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全世界を虜にしたヒゲオヤジ「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」をご紹介

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公開されるや否や、その圧倒的人気によってアメリカ映画史上を席巻し、期待を全く裏切らないエンターテインメント性によって世界中の観客を虜にして見せ、近来稀に見るスマッシュヒット作となった「スーパーマリオ THE MOVIE」。
その躍進はファンならずとも眩しく、躍進の傍らで「マリオはこれがスクリーンデビューではない」という話題から、ある意味で「再発見」されたのがこの実写映画である「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」の存在でした。

それはスーパーファミコン華やかなりし1993年、メディアミックスという言葉が少なくとも一般には認知されていない頃に子供達に大人気だから・・・だったのかは定かではありませんが、スクリーンへ引っ張り上げられたとも言える形で登場した作品は「色んな意味で」衝撃的なものとなりました。
1990年代初頭の人気要素てんこ盛りアメリカンサイズな「実写映画」。今となっては「ある意味貴重」なB級映画と笑って済ませるにはちょっと勿体ない一作、よろしければご賞味あれ!

目次

ゲームを知らないオジサン達が一生懸命考えた!?「コレジャナイ」感満載

「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」が公開されたのは1993年、スーパーファミコンのローンチタイトルであった「スーパーマリオワールド」がマリオ像を更に拡大し、新たな頼もしい相棒であるスーパードラゴン「ヨッシー」と共に「恐竜ランド」を舞台として駆け回ったのが記憶に新しい時期でした。

ここでキーワードとなるのが「恐竜」なのですが、実はこの1993年とは「ジュラシック・パーク」を筆頭に「恐竜をテーマにした映画」が大量に送り出された年だったとされます。
その大きな潮流と言える「恐竜ブーム」…1960年代に生物学会で始まったとされる「恐竜ルネッサンス」と言われる大きな動向に始まり、恐竜という生き物が広く一般に知れ渡り人気を得ていった「最もエキサイトしていた時期」がこの1993年頃であったと言える部分があったのでしょう。

それ故なのか、映画化に当たって大きく注目されたのは「恐竜」の部分…6500万年前に分かたれた「二つの世界」という、これまた当時大流行な感じの「地下」で発達した「恐竜人」の社会という何ともSFな世界観を打ち出して来たのです。
この時点でマリオらしさは全く無い、と言いたい所ではあるのですがそこはそれ。

如何にもゴテゴテのハリウッドライクな暗く陰湿でデンジャラスなアンダーグラウンドワールドをこれでもかと作り上げつつも「配管工」が「土管を潜って辿り着く」という要所を押さえた結果こうなったという文脈の掴み方が中々にクレバーであり、ツッコミ所だらけで違う所だらけなのに「これをマリオだと言いたい」事はビンビン伝わって来るというとてもエキセントリックな作り込みが為されています。

「配管工おじさん」である「マリオ」を演じたのは、愛敬のあるおじさんを演じる事に定評のあった「ボブ・ホスキンス」氏…英紙においてはこの役を「いまいましい悪夢」と答えていたそうですが、あの出で立ちと何処かとぼけたキャラクターは「マリオが現実に居た」と納得してしまうものではありました。
流石に「あの」ジャンプなんかは望めませんでしたが。

キノコは出ないのか?

そこまでの作り込みに対し「じゃあキノコは出ないのか」と心配になったファンも安心の・・・違う意味で絶望のどん底へ突き落とすのが「恐竜人社会(ダイノハッタン=Dino-hattan)はクッパ大王に支配された結果である」という文脈です。
マリオファンであれば「ノコノコやクリボーが市民として闊歩している」ような話だと言えば分かりやすい所かもしれません。

そこには第一、二作の「スーパーマリオブラザーズ」で語られた「捕えられたキノコ王国民は魔法でブロック等にされてしまった」という中々ハードなお話が隠されているのですが、この映画はその点を情け容赦無く採用した上で実にハリウッドなコズミックホラー感覚をブチ込んで来ます。
なんとクッパ大王、生物の進化を操作する超技術を我が物として自らを超進化させたサイコでマッドなスーパー悪役として作品のラスボスに君臨する上に「逆進化銃」なるトンデモSF兵器(ちなみに「逆進化銃」が当時リリースされた。
現在では「黒歴史」とも言われるスーパーファミコン用追加ガジェット「スーパースコープ」を思わせるデザインになっている辺りも見所の一つだと言いたい所です)を作り出し、元々平和的に地下世界を治めていた王様をドロドロネバネバの「粘菌(菌類、つまりキノコの親戚)」に退化させるという外道っぷりを見せ付けます。

この飛びっ切りな悪役を「最期まで」演じ切って見せるのは、西部劇から医療関係者まで幅広く演じ「イージー・ライダー」ではハーレーでアメリカの大地を駆け抜ける放埒な青年を演じる傍ら監督業もこなした名優「デニス・ホッパー」氏が務めます。

悪役としては?

悪役としては本作より後発となる1995年公開作「スピード」に登場する狂気に満ちた頭脳派テロリスト役などが特に印象深いですが、本作についてのインタビューに拠ると「世界中の子供達が知る悪役だから力も入った」「ヘアメイクは数時間かけて作り上げた」等々、力の入った「怪演」であった事が語られています。

「キノコ王国」という原作のネタをこれでもかとハリウッドライクな「リアル文脈」で躊躇無く再現して見せた制作陣の悪意には本気で脱帽する他無いと言えるこのシーン、メルヘンでファンタジーな世界を愛好するマリオファンには非難囂々も致し方無しという所ではあるのです。
今にして考えると「正しくゲームの文脈を押さえつつ」「ハリウッドとしての文脈を絶対に譲らない」という良くも悪くも「映画界として性根の入った回答」を見せた名采配だと言いたくなる「一周回ってすごい」部分だと言えるでしょう。

そんな「コレジャナイ」感満載の、しかしながらよくぞそこまで重箱の隅を突いたと感心するだけの欲張りセット感溢れる偏執的な作り込みには「古き良き(悪しき?)」ハリウッドの姿を見る思いがするものです。

マリオの本名!?ルイージが「弟じゃない」?!

「原作」のある作品が避けては通れない「原作との繋がり」…物語のストーリーラインからキャラクターのイメージ、尺や演出の都合でのオリジナル改変等に至るまで、それは作る側も見る側も葛藤と論争を常に巻き起こす争点です。
それは本作が「マリオ」という、言うなれば「あまり設定云々が無いように見える作品」を元に取ったものであっても同様・・・・。
むしろ設定を気にしなくても良いように見えるからこそ「ファンはそれぞれが望むようなイメージを作り上げられる」事からその激しさを増すものかもしれません。

増して本作については・・・個人的には良くも悪くも制作陣の「押しの強さ」が出た作品として「ハリウッドらしさ」を感じる所に評価をしたくなる所なのです・・・が。
何分「原作との落差」が凄まじく、物議を醸してしまったという部分から「悪い意味でイメージを壊した」作品として語られてしまい、作中で語られた事柄が「原作を軽視している」等の悪印象で語られてしまうものとなっています。
その最たるものが「マリオの本名(?)」とされる部分です。

これは作中、ある場所でゲートを通過する際に「IDチェックを求める」描写が為されるのですが、その際のやり取りとして。

番人「オマエ名前は?」
マリオ「…マリオ」
番人「ファミリーネームは?」
マリオ「…マリオ?」
番人「そっちのオマエは?」
ルイージ「…ルイージ」
番人「ファミリーネームは?」
ルイージ「…マリオ?」
番人「マリオ・マリオとルイージ・マリオ?ヘンな名前だけどまぁ通れ」

というようなやり取りが描写されます。

出来る事なら本編を見て頂きたいこのシーンは、お間抜けなやり取りからも分かるようにIDチェックという緊張感のあるシーンを(かなり古臭い演出ではありますが)コミカルに描こうとしたものです。

重要なのが?

そして重要なのが「ファミリーネームを聞く箇所」で、笑い所としてこの兄弟が「そう言えばなんだっけ?」というような表情を浮かべて言葉に詰まる姿が描かれているのです。
つまり本編を見た事があれば、少なくとも「マリオ・マリオは劇中でマリオ自身が戸惑っていた」という小咄的なネタとして記憶しているはずである。
宮本氏による「マリオ・マリオは公式設定ではない」という「公式見解」を引き合いに出すまでもなく「敵のお間抜けでピンチを切り抜けられたワンシーン」という意味で笑って済ませられる話だったのではないかと思える次第です。

ちなみにこの「IDチェック」のシーンで触れられる「ルイージが実の兄弟ではない」どころか、劇中での出で立ちを見れば分かるように「親子に見える」くらい歳の離れた二人である事もツッコミ所となるものですが、彼らの出自が曖昧である事なども「映画のストーリーラインとして」含みを持たせる要素となっています。

「原作在りき」として見た場合どこもかしこも破壊的な作りになっていると言わざるを得ないものですが、翻って「映画の尺と文脈に収めた脚本」での「翻案を含む物語」と考えた時、原作が積み上げている要素を(映画脚本の文法に則って)上手く取り込み織り上げていると言えるものにはなっています。
その為、本作は「公式作品」と言うよりは「1990年代以前の映画人がマリオを題材に作った二次創作」という意味合いが前面に出たものとして見れば、見え方が違って見えて来るものもあると思うものです。

あれから30年

改めて2023年・・・「実写版」から数えてちょうど30年となった年に、世界中老若男女のマリオファンが待ち望んで居た、またマリオを知らない人もその楽しさにハマり込んでしまえる作品が完成した事は、遂に作り手と受け手の心が通じ合ったと言えるとても幸せな出来事として記憶したいものです。

しかしこの「幸せな作品」が作り上げられた背景には「30年前の苦い思い出」があったからこそ…だったかどうかは分かりませんが、少なくとも30年前に「映画界とゲームがとても刺激的な出会いを果たした」という事実があった事もまた忘れずにいたい事だと個人的には思う次第です。

それはマリオファンとしては言いたい事も多々ある作品となってはいますが、一方で「1990年代の映画人が映画として本気で取り組んだマリオ」という刺激的な様相は、今日のハリウッドが失ってしまった何かを思い出させてくれるような気さえしてしまうものだと言えるでしょう。
くれぐれも幼気なマリオファンには視聴を控えて頂きたい限りですが、90年代ハリウッドテイストのアンダーグラウンドで湿度粘度タップリのスプラッターSFをお探しの貴方にオススメしたい一本です。

出演:ボブ・ホスキンス, 出演:ジョン・レグイザモ, 出演:デニス・ホッパー, 出演:サマンサ・マシス, 監督:ロッキー・モートン, 監督:アナベル・ヤンケル
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「実写映画化」それはサブカルチャーにとっての「大きな評価」としてファンに希望を与え、幾多の絶望と嘲笑を生み、その果てに再び希望を見出しつつある文言です。筆者も度々絶望を味わったクチではありますが「実写マリオ」は結構思い入れがある作品だったりします。いやホント。

スーパーマリオ 魔界帝国の女神 (C) 1993 PATHE FILMS

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