ファティマの予言とカトリック

ファティマの予言って、オカルト好きなら聞いたことがあるのではないでしょうか。
カトリックとつながりがあるところをご紹介しますね。

ファティマの予言は、1917年5月13日、ポルトガルの小さな町だったファティマで、3人の貧しい小さな子供たちの前に、天使が、次いで聖母マリアが出現してメッセージを伝えたのが発端です。
聖母マリアは毎月13日にこの場所に会いに来るように言い、3人の子供たちに地獄の様子を見せたり、7万人も集まった人々の前で雨の日にもかかわらず、太陽がぐるんぐるんまわしてみせたため熱風で濡れた服が乾いてしまったりという奇跡を起こし、3つの予言をしたといわれています。

この予言のひとつめは、当時の第一次世界大戦がもうすぐ終了するが、その後さらに大きな戦争が起きて多くの人々が犠牲になって地獄に落ちる、その前兆としてヨーロッパに不気味な光が見えること。
もうひとつは3人の子供たちのうちのふたりは大人にならずに死んでしまうということでした。
そして第3の予言は特に1960年まで明らかにしてはいけないという但し書き付きだったことと、カトリック教会の総本山であるバチカン、ローマ教皇庁が1960年になっても公表しなかったために、色々な憶測を呼ぶことになったのですね。

第一の予言はもちろん第二次世界大戦のことで、前兆としてたしかに1938年、ヨーロッパでは巨大なオーロラが観測されたそうだし、子供たち二人はその後すぐに亡くなったので予言通りとなったため、第3の予言の恐怖は倍増でしょう。
たしか、このファティマ第3の予言を知ったローマ教皇のひとりはショックのあまり気絶したとか、予言を公表しろと、飛行機をハイジャックした人もいたはずです。
そしてローマ教皇庁が2000年になって発表した内容は、1981年のヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂だということで、これがまさにファティマの聖母マリアが出現した記念日の5月13日に起ったのですが、本当だろうかと疑問視もされているそう。

尚、ファティマに出現した聖母マリアはもちろんイエス・キリストの母ですが、イエスの死後どんな生活を送ったかどこで亡くなったかなどは聖書にも載っていないし当然不明、色々物語として想像されているだけです。
しかしなぜか亡くなった後も、いまだに聖母マリア(無原罪のお宿り)と名乗って世界各地に出現し、カトリック教徒を前に奇跡を行ったり予言したりしています。
そしてそれをローマ教皇庁が調査して(そういう部門がある)本物と認定されると、カトリック教の聖地となり巡礼地になるんですよね。
ちなみに奇跡の泉と言われるフランスにあるルルドの泉も、1858年に少女の前にあらわれた聖母マリアが洞窟へ行って飲みなさいと言って出てきた泉だそうで、これも後にローマ教皇庁が聖地と認定して巡礼地になっています。

私は中高がカトリック校でしたが、シスターがこのルルドに行って感動した話をしたけど、なんで巡礼地になったかは説明しなかった(私はすでに知っていた)ので、この偽善者と思ったオカルト好き。そうそう、このファティマの予言を受けた3人の子供たち(ひとりは2005年に97歳で死亡)は、亡くなっても遺体が腐らず生けるがごとき姿であり、生前と死後に3回奇跡が起きたため、ローマ教皇庁から福者、次いで聖者として列聖されたということ。

オカルトだ心霊現象だと一笑に付されたり、怖がられたりというのでなく、予言や奇跡というのがきちんと認定されると聖地になって大勢の人が巡礼に行く、奇跡をおこなった人は聖者として認定される、それが新興宗教でなくてれっきとしたキリスト教というのも現代の不思議ではないかと思います。

※画像はイメージです。

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