軽井沢で疎開中の外国人との出来事

歴史にまつわる話

これはずいぶん前に、新聞の夕刊のコラムで読んだ話です。
しかし、ネットで検索しても出てこないのです。
あまりにおもしろい話なので紹介してみますね。

たしか、建築学の藤森照信教授が書かれたものでした。

教授は明治時代の正統派西洋建築じゃなくて、その後の中途半端な、日本建築も取り入れた和洋折衷の建築を研究されていたように思います。なので、おそらく現在残っている上流階級の邸宅をお調べになったときに聞かれた話をコラムに書いたのだと思います。

戦争中に東京の本宅を離れて、軽井沢の別荘に疎開されていた方から聞かれた話だそうです。軽井沢には外国人の別荘が多くあり、戦争で帰国できなくなった外国人が大勢残っていたそうです。

ある日、この方は軽井沢の町長に、イタリア人やドイツ人は国交があるので国から仕送りなどがあるが、国交がなく仕送りがないアメリカ人がいる、山へ入って木こりなどしているが、生活が苦しいらしいので気の毒だ、あなたがたまに夕食に呼んであげてほしいと頼まれました。

この方は町長に頼まれた通り、木こりのアメリカ人男性に時々夕食をご馳走したそうです。

そして戦争が終わって、東京の本宅に帰ったある日、進駐軍のジープが家の前に止まってGIが降りてきました。

家を接収されるのか、何があるのかとどきどきしたところ、立派な軍服を着ているが、まぎれもなくあの軽井沢の木こりのアメリカ人。

なんと彼はスパイで、軽井沢に残ってスパイ活動をしていたそうなんですね。そしてあのときは助かったありがとうと、この男性に缶詰や何かのお礼の品を届けに来たんだそうでした。

鬼畜米英などと言われていたのに、軽井沢の町長もこの方も、こののんびりした雰囲気は何だろうと、日本人の本質を見たような気もして、一読後、あまりにおもしろくて、ずっと忘れられない話なんです。

何でどこにも載っていないのかなと、不思議でたまらないですね。


Writing by アリー
歴女です。

※写真はイメージです。