追いやったのがロシュフ・ゲームというユダヤ人だ。
名バイオリニストだった彼は収容所行きを免除され、代わりにナチス親衛隊付きの音楽家として彼らを慰安して回るようになった。ところが演奏会のあと、なぜか親衛隊員の自殺が続出するようになる。ゲシュタポが調査したところ、ロシュフが「暗い日曜日」を演奏していたことが判明した。戦争で神経がすり減った兵士たちの精神に揺さぶりをかけていたのである。
死刑を言い渡されたロシュフは、最後にこのような言葉を残した。
「きみたちの命は、僕の指先ひとつで操られた。そのことを忘れるな」
この事件の記録は現在も博物館に所蔵されているという。
作曲者のシェレシュ・レジェーは、この曲を書いた時のことを次のように振り返っている。
「僕はありったけの絶望をこの曲に叩きこんだ。だから曲を聴いた人も、自分のなかに絶望を見いだしてしまうのかもしれない」
のちにシェレシュは自宅アパートの窓から飛び降り自殺をとげた。
作曲者である彼もまた、この歌が持つ妖しい力から逃れることはできなかった。
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