1995年はオウムの地下鉄サリン事件があり、宗教カルト集団が怖いと認識される年だった。
同年「福島悪魔祓い事件」と呼ばれる事件が起きたことを覚えているだろうか?
この事件を簡単にいえば、自らを「神」と名乗る女が悪魔祓いと称して信者6名を殺害したのだ。
一体なにが起こったのか、この事件を読み解いていきたい。
江藤幸子
この狂った事件がどうして起きたのかを知るには、まず江藤幸子を理解する必要がある。
江藤は1947年に福島県須賀川市で生まれ、父親は町会議員だったらしいが4歳の時に病気で亡くなっている。
それから母が働いて一家を支えていたらしのだが、生活苦だった・・・というわけでもなかった。
江藤は順調に高校を卒業し、化粧品の販売員として働き始めるとトップクラスの営業成績を収めるまでになる。
20歳で塗装業を営む高校時代の同級生と結婚、4人の子供にも恵まれ、夫の親の土地にマイホーム建て、経済的に恵まれた生活を送っていた。
だが幸せは続かなかった。1990年、夫が職場の事故で腰を痛め仕事が出来なくなると次第にギャンブルにのめり込んでむようになり多額の借金を抱えてしまい、そこに次女が眼病を患う。度重なる不幸に救いを求め、市内で評判の祈祷師に相談に乗ってもらうようになると、次第にスピリチュアルな世界に傾倒し、新興宗教「天子の郷」に夫とともに入信したのであった。
天子の郷
「天子の郷」は、「病気、執着心、嫉妬」など人にとっての負の要素は、肉体内に潜む邪霊や霊的な毒素が原因となって起きるものであり、幸福が得るには「天主」に宿る「神力」使った儀式で取り除くことだという教えを説いている。要するに邪気祓いをすれば「幸せになる」という教えだが、特徴的なのは儀式を行えるのは教祖様だけではなく、地位を上げていけば教団員でもできるようになるという点である。
入信後「先祖祓い」を受けると、夫の腰痛は数日でたちまち完治したのだ。これを感化された2人は信仰を深めていき、1992年に3人の娘を連れ、岐阜の教団本部で活動を始めた。
江藤はもともとトップクラス営業成績を収められる程のポテンシャルをもった女性だ。それが信仰活動でもうまく作用し、あっという間に除霊が行えるという地位の「天子」となるのだが、次女の眼病が治らなかった。次第に教団の対応にも不満を募らせ、教団とのトラブルもあったらしく、その年の11月には夫婦で脱会したのだ。
神に選ばれた存在
脱会した事に不満があったのだろうか、夫は家を飛びたし教団の女性信者と神戸で同棲を始めた。何度も連れ戻しても夫は浮気相手の元へと出ていってしまう。精神的に追い詰められた江藤は自殺を考えるほど困窮しながら、逃げた夫を追いかけるなかで「神慈秀明会」という新興宗教に出会う。1994年に入信するが高価な掛け軸の購入を強要され1ヶ月程度で脱会、ここにも救いはなかった。
それは夫を置い続けていたあるとき、ホテルの一室で夫が自分の元に帰ってくるように神に祈った時のことであった。
発した祈りの言葉が自分の物ではないように感じ、今までが嘘だったように夫に対した思いや未練が吹っ切れたと同時に、「自分は神によって選ばれた存在」・・・そんなように確信したということだ。
江藤は人生を挫折しかけ宗教にハマって、結果として夫を失うような所詮凡人。営業のセンス等、人より秀でた部分はあると思うのだが「神に選ばれた」と感じるなんて勘違い甚だしい。
拝み屋
江藤は1994年の7月頃、自宅のある福島県須賀川市に戻った。古くからこの地域には悩み事があると「拝み屋」と呼ばれる祈祷師に相談するという迷信深い風習があり、今でもそれが根付いている。そこで彼女は今までの宗教活動で学んだノウハウを活かし、拝み屋の活動を開始したのだ。知人の悩み相談に乗り、肩こりや腰痛は霊的な力で癒やすと言われている「手かざし療法」で対処していた。
活動を続けていくうち「悩みが解決した」「肩こりが軽くなった」という人が現れ始めると評判が広がっていき、「拝み屋」江藤に心酔する信者が増えていった。周囲からもてはやされ、増長し「幸子様」と呼ばせていたようだ。
江藤の評判が広まるにつれて、成人病や生活習慣病といったなどの治りにくい症状を持つ信者が多く訪れて来るようになる。その中でも一家で信者となった三木一家と関根夫妻に「私と暮せば悪い霊が遠ざかる、心配事もなくなる」と出家を勧め、信者11人との奇妙な共同生活が始まったのだ。
そうした中、徴収金を出し渋った関根婦人に腹を立て、ちょっとしたミスから彼女を煩わしく思い始め、「狐の霊がついている、除霊しないといけない」と告げ、除霊のキツネ踊りを彼女が疲弊するまで踊らせた。
・・・江藤幸子の狂気が始まった。
宿業
もともと拝み屋として秘めた力があったのか?営業で培ったスキルが功を奏したのか?それとも偶然なのだろうか?
江藤の評判はさらに広がっていき、既に県外からも信者がやってくる程になっていた。
ある時、女性が連れてきた彼氏、息子程の年の差があるイケメン男性の根本裕に一目惚れし「格の高い魂を持っている」などともてはやし、特別扱いをしたのだ。それに気を良くしたのか、いつしか1人で通ってくるようになり江藤の宗教に入信し、愛人として肉体関係を持つ関係にまでなるのだが、それだけでは済まなかった。
溺愛した彼を「前世で夫婦」であって実質ナンバー2の地位であり、神である自分と同格であるから「様」を付けて呼ぶように信者たちに通達するようになると、邪魔になるのは根本の恋人であった女性信者。彼と別れるよう告げても断る彼女に怒りを覚えた江藤は「狐憑きの除霊」と称し、正座した彼女を太鼓のバチで叩き、他の信者たちと殴る蹴る暴行を加える。そこには根本も加わっていたというから驚きだ。
この女性信者は不審に思った両親に連れ戻され脱会し江藤と縁が切れた。一命を取り留めたといっても過言ではない。
罰する神
根本がバチを使った除霊は「御用」と呼ばれるようになり、自分が気に入らない信者には難癖をつけて「御用」するのだが、それは「死の宣告」でもある。
この頃から江藤は増長していき、イケメン根本の彼女がいなくなると、次の標的はもとより気に食わなかった関根婦人とイケメン男性の扱いに異論を唱えた三木護の二人に向けられた。悪魔祓いの名目で食事、睡眠を制限し一日中正座させ「御用」を行う。1995年1月、二人は相次いで死亡した。だが江藤は「彼らは死んだのではなく、神によって魂を清めている。腐敗臭が消えると組成する。」と説明した。客観的に判断すれば馬鹿な話であるが、洗脳状態の信者たちは信じ切って疑わない。
そして次は亡くなった三木護の娘の「里恵」。理由は根本への憧れが江藤に知れた事なのだが、それは無邪気な感情だったにも関わらず、江藤は嫉妬の炎を燃やして里恵を「御用」する。里恵を正座させ、思ってもいないはずの根本への静的な欲情を持っていると仕向けた。日に日に暴行は激しさを増していき、2月初旬に息絶えた。この「御用」には母親である和子も関わっていたと言うから驚きだ。
除霊の罠
江藤はただ気に個人的な感情で暴行を加えているだけで、除霊でも悪魔祓いでもない。しかし「御用」を受けている信者は除霊だと信じてしまっている事が問題だ。
亡くなった三木護だが、暴行に耐えかね自宅に逃げる事もあったのだが、家族の説得で江藤の元に戻ることを繰り返していた。つまりは家族も信者故に除霊だと信じてしまっている。警察駆け込んだ事もあったのだが、不審に思う警察に自らの意思で除霊を受けた傷だと説明すると、事件として取り扱わなくなる。里恵の時も同様で、学校の教師が暴行に気づいて警察に相談しても、「自らの意思」である為に相手にされなくなってしまうのだ。
だからといって警察が悪いのではない。警察は民事不介入が原則であるので、たとえ暴行を受けても「自らの意思」である場合、明確な犯罪行為とはされず介入する事が出来ない・・・なにか見えない糸に絡めとられた獲物のようにすら感じる。
御用されていく信者たち
「根本に色目を使い誘惑した」理由で里恵の母親の和子も「御用」し、三木一家の娘たちが加担していた。生き残った古参の信者は必ずといっていい程「御用」に参加している。除霊に参加できる喜び?同調圧力?・・・その心情はどのようなものなのだろうか?
ここで新たに亥飼夫婦とその子ども2人、夫である亥飼立雄、その同僚の先崎明美が出家して来たのだ。
亥飼立雄は江藤の好みのタイプのようで、根本裕と同様に「格の高い魂を持っている」とまたしてもはやし立てる。そこで邪魔になるのは先崎明美の存在。
「御用」に取り掛かるが事もあろうか、持ち上げられ調子にのった亥飼立雄が仕切り初める。いくらお気に入りであっても、江藤はこの行為を容認できず、亥飼立雄を殺害。
その日の夜から、先崎明美への「御用」を開始して殺害。全ての遺体が置かれている8畳間に置かれ、次は亥飼の妻の番だ。
暴かれた神
先崎明美が亡くなった6月6日。亥飼の妻の母親が江藤の元に訪れた。そこで見たものは「御用」で血まみれの娘である「亥飼の妻」と痩せこけた孫たちの姿だった。母親は信者の妨害を阻止し騒ぎを最小限で孫を救出、その日の夕方には父親を連れて戻り亥飼の妻も救出した。
洗脳状態だった亥飼の妻は、「毒素が出ているだけだ、御用が済んでいない」と言うように江藤の元に戻ろうとしたのだが、病院で治療を受け、精神状態が安定しだすと江藤の元で起きた事、復活するという死体が保管されている事を話し出す。
7月5日、亥飼の妻の証言でついに警察が動く。家宅捜査の後、6体の変死体を発見、4人の子供を保護、江藤とともに殺人および暴行の容疑で根本裕、江藤の長女の裕子、関根君子の夫の関根満雄ら4名を逮捕。救出され江藤の罪を証言した、亥飼の妻も夫の殺害に関与した容疑で逮捕されたのだ。
匂い
家宅捜査にあたった警官によると、玄関をあけた瞬間に今まで経験したことがない程の異臭が漂い、床にはウジ虫が蔓延り、「御用」されて殺害された信者の遺体は布団の中で腐乱していた。
江藤宅はだいぶ以前から、地域住民達の話によれば「甘いような、異臭がする」と言われていたそうだ。この匂いは腐敗臭と江藤がごまかす為に置いた消臭剤が混じり合った死の香りだったという訳だったのだ。
かなりの異臭だったはずだが、周りの住民は気づかなかったのだろうか?
「御用」による拷問による騒音も漏れていたらしく、かかわりたくないというのが本音なのかもしれない。
神を裁く
首謀者の江藤、共犯者として根本裕、江藤裕子、関根満雄、亥飼の妻が刑事事件として起訴される。
江藤は暴行の事実は認めるが、共謀と殺意を否認。あまりの猟奇さに主犯格の4人が精神鑑定にかけられ、責任能力が争点となる。
検察の判断を簡素にまとめると、江藤は責任能力があり、自らの意思でヒステリー状態に陥ったことに未必の故意があるとして死刑を言い渡す。江藤裕子と根本裕は無期懲役、関根満雄は懲役18年、亥飼の妻は懲役3年、執行猶予5年の刑が確定した。
江藤と弁護団は何度も控訴するが、その度に棄却され死刑が確定。2012年9月27日・・・自称「神」の裁は終わった。
終わらない悪夢
事件は解決したと思われたのだが、これで終わりではなかったことがある。それはこの事件現場である江藤の自宅が今でも残され、「祈祷師殺人事件の家 」という名称で心霊スポット化したのだ。
江藤が逮捕された後、この家は競売にかけられたのだが、どんな価格で売られたとしても、これほどまでいわくがある物件は誰も手を出すことはないだろう。結果として当時のままの状態で放置され、噂によると、女性、男性、老婆の霊が目撃されているという。被害者の中にはたしか老婆はいなかったはずだが?
ひとつ言いたいことがある、この家の所在地はネットで簡単に見つける事が可能であるが、興味本位で見学に行くのはやめて頂きたい。
事件を振り返って
改めてこの事件のファイルを筆者も読み返して思うことは、ちょっとしたきっかけで人は狂うという事だ。
人生の前半はなんの不自由もなく、むしろ順風満帆だったはずだったのに、夫に裏切られて宗教にハマる。なんの因果からか自称「神」となり、その動機は嫉妬であるにも関わらず、信じている信者を次々殺害していった。
こんな狂った事件が今後おきないことを祈るばかりといえよう。
※画像はイメージです、
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コメント一覧 (1件)
誤字脱字が少し多い気がしました…
内容は面白かったです!!