2022年2月、それまで軍事演習と称してウクライナ国境に集結していたロシア軍は、西側諸国を始めとする大方の予想に反してウクライナへの軍事侵攻に踏み切り、世界各国に大きな衝撃を与えた。
殊にアメリカは独自の情報収集の結果に基づき再三に渡って、ロシア軍のこの侵攻の可能性を世界に対して発信していたが、後に当のウクライナ政府でさえこの警告を額面通りには受け取っていなかったとも報じられている。
ウクライナ自体がこうした状況であった事も災いし、当初は数日中に同国の首都・キーウが陥落する可能性も囁かれたが、辛くもその危機をウクライナ軍は乗り越え、キーウ方面ではロシア軍を撤退させた。
こうしたロシア・ウクライナ戦争の開戦初期に、ロシア軍のキーウ方面への侵攻を阻止する上で重要な役割を果たしたとして名を挙げた兵器が、無人航空機のバイラクタルTB2であり、歩兵携帯型の対戦車兵器・ジャベリンである。
今回はこのジャベリンを始め同様の用途の兵器であるNLAWや、歩兵携帯型の対空兵器であるスティンガーについて、その特徴や概要を紹介したいと思う。
歩兵携帯型の兵器とは如何なるものか
ロシア・ウクライナ戦争の序盤に注目を集めたジャベリンだが、こうした兵器は歩兵携帯型と総称されており、歩兵が2人ないし1人でも運用可能な、その意味で最小単位の人員で携行と運用が可能な兵装である。
ジャベリンやNLAWは基本的には対戦車攻撃に用いるロケット弾を発射する兵器であり、第二次世界大戦時に投入されたドイツのパンツァーァウストや、アメリカのバズーカ等の兵器の現代版と言えるだろう。
第二次世界大戦時には各国で戦車が陸上戦力の中で攻撃力・防御力・機動力を兼ね備えた存在として脅威となった為、主として防御側が歩兵個人でも戦車に対抗できる兵器として開発されたと言う経緯がある。
スティンガーはこうしたジャベリン等の対戦車ロケットと同様に、歩兵が肩に担いで運用する兵器であるが、主な攻撃対象を航空機とする対空用の兵器であり、車載型や艦載型の兵装にも派生型が使用されている。
ロシア・ウクライナ戦争で名を挙げた対戦車兵器・ジャベリン
ロシア・ウクライナ戦争の開戦劈頭、ロシア軍の戦車や装甲車輛に大いなる打撃を与えた兵器として世界に一躍名を轟かせたのがジャベリンだが、正式な名称はFGM-148ジャベリンであり、アメリカ軍では1996年から配備されている。
FGM-148ジャベリンの開発自体は1983年より開始されており、1996年の実戦配備を経て2003年のイラク戦争において実戦でも使用されたが、ここでのアメリカ軍は攻撃側であった為、今ほどの注目は集めなかった。
基本的にはFGM-148ジャベリンは2名一組の歩兵で運用する事が推奨されているが1名でも扱える上、戦車等に留まらず建物や低空を飛翔する回転翼機等も標的にする事が可能で、汎用的な攻撃力を持つ。
FGM-148ジャベリンが優れている点はファイア・アンド・フォーゲット機能を有している部分で、発射後のロケット弾は自律的に目標に向かって飛翔するため、射手は素早く発射場所から移動する事が出来る。
これは生身の歩兵が自身の居場所を敵に特定された場合、砲撃・銃撃に晒される危険性を低減できると言う利点をもたらし、最新型でも2,500m程の射程距離しかないFGM-148ジャベリンの射手の生存率を向上させている。
FGM-148ジャベリンは水平射撃に加えて、戦車等の車輛に対してはトップ・アタックと呼ばれる装甲の脆弱な上部への落下モードも選択可能であり、何れも9割を超える命中精度を誇ると説明されている。
ジャベリンと用途・使用方法はほぼ同じだが、使い捨て型としたものがNLAW
FGM-148ジャベリンと同じく歩兵が肩に担いで1人でも運用できる携帯型ロケット兵器がNLAWであり、こちらもロシア・ウクライナ戦争においてウクライナへの支援兵器のひとつとしてイギリスが供与を行っている。
NLAWはイギリスとスウェーデンとが2002年に共同開発を行った兵器で、これら両国以外でもフィンランド、ルクセンブルク、マレーシア等でも採用されており、最大射程距離は凡そ800メートルとされている。
またこれもFGM-148ジャベリンと同様の特性であるが、NLAWも水平射撃に加えてトップ・アタック・モードを選択可能であり、戦車等の重装甲の車輛であっても最も弱い上部からの攻撃を可能としている。
但し目標までの誘導方式はFGM-148ジャベリンが赤外線を使用しているのに対しNLAWは慣性航法を用いており、また後者は発射毎に使い捨てる形式であり、射程も含めより簡易的な兵器と見做して良いだろう。
しかしNLAWでもファイア・アンド・フォーゲット機能は実装されている為、FGM-148ジャベリン同様に使用する歩兵の最低限の生存性を確保する上では理に叶った兵器であると言えよう。
歩兵携帯型の地対空ミサイルの代名詞的存在・スティンガー
FGM-148ジャベリンやNLAWは主として戦車等の地上の目標の攻撃に使用される歩兵携帯型の兵器であるが、FIM-92スティンガーは低空を低速で飛行する回転翼機等の敵航空機を攻撃する為に開発された兵器である。
低速とは言うものの地上の車輛等に比すれは遥かに早い航空機を目標とするため、FIM-92スティンガーの誘導方式には赤外線及び紫外線シーカーが用いられており、やはりファイア・アンド・フォーゲット機能を実現している。
FIM-92スティンガーを開発したのはアメリカの軍需企業のジェネラル・ダイナミクス社だが、開発に際しては如何なる環境でも運用可能な汎用性、高いメンテナンス効率、友軍機への誤射を防止する事が求められた。
これらの課題ををクリアしたFIM-92スティンガーは、歩兵携帯型のみならず歩兵戦闘車等の車載用にも用いられた他、航空機や艦艇搭載型にも派生する等、非常に高い評価を得ることに成功している。
ロシア・ウクライナ戦争においては、ドイツ、オランダ、ラトビア、リトアニア等がウクライナにFIM-92スティンガーを供与しており、ロシア軍の攻撃機Su-25を撃墜した事も記憶に新しい。
優れてはいるが、謂わば究極の存在なのが歩兵携帯型兵器
これまで見て来たようにFGM-148ジャベリンやNLAWなどの対戦車兵器や、FIM-92スティンガー等の対航空機兵器は威力や命中率ともに優れてはいるが、歩兵自身が担いで運用すると言う特性上、最終的な防御に向けた兵器である。
余りにもFGM-148ジャベリンが今回のロシア・ウクライナ戦争でロシア軍の戦車を始めとする車輛を撃破したとの報道が行われた事で、これさえあれば戦車など不要と言わんばかりの記事も多数散見された。
しかしこうしたウクライナ軍の戦果は、それ自体がウクライナ軍の善戦を喧伝する為の政治的なプロパガンダである点も少なからず踏まえて、多少は割り引いて考える姿勢が必要だとも感じられる。
そもそもウクライナ側が公表する戦果が事実であると仮定しても、これら歩兵携帯型の兵器を使用する環境とは、ファイア・アンド・フォーゲット機能があるとは言え最前線に生身の兵士が晒されている状態である。
その意味でもこうした歩兵携帯型の兵器とは、あくまでも最終的な防御用の兵器であり、本来であればこれらを用いずに済むに越した事はないと考えておくべきだろう。
featured image:SGT MAURICIO CAMPINO, USMC, Public domain, via Wikimedia Commons
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