Tさんという四十代の男性から聞いた話。
Tさんはとある百貨店のバイヤーだ。その仕事柄、地方へ出張することも多い。

そのTさんが四国の某町に行った時、取引先の造り酒屋の店主から、
『この付近の入江沿いに、巨人に滅ぼされた漁村がある』
という話を聞いた。

その漁村は、公式の資料によれば、明治末期に大型台風の被害で多数の死者が出て、残った住民も集団移住したため廃村になった……とされている。だが、本当は巨人に襲われ、村人はみんな食べられてしまったというのだ。

Tさんは、その手のオカルト話にさほど興味がある方ではなかったが、帰京まで時間の余裕があったので、話しのタネにと、その廃漁村に寄ってみることにした。
滞在先の町から車を一時間ほど走らせ、山と山に挟まれた細い間道を抜けた先に、目的地の入江が見えた。
かつて台風でひどい被害に遭ったというわりには、それなりの数の民家がそのままの姿で現存していた。浜辺には打ち捨てられたいかだや投網も残っていて、まるでここだけ時が止まっているかのようだった。

Tさんは、さして広くない村の中を散策してみた。
村はほぼ平坦な地形だった。中心地の近辺だけがわずかに窪んでいる。そこから5本の細い道が、海に向かって突き出すように伸びていた。
ひととおり村を歩いてみて、Tさんはある違和感を覚えた。

「歩いている間、ずっと、誰かの視線を背後に感じていたんです。何だか、高い所から見下ろされているような視線でした。それと、時折、山の方から強い風が吹いて来たんですが、その風の音が、まるで人間の荒い鼻息みたいに聞こえてしまって」

Tさんの違和感はそれだけにとどまらない。

「地面から汗の匂いがするんです。はじめは磯の香りが染み付いているのかと思ったんですが、やはり汗の匂いだったと思います。村中の地面が、しっとりと湿っていました」

ふいに、Tさんの頭に一つの想像が浮かんで来た。自分のその想像が怖くなって、Tさんは慌てて村を後にした。
帰京してからもずっと、その時に浮かんだ思いを消せずにいるという。

「しっとりと湿った地面。汗の匂い。五本の細い道。もしかしたら、あの村自体が、巨人の手のひらの上にあるのでは、と思ったんです」

馬鹿げた話ですよね、とTさんは自嘲気味に笑った。
その後、その廃漁村は老朽化した家屋に倒壊の恐れありとして、県が立入禁止区域に指定してしまった。
今はもう、誰も入ることが出来ないという。

ペンネーム:月の砂漠
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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