友人から相談されたのだと兄は言った。
兄がいわゆる霊感を持っている事は親しい間柄には周知されていて、まれにそんな相談を受けるのだと。
言っても兄の霊感はただ見えて声が聞こえるだけ、危害を加えてくるような悪意ある存在に対抗できるものではないらしい。
ちゃんとした御払い出来る所に
当時の私は「兄じゃなくて寺なり何なり、ちゃんとした御払い出来る所に相談したらいいのに」と呑気にも思っていた。
その兄が私に友人の夢の話を振ったのは、当時の私が趣味でオカルトや民間伝承、心理学、眉唾なものからスピリチュアルなものまで手あたり次第文献を読み漁っているのを知っていて、「ああ、夢分析のことか」とピンとくる事まで読んでいたからだろう。
「ネガティブな内容の夢は悪い意味合いじゃないとか」
「警告夢ってのもあるだろ?」
「ソイツもさ、ずっと夢見るんだって」
「同じ内容っていうか…前の夢の続きをずっと見る感じ」
酒を煽りながら兄はポツポツと語る。話してくれた友人の顔でも思い浮かべているのだろう。
「霧だか靄だかで辺りは真っ白なんだと。何かあっても見えなくて、真っ白な空間に自分が立っている」
「その場から一歩も動けない」
「後ろから音がする。ザリって、靴か何かが地面を擦る音」
「最初の頃はその辺りで夢から覚めてたんだけど」
「翌日寝ると同じ光景、同じシチュエーションから夢が始まる」
夢を重ねるごとに
夢を重ねるごとに、足音は近づいてくる。
此方を伺うように見る兄に、話を聞く態勢を取ったことを後悔した。視界不良で身体も動かせない中ジリジリと距離を詰めてくる得体の知れない存在への不安感と嫌悪感を鮮明に想像した辺りから肴の味がわからなくなる。それっぽい誘導をしておいて、これ夢分析関係ないヤツじゃん、と訴えても兄は続きを語るべく口を開く。
「あと五歩くらいまで足音が迫った時、見たんだと」
「後ろ。身体動かないけど何とか身動ぎして」
女の子が立ってたって。
「七つよりちょい小さいくらいの、七五三みたいな綺麗な着物着た」
「顔真っ白の女の子が」
「胸の辺りでこう…両掌突き出すようにして」
「でさ、女の子の姿見えるならその辺くらいまでは霧の中でも見えるって事じゃん」
「前に目線移したらさ、石造りの階段なの。結構段ある感じの」
女の子は近づいてくる
夢を重ねるごとに、女の子は近づいてくる。
あと四歩、三歩、二歩、一歩。
その後、どうなったの。と聞くのが精一杯だった。兄は酒を傾けながら、「まだ夢見てるよ」と言った。
「前は階段、後ろには自分の背中に両手を添える女の子」
「両手を添えたまんま、女の子動かないんだって」
「そのまま硬直状態の夢を今までずっと見続けてる」
「ソイツ言ってた」
「女の子に背中押された時が、きっと・・・その時だって」
俺がどこかで死んだら、それは夢の中で背中押されて突き落とされた時だって。
こんな顔をしていたのだろう
きっと友人も兄に話した時こんな顔をしていたのだろう・・・と兄を見ながら思った。
友人が寺に相談しに行かず兄に話した理由も、兄が私に語った理由も察してしまった。
これもすでに数年前の話だ。
兄は友人の近況を知っているのだろうか?
友人は未だに背に手を添えられているのだろうか?
確認する勇気を私は持たない。
※画像はイメージです。
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