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【はいふり】改めて「ハイスクール・フリート」を推してみたいのです!

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「ガールズ&パンツァー(ガルパン)」がスマッシュヒット作として未だ記憶に新しい昨今ながら、その影に隠れてしまった感のある「ハイスクール・フリート」。
ガルパンと比較して見た時、個人的には「ああ、自分はミリタリーなら戦艦派なんだ」と実感してしまった本作。
知ってる方も多いと思いますので、この作品をもうちょっと推したいと思う観点からもう一押しのご紹介をさせて頂きます。

目次

ストイック過ぎる?艦上生活描写

劇中では一見頼りなくも最後の最後で文字通り「全員が命を預ける」だけの意志力と、それを裏付ける豪運を見せるアドミラル・トーゴー伝説を女子高生にしたような艦長が座右とする言葉「海の皆は家族なんだよ」ですが、これを単なる美辞麗句、キャッチフレーズに留めない見せ方を随所に盛り込んでいるのがこの作品の凄みと言えます。

と言うのも、船は一度遠洋に漕ぎ出せば、補給が容易に出来ないどころか船の周りに足を踏み出す事すらままならない、本当の意味での「一蓮托生」になってしまいます。

その逼迫した環境がもたらす死活問題を、忍び寄る笑い話として済まされる程度のちょっとした不自由を女子ならではのアレコレ・・・海水で髪を洗うとバキバキになる、生理用品?トイレットペーパー?高級品だよそんなものという辺りから分かりやすく描いて見せるという小技から始まり、長期間の航海が技術が発達しても人間にとって非常にハードなものであるという事実を、かなりの直球で打ち込んできます。

もちろんそれだけではただ暗澹とした作品で終わってしまいますが、そこを何だかんだと妙な明るさとタフさ、そこから出て来る機転で乗り切っていく所に船乗りとしての逞しさが作られていく過程を見るような晴れがましさこそ、この作品、ひいては海軍軍人という人間が作られていく過程の面白さを感じる・・・そんな作品です。

砲雷撃戦はチーム戦!一個の艦を動かすという事

航行するだけなら最少人数で動かす事は出来る艦艇も、いざ戦闘となれば正に大騒ぎ。
戦闘に直接関わらないスタッフが「所定の位置から動かず平時の任務を続行する」事すら重要な役割になるという、正に艦艇が一個の有機体として動けるかどうかを「前提として」、その上の技術や戦術を勝負するという、途方も無いスケールが「艦艇一つ」に凝縮されているという忙しさ慌ただしさ。

而してそれが目標達成という到達点を得た時のカタルシスは、チームプレイの極致と言って良いもの。
圧倒的過ぎる練度や全てが奇跡としか言えない程度の綱渡りが連発されてしまうのは、何とか割り切って頂いた上で、「撃ち方始め!」の一言で、いかに多くの人員と機械が連携しているのか、その妙を存分に楽しんで頂きたい仕上がりです。

こうしたお話の敵役として、艦全体をそもそも一個の有機体としてしまう脅威、即ち「戦艦としての理想形」を設定したのは比較対象として見事な着眼点と言える所でしょう。

文字通り「遊びが少なすぎた」故の小粒感と、それ故の完成度

実はこの「ハイスクール・フリート」に出て来る艦艇は、機械化が進んで1クラスおよそ30人の人数で動かせる程度に「省力化」が進んだ結果という設定も含んでいるくらいに、戦闘艦艇は人手が必要な複雑機構とされます。

海洋生活という、余剰人員の発生すら基本的に容認出来ないタイトな環境にあって、全体をキッチリ描き切って何とか枠内に収めたという感覚は、アニメという娯楽には少々物足りなさを感じてしまうものだったのかもしれません。

赤道を通過する際の「赤道祭」など、船乗りとしての文化もキチンと織り込んでいたりする部分など、その一挙動が「船という異文化」を逐一丁寧に示すものであるという面白さは確かなので、ミリオタならずとも一見の価値は確かにあったという事を提示してまとめとさせて頂くものです。

(C) ハイスクール・フリート AIS/海上安全整備局

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