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自分の死を偽装し人生リセット~ドッペルゲンガー殺人事件 米国編~

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自分のそっくりさんをSNSで探して近づき、殺害する。そして自分が死んだように見せかけて、こっそり相手と入れ替わる。
すへては人生をリセットするため。嫌な過去は全部帳消し。

昨年8月にドイツでおこり、海外のメディアを騒がせていた「ドッペルゲンガー殺人」の真相がようやく明らかになった。
「自分の遺体」を用意して、他人の身分を奪おうとしたシャラバン・Kの短絡的思考にはあきれるが、かの犯罪大国でも似通った事件が2010年代におきている。

容姿が似ているというだけで殺害対象になりうること。
それを米国民に教えた悪女と、その悪女に母を殺された娘。
世界を股にかけた女たちの闘いは、どちらに軍配が上がったのか。

目次

世紀の悪女と呼ばれた女

ロシア生まれ、ニューヨーク在住のナディア・フォードと、母国ロシアで暮らす母アラ・アレクセンコは仲睦まじい母娘だった。
ナディアがニューヨークに移り住んでから、すでに数年がたつ。大好きな母と遠く離れて暮らす身ではあるが、異国の地で結婚と離婚を経験したナディアにとって、母と電話で近況を語り合うひとときは何よりも心安らぐ時間だった。

悲劇の前触れは2014年秋におとずれる。
アラはアパートの隣に越してきたヴィクトリアという美女のことをよく話すようになった。そして、近々ニューヨークに行くというヴィクトリアに娘への現金やプレゼントも預けたという。しかし、それらは待てど暮らせどナディアのもとに届かない。それだけでなく、連絡をとっても母は電話にでなくなってしまった。こんなことは渡米以来初めてだ。
心配したナディアが急遽帰国すると、アパートに母の姿がない。宝石も隠し財産も消えている。
ナディアは直感した。ママはヴィクトリアに連れ去られたのだ、と。

警察はまともに取り合ってくれなかった。
自ら捜索に乗りだしたナディアは、チラシを刷り、情報を求めてロシアじゅうを車で駆けめぐる。
アパート周辺の防犯カメラの映像も片っ端から買い取った。それらを丹念に調べると、あるレンタカーの助手席にぐったりした母を発見。この映像を警察に提出したところ、なんとヴィクトリアが借りたレンタカーとナンバープレートが一致。
美しい隣人の正体は、恐喝や窃盗の常習犯、ヴィクトリア・ナシロワだったのだ。

警察が動きはじめると、ヴィクトリアは捜査主任を色仕掛けで籠絡し、海の向こうへ逃亡した。まもなくアラの焼かれた遺体も発見される。国際指名手配犯となったヴィクトリアは忽然と姿をくらまし、その行方はいっこうにつかめなくなってしまった。

「あの人は、わたしの母も人生も奪った。このままではすまさないから。絶対に追い詰めてみせるから!」
当然だ。筆者が彼女でも同じことをする。

執念の追跡~手がかりはフェイスブックに

復讐を固く誓ったナディアは、ニューヨークに戻っても捜索をつづけた。
ヴィクトリアの潜伏先を最初に割り出したのは捜査員ではなくナディアだった。ヒントになったのはヴィクトリアのフェイスブック。
セレブのように豪奢な日常を写した自撮り写真の数々。
なんと、そこはニューヨークだった。このニューヨークのどこかにあの女はいる。

さらに居場所を絞り込むため、ナディアは私立探偵ハーマン・ワイズバーグを雇うことにした。元ニューヨーク市警の肩書をもつ、この敏腕探偵は、ヴィクトリアがネット上にばら撒いていった多くの手がかりを見逃さなかった。
たとえば車に乗ったヴィクトリア。サングラスに映る車のダッシュボード。ヘッドレストのデザイン。これで車種が割れる。
「いいね!」するレストランがブルックリンのひとつのエリアに集中している。生活圏が割れる。
室内の自撮り写真に確認できる窓の外の景色。看板、電柱、マンホール。自宅が特定できる。

なんということだろう。探しつづけた憎き仇の潜伏先が目と鼻の先だったとは。

悪魔の逃亡計画

逃亡中にもかかわらず、大胆にも写真を投稿しつづけ、犯行を重ねていたヴィクトリア。
昏睡強盗事件をおこしたのは2016年6月のことだった。被害者は出会い系サイトで知り合ったルーベン・ボロコフ。ヴィクトリアの部屋に招かれ、薬物入りの料理でもてなされたクリーニング店主である。

「とびきりの美女が料理を振る舞ってくれたんだから、そりゃ食べるだろ? で、ひと口食べたら2分で意識がとんじゃったってわけさ」

ルーベンが「とんじゃって」いるあいだ、ヴィクトリアは彼の現金を失敬し、くすねたクレジットカードでショッピング。ちなみに、このとき購入したのは日本円にして30万円相当のジュエリーである。

やがてヴィクトリアは身の安全を期すために、ふたたび国外逃亡を企てる。出国に必要なもの、それは偽のパスポートだ。
思いついたのは、自分の分身を見つけ、死んでもらい、彼女の身分を奪いとること。自分の死を演出すればいい。
かくして、逃亡生活に終止符を打つための殺人計画は実行された。

凶器はチーズケーキ

オルガ・ツウィクの不幸は、ただ「ヴィクトリアにそっくりの美女だった」という一点につきるだろう。

オルガを見つけたヴィクトリアは、彼女が勤める美容サロンに半年間通いつめて常連客になり、信頼関係を築いた。
ある日のこと、オルガに招かれたヴィクトリアは彼女の自宅を訪れる。手土産のチーズケーキを携えて。

「チーズケーキを食べたとたん、わたしは床に嘔吐して、そのまま意識を失ってしまったんです。救急隊の話では、あと40分遅かったら手遅れだったとか」

パスポートや免許証はヴィクトリアに奪われたが、オルガは一命をとりとめた。これが2016年8月におきたドッペルゲンガー殺人事件である(正しくは未遂であるが、一般的に「殺人」という呼称が定着していることから、本稿では「殺人事件」のタイトルとした)。

世紀の悪女、ついに逮捕

一方、こちらはヴィクトリアの自宅の前で張り込みをつづける探偵ハーマン・ワイズバーグ。
アパートから出てきたヴィクトリアらしき女を見て、ハーマンは首を傾げた。その容貌は、フェイスブックの彼女とはまるで別人だったからだ。しかしつぎの瞬間、この女がヴィクトリアだと確信する。

「靴です。逃亡犯というのは、服は替えても靴は替えないものなんです」

ハーマンが警察に情報を提供すると、警察も動きだした。しかし、この時点の容疑は殺人ではない。オルガに薬物入りケーキを食べさせ、パスポート等を盗んだ疑いだけでは、じきに釈放される可能性すらあった。彼女に取り込まれたロシアの捜査主任が指紋をとっていなかったため、この女がヴィクトリアその人だと証明する手立てがなかったのだ。もう一度、彼女に逃亡のチャンスを与えてはならない。

ハーマンは、「国際指名手配中の容疑者、逮捕」というスクープを大手メディアに次々とリークした。この特ダネに記者は飛びつき、各紙はヴィクトリアの悪行を大きく報じはじめる。報道が人々の注目を集めたおかげで、警察はヴィクトリアの釈放に慎重になったのである。
母アラが姿を消してからおよそ900日。ナディアの思いはようやく報われた。

ヴィクトリアやシャラバン・Kのように、自分に生き写しの人間を悪事に利用してやろうと企む人間はいるだろう。
けれど、人生にリセットはきかない。たとえ地の果てまで逃亡したところで、過去から逃れることはできない。
なぜなら、人生はもうはじまっているからだ。

※画像はイメージです。

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