シベリア抑留のリアルがあますところなく描かれた「凍りの掌」

昭和二十年八月十五日に日本の約十五年にわたる戦争は終結したことになっています。
実際はそれ以後にも戦闘行為やゲリラ戦、そして捕虜になったりと様々な形で「戦争」が続けられてきました。

中でも苛烈なことで知られるのがシベリア抑留。
あまりに重過ぎる体験だったからか、その体験を語る声は今まで多くありませんでした・・・しかし現役の漫画家が、父の体験を聞き描いた傑作「凍りの掌」には、あの恐ろしい歴史の真実が赤裸々に描かれています。

(C) 凍りの掌 シベリア抑留記 おざわ ゆき 講談社

東洋大学の予科に進んでいた小澤青年は、必ずしも第一線で戦う兵士として将来を嘱望された存在ではありませんでした。
むしろ大人しく文人寄りの雰囲気を漂わせていましたが、長引く戦争でどんどんと戦死者、戦傷者が出て戦力が足りなくなる中、戦争も末期に差しかかった頃、ついに彼にも「赤紙」が来てしまいます。

内地での短期間の訓練を終えた小澤たちが配属されたのは、北方。ソ連軍に睨みをきかせる重要地点でしたが、かつて最強と言われた関東軍も人材の引き抜きで弱体化しており、既に一部の兵舎が糧秣倉庫として使われているような有様でした。

(C) 凍りの掌 シベリア抑留記 おざわ ゆき 講談社

その後数ヶ月も経って、やってきた古参兵たちによって小澤たちはしごかれ、また突如攻めてきたソ連軍の空爆で仲間を亡くす悲劇もありましたが、小澤たちの苦難はむしろその後にこそ待っていました。ソ連兵たちに追い立てられ、広大なソ連領のどことも分からない地域で働かされるという苦難の連続です。

そこからの元日本兵たちの窮状は記録などで知ることもできますが、いつ日本に帰れるかも分からない中、バタバタと戦友たちが亡くなっていく現実や、今にも死にそうなのに「作業に適す」と判定され、また無事な仲間のためにも「適す」と判断されねばならない、究極のずさんとも言えるチェック体質などの「肉声」が描き抜かれているために、そのしんどさは読んでいても強烈の一言です。

(C) 凍りの掌 シベリア抑留記 おざわ ゆき 講談社

また、そこまでの目に遭いながらソ連側の「教育」によって共産主義に親しんでいく一部の仲間や、つるし上げられる上官の姿なども、悪し様にではなく淡々と、むしろ「憎しみ」を排除しているようなスタンスには好感が持てました。

さらにそうした筆舌に尽くしがたい抑留生活を味わった人々が・・・ようやく帰還を果たしてもしばしば共産主義のスパイではと白眼視され、主人公の小澤氏自身も市役所の試験で外されたりしたことや、長らく被抑留者たちは保障の対象外とされていたことなど描かれ。

(C) 凍りの掌 シベリア抑留記 おざわ ゆき 講談社

考えさせられる部分が多い現在につながる要素や、そうした難しい部分を中立的に描くという実に難しい仕事をやり遂げたことなど、評価されるべき点が実に多い名作です。

同人誌から商業出版されたという一作ですが、確かに日本中の多くの人に読まれるべき意義がある一作です。


いえぽぬZ

漫画や小説、ゲームなどのレビューをライフワークにしている三十代男性。最近では紙よりも電子書籍形式で読む方が多いですね。

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