理系ミステリー「推定脅威」の魅力

未須本有生、1963年生まれ、東京大学工学部航空学科卒業後大手メーカーで航空機の設計に10数年携わる___この経歴を読んだだけでも、作者の為人がよくわかります。
それが紆余曲折を経て2014年、本作「推定脅威」でデビューし、いきなり第二十一回松本清張賞を受賞とは。

人生とはわからないものです。

まず表紙に魅かれて手に取ったこの本、石田衣良氏や北村薫氏が帯にコメントを寄せていました。
絶賛です。

カバー絵は、青空にアフターバーナーを光らせて飛ぶ未知の戦闘機。
「何だこれ?」
と思ったらもう、作者の術中にはまっているのだと思ってください。

この作品、架空と言うよりも、パラレルワールドの日本だと思って読むのがもっとも入り込みやすいと感じています。
航空自衛隊を舞台にしたサスペンスって、そういえばあまり見かけないなぁ、と読了してから思ったのですが、そういう疑問をさしはさませる余地もないほど、ぐいぐいと引っ張ってくれる力強さがありました。

冒頭、航空自衛隊小松基地所属のスクランブル機二機が正体不明の小型機を追って発進し、一機が墜落という事故が発生します。
三〇三飛行隊はTF-1という新規に配備されて間もない戦闘機を擁した部隊であり、墜落し殉職した操縦士も自信家で優秀と言われた蒲原一尉。
「墜落する要素が見えない状況で、なぜ事故が発生したのか…?」
この検証が始まることになり、官民合わせて様々な人材がピックアップされることになったのです。

TF-1とは

TF-1とは、防衛省技術研究本部が開発し、航空自衛隊が運用している複座の戦闘機で、四星工業がそのプライムメーカー(主契約者)となり設計・製造がおこなわれ、20機が配備・運用されています。

四星工業は静岡県浜松市にある航空機メーカーで、郊外に第一工場、浜松基地に隣接した第二工場では北の製造を行っており、その試験飛行には浜松基地の滑走路を使っている、とのことですが、ほぼリアルな岐阜基地を連想する設定です。

TF-1とは、T:Trainer(練習機)F:Fighter(戦闘機)を表しており、その運用の必要性に応じて戦闘機にもなる練習機、といった設定になっています。
本作が書かれた2014年以前の状況を鑑みるに、主力戦闘機のF-15の後継となる要撃機F-Xの選定が遅れておりF-35の導入が遅れたその“つなぎ”として訓練と防空任務支援ができるような航空機を自国で生産しようという構想が生まれた、というのです。

あくまで“つなぎ”ということでオーソドックスな装備とFBW(フライバイワイヤ)方式の制御方法が組み込まれた機体だったのでしたが、TF-1は教育用の練習機としての評価は高かったと言います。

本作の主人公は新人(入社三年目)の女性エンジニア沢本由香。
ビジネスマナー程度のメイクとスーツで現場を飛び回る、血気盛んで好奇心旺盛な彼女は、先輩である主任の永田に小松基地での墜落事故の検証に参加するよう指示を受けました。

「明らかに操作ミス、(官側の)運用上の問題のはずなのに、なんでこっち(民側)が機体システムの再検証なんてやらなきゃいけないんですか?」
・・・と、食って掛かる彼女ですが、それを「官と民との慣習」と言ってたしなめる永田。

長いものに巻かれることに慣れ始めていた彼に比べて、まだ動物的な勘の鋭さを残していた沢本の感覚が、この事故の解明に対して大きく作用していくことは、まだ本人たちも気づいていないのです。

永田の知己と言う男

沢本は、永田の知己と言う男に紹介されました。
彼___倉崎はかつて四星工業に勤務していたエンジニアでしたが、現在は工業デザインなどを手掛ける「何でも屋」だと自己紹介。

彼は部外者のフレキシブルな立場から沢本にアドバイスしていましたが、もともと四星工業で航空機の開発に携わっていたものとして、検証のために暗躍することになるのです。

数か月後、再度同様のTF-1の墜落事故が起きました。
スクランブル発進した機体が一機、飛行中にエンジンが停止するという異常事態に陥ったのです。
ただし、今回は操縦士はベイルアウトして救難隊によって無事生還、それによって新しい情報が見えてきたのです。

続く事故は、偶然ではない。
人為的な何かの力と、誰かの意思が働いている…?
そしてTF-1の開発に関する闇と、そこにいたはずの男の姿が滲むように浮かび上がるのです。

岐阜基地の飛行開発実験団や小松基地のパイロットらを巻き込んで事態の解明に突き進む沢本のキャラクターは、思考停止に陥りがちな組織人にとっては起爆剤であり、また、その心意気を支援する体制も整ってくるのです。

二度あることは、三度…ということで、予想していた罠が見えた時、官民合同でそれを迎え撃つミッションが始まりました。
それは、まさに命がけの戦いだったのです。

みどころ

官(航空自衛隊)と民(四星工業)をとりまぜた群像劇としての色が濃い小説です。
著者の経歴を見た時にぴんときたのは、彼はその前職でおそらく某M社内でSF-X(現在運用されているF-2のテスト機)の開発に従事していたのではないか、ということ。

航空機そのものと、その開発業務に関する知識と、時系列的な流れ、官(防衛省・航空自衛隊)民(メーカー)の関わり合いなど、現場を知らなければ書けないことがさらりと描かれているからです。
1990年代、ちょうどその頃若手としてその現場に、まさに沢本のような立場で働いていたのだと考えれば、納得することばかりです。

そして、作中で沢本にアドバイスをする倉崎はメーカーを退社してフリーのデザイナーとして独立したという経歴の持ち主で、まさに未須本氏そのもののような人物です。
著者の未須本氏は大病を患って会社を辞してから、読書三昧の日々を送るうちに創作意欲をかきたれられたのだとか。

恐らくその頃に頭の中に蓄積していった物語の構築というメソッドに、自らが持ち合わせていた航空機の途方もない知識が加わった時に、奇跡のように出現したのが本作だと思っています。

実在の企業や、現状の航空自衛隊の形態に合わせて書いたのではなく、ほぼパラレルワールドのように自衛隊とそれに関連した重工業・航空機メーカーを配することで、逆に全く架空のTF-Xをリアルに浮かび上がらせてくれている、と感じられました。
そのフレキシブルさが作中の沢本のフットワークの軽さと思考の柔軟さに繋がり、既存の組織として固まりつつある四星工業と航空自衛隊の人々を軽く揺さぶりながら、二度にわたるスクランブル機墜落事故(事件)の解明の糸口を探り当てるというのは、見事な流れでした。

本作がデビューであった未須本氏は、同じ世界で続編である「リヴィジョンA」へとその世界を広げていきます。

本作の主人公、やんちゃなエンジニアの沢本がTF-1の改修開発を提案していく、という物語ですが、そこに淡い恋愛やライバル企業とのまるで“池井戸潤ワールド”のようなビジネス攻防戦が展開されていく、そんな密度の濃い作品になっています。
本作はどちらかと言うとその攻防戦と航空機を取り巻く業界の内情と、防衛省・自衛隊・技本などのからみに重点を置いているために、恋愛などの関係性を描く部分が少し希薄になっている印象がありますが、『リヴィジョンA』に進むにつれてこなれた印象になっていきます。

そんな変化も楽しめる、サスペンスとしての作り込みも重厚なデビュー作です。

(C) 推定脅威 未須本 有生 文藝春秋

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