垣間見えたのはいつの景色か

夕暮れ時というのは昼と夜の間にあって、どこか曖昧な時間の印象があります。
何か不思議なことが起きてもおかしくないような・・・。

小学校低学年のとき

私が小学校低学年のとき、近所にコンクリート打ちされた広い空き地がありました。
何かの建物の跡地でしたが、すでに建物は撤去されており、コンクリート打ちされた地面だけが残されていました。
そこは遊び場として認知されていて、常に誰かしら子供がいて遊んでいた場所です。
昔の話ですから、勝手に入り込んでいても危険なことさえしなければ、咎められることもありません。

その日は私と幼馴染のYだけがいて、二人で縄跳びやあや取りをして遊んでいました。
段々と日が傾き始め、うっすらとオレンジ色の陽がさし出したところで「そろそろ帰ろうか」と言い出したときです。

「ねぇ、今日って習字教室やってる日だっけ？」
Yがそう言って、通りを挟んで斜め向かいにある建物を指差しました。
そこは地域の人達が自由に使える小さな平屋の建物で、老人会の集まりや刺繍教室など地域のコミュニティ活動で使われていて、私が習っていた習字教室もそこで行われていました。

今日は習字教室？

週に一度だけ開かれるそれは、毎週月曜日と決まっていて、その日は木曜日だったので今日はやっていないはずです。
しかし、時々時々開催日時が変更されることがあり、私はそのことを聞き逃したのかと思って焦りました。

「えっ！　今日は違うと思うけど」
「でも人いるよ。小学生っぽい子達もいるし」
開けられた窓から、並べられた机とそこに向かう子どもの後頭部が見えます。
習字教室のときは机を二列にビッシリと並べるので、開かれた窓から見える様子でわかるのです。

「先生見える？」
「うーん・・・なんかよく見えない」

そこで私は違和感を覚えました。
確かに建物内では習字教室が行われていましたが、なぜか電気が点いていません。
日当たりがあまりよくないそこは、いつも昼間でも電気をつけていました。

それから、習いに来ている子達に見覚えがありません。
様々な学年の子どもが来ていたので、全員が友達というわけではありませんでしたが、それでも大体の顔や背格好は知っています。

様子をうかがいに

もしも教室がやっていたとしたら、サボりだと思われてしまうと考えた私はとりあえず様子を見に行こうと思い。

「もっと近くで見てみる？」
「うん。行ってみよう」

先生に見つからないように空き地の隅を通り、腰を屈めて道路を渡って建物のそばまで近づき、一番端の窓をコッソリと覗きました。
中は薄暗く、やはりよく見えません。そして、とても静かでした。
普段の教室では、先生が指導する声と子ども達の声がザワザワと響いているのに、そこは無音と言えるほど何も音が聞こえません。

「やってる？」
「みたいだけど、なんか変」
「え？　どういうこと？」
「ちょっと見てみてよ」

次はYが覗き込みました。
私よりも長い時間中を見ていました。

「ねぇ、なんか変でしょ？」
「うん。先生も違う人みたい」

次は二人で覗いてみます。
教室内の子どもは男の子は坊主頭、女の子はおかっぱや三つ編みなど、皆が大体同じ髪型をしていましたが、相変わらず顔はよく見えません。

あれれ？？

「どうかした？」と突然背後から話しかけられ、私達は驚きながら振り返りました。
そこには管理人をしているおじいさんが立っていました。

「あ、あの・・・今日は習字教室はありますか？」
「いや、何もやってないはずだけど。これからオジさん達が使う予定だから」
「えっ！でも？」

再び窓から中を見ると、そこには誰もいない空の室内が見え、空いていたはずの窓が閉まっています。

「あれ？」
「誰かいたのかな？」

そう言っておじいさんは入口の方へ行き、鍵を開けました。
「カチャン」と解錠される音が響き、先程まで鍵がかかっていたことを示していました。
そのまま中へ入り、靴を脱いで上がります。
Yと私は入口から覗き込むようにしておじいさんを見ていました。

「やっぱり誰もいないみたいだけど」
「そうですか」
「そろそろ暗くなるから帰りなさい」
「はーい」

私とYはそのまま帰路につき、その道すがら、確かに中に人がいたよね！と話しました。
二人で見間違えることなどないはずです。

いったいなんだろう？

しかし、よく考えてみればおかしなことばかりでした。
すぐ近くの空き地で遊んでいれば、あの建物に入る人を必ず見ているはずです。
けれど、建物に向かう人も扉を開ける音すらも聞いていませんでした。

中にいた子ども達の髪型も服装もどこか古めかしく、そして何より先生がまったく違う男の人でした。
いつも教えてくれる先生は白髪でループタイをしている恰幅のいいおじいちゃんでしたが、先ほど見たのは若くほっそりとした人でした。
私達が見たのは、いったいいつの習字教室だったのでしょうか？

※画像はイメージです。