「こんな山奥に村なんかあるの。真っ暗だし何かでそうだよ。」
梨花を乗せた車が轍の幅を超えて生い茂った草をかき分けるように砂利道を進む。
「何か出そうだからこそ来たんじゃないか。村と言ってもずいぶん昔に廃村になっているから電気も通っていんじゃないかな。」
航基は車体の揺れが伝わらないように慎重にハンドルを握りながらどこか楽しそうだ
「ほら、もう少しで着くよ。」
航基に言われて視線を正面に目を凝らすと、新月の暗がりにぼんやりと古ぼけた家屋が見えてきた。
梨花はだれも住んでいない古い民家に薄気味悪さを感じた。夏も終わりが近い今夜この廃村に来たのは、交際相手の航基が幽霊が出る場所があるから肝試しがてら行ってみたいと言い出したからだ。航基はこの廃村のことを大学の先輩から聞いて興味をもったらしい。
車を降りると航基はライトを点けたスマートフォンを目の高さに掲げて砂利道を奥に向かって歩き始めた。
「梨花は大学に入るときに引っ越してきたから知らないと思うけど、この奥の屋敷で、女性の遺体が見つかったんだ。なんでも遺体はバラバラになっていたそうだ。そして殺されたその女の霊が奥の屋敷に出るようになった。女の霊は生きている人間を見つけると般若の面のような表情で何かを訴えてくる。それは決まって今日みたいな新月の真っ暗な夜。」
その時梨花の横の草がガサガサと音を立て動いた。
「きゃぁぁぁ。」
大声を上げて航基の腰にしがみつく。
「ははは。梨花は怖がりだな。タヌキか何かだよ。この山奥なら野生動物がいてもおかしくない。」
航基は梨花の腕を優しく外して再び歩き始めた。
「殺された女は、生きた状態で屋敷に連れてこられた。助けて。お願い、なんでもするから、と叫んだけど、こんな山奥では誰の耳にも届きはしない。犯人は女の形のいい足を切ろうと鉈を振り下ろした。女はまるで特急列車が急ブレーキを掛けたような悲鳴を上げる。脚からは血が噴き出していたけれど、しばらくしたら動かなくなった。そのあとはもう片方の脚、腕、首の順番に切り落とした。」
「ねぇ。なんでそんなに詳しく知っているの。
どうやって殺されたか。」
航基がやけに詳しく話す惨状が妙にリアルに感じられて違和感を覚えた梨花は、航基の横顔を見る。航基はななめ後ろの梨花を振り返って笑顔で言った。
「梨花は怖がりだなぁ。ここがその廃屋だ。」
表情も変えずに建付けの悪い引き戸を開けて中に入っていく。
殺された女の惨状を聞いて恐怖心を煽られた梨花は、真っ暗な夜の闇を濃縮したような廃屋の内部を不気味に思いながらも、深夜の廃村に一人でとり残されることを恐れて航基の後に続いた。
「かび臭いし変な雰囲気だよ。早く帰。」
言いかけて何かに躓いてつんのめって転んでしまった。板の間にぶつけた膝が痛い。
何に躓いたのか確認しようとつま先の方に視線を送って、息を飲んだ。
梨花の脚を女の腕が掴んでいたのだ。
恐ろしさのあまり声も出ない。
腕の近くには青白い顔や脚が散らばっている。それらは生身の人間のものではないとすぐにわかった。その体と四肢は靄のようにぼんやりと霞んでいたからだ。
転がっている顔を見やると、女が般若の面のような表情で叫んでいる。
夢とも現実ともつかない光景を目の前に、
歯の根も合わない。ガタガタと震える梨花の脳に言葉が浮かんだ。
に、げ、、、さ、、、い。
逃げ、、い、逃げなさい。
耳を通さず届く声の主は殺された女だと理解することができた。この悪夢のような状況が梨花の感受性を鋭くしている。
すぐ隣にいるはずの航基の方を振り向いた。
航基は目を剥いて梨花を凝視しながら梨花の背後の床に刺さった鉈の柄をつかんで引き抜こうとしている。
「次は命中させてやるからな。」
目の前の航基はもはや梨花が知る航基ではない。
梨花は廃屋の出口に向かって走った。
※画像はイメージです。
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