MENU

ひな人形

当サイトは「Googleアドセンス」や「アフィリエイトプログラム」に参加しており広告表示を含んでいます。

この地域では、「節分が終わるとひな人形を飾る習わしがある」と教えてくれたのは、転校してすぐに出来た友だちの、勝司(かつじ)だった。
しかも、そのひな人形は、家の外から見えるように飾るらしい。特に、お店屋さんは、お店に飾るのが通例だった。

「この町はおもしろいね。ぼくは、ひとりっこだから、家にひな人形が飾ってあるのを見たことがないんだ。」
友則(とものり)は、二軒目のお店でひな人形を見ながら言った。

「そうなんだ。おれは、ずっとこの町で育ってきたから、毎年この時期はひな人形を見てきたよ」
勝司はうれしそうだった。
「三軒目も行くか?ついていってやるぞ。」
勝司は笑った。
「ああ、まだ見たいよ」
友則は、店によってもひな人形の顔や飾りが違うので興味がわいてきた。

三軒目は、けっこう大きなパン屋だった。おいしそうなパンの横に、おだいりさまとおひなさまが仲良くならべられた質素なひな飾りだ。

友則は、そのひな人形が気になった。理由はわからないが、頭からはなれなくなったのだ。

「かっちゃん」
「うん」
「このひな人形は、いつまで飾るの?」
「三月の『春分の日』までだよ。」
「春分の日?」

勝司は、しばらく考えてから、
「たしか、三月の二十一日だったかな。だから、まだ見る機会があるよ」
勝司にすれば、友則が興味を持ってくれたことがうれしかった。
「じゃあ、また、見に来るよ」
友則は、そう言ってから勝司と別れ、家へ向かった。

次の日、学校から帰ると、友則は、お母さんにお小遣いをねだった。
「何を買うの?」
「うーん、パン」
「じゃあ、明日の食パンも買ってきてちょうだい」
お母さんは、そう言って千円札をわたした。友則は、千円札をにぎりしめて、昨日のパン屋へ走った。
二体のおひなさまが迎えてくれた。友則は、じっと観察する。

「古いものだろうか・・・。お内裏(だいり)さまの顔に赤黒いシミがついている」
友則がつぶやくと、
「やっと見つけた」
となりに来た女の子がささやいだ。女の子は、友則と同じ年くらいだ。
「きみ、見えたのでしょう」
女の子が話しかけてきた。目がぱっちりした美人だ。学校では見たことがない顔だった。
「あなたはだれですか?ぼくは、一月から転校してきた田川友則と言います」
友則は、女の子と話すときは、ひどく緊張するようだ。
「うふふふ、友則君ね。わたしは、富世(とみよ)。よろしくね」
女の子は、にっこりとほほ笑んだ。

「友則君は、何を見たの?この人形に」
「何をって、・・・おだいり様の顔にしみが見えただけだけど・・・。」
「どんなしみ?」
「どんなって、・・・。赤いしみ」

友則は、もう一度ひな人形をよく観察した。数人の女子高校生が入ってきたので、友則は少し移動した。友則が視線を店内にもどすと、女の子はいなかった。
「あれ、どこへ行っちゃったのかなあ」
友則は、不思議な気分のまま食パンを買って帰ることにした。

次の日。勝司に昨日のパン屋での出来事を話すと、
「トミヨって、そんな古い名前の女の子はいないぜ。自慢じゃないけど、この学校のかわいい子の名前はすべて覚えているからな」
勝司は、胸をはった。
「この学校の子じゃないかも・・・」
「そう、じゃあ、今度出会ったらおれにも紹介してよ。な、頼んだぞ」
勝司は、ウインクを投げてから、「トイレじゃ」とさけんで教室を出て行った。
友則は、胸の奥で何かが声を上げているような気分だったが、勝司の後を追ってトイレへ行った。
次の日も、友則はパン屋へ行った。富世の姿はなかった。友則は、ひな人形の前に立つ。

「やっぱり血でしょう」
いつの間にか、となりに富世がいた。
「びっくりさせないでよ」
友則は、本当に驚いた。
「ごめんなさい。でも、このおだいり様のシミは血だと思わない」
富世は、友則の様子にかまうことなく、話しかけてきた。
「血・・・かな?」
友則は、自信がなかった。
「わたしの手をにぎってみて」

富世が両手を出してきた。友則は緊張したが、出された手をにぎった。つめたい手だと感じた瞬間、目の前に映像が見えた。
どこかの部屋の中のようだ。男の人と女の人が見える。言い争っているみたいだ。男の人が、手に持ったナイフで、その女の人を切りつけた。血が飛んできてぼくの顔にかかった。
友則は、握っていた手を離した。

「なんだよ、これは?」
友則がさけんだので、店の人が寄ってきた。
「どうかしましたか?」
店の人は、やさしく話しかけてきた。
「いえ、何でもありません。ごめんなさい。あのう、あんパンを一つください」
「承知しました」

店の人は、笑顔でカウンターへもどり棚からあんパンを袋に入れた。友則は、富世をさがしたが、どこにもいないので渡されたパン袋を下げて帰ることにした。
その日の夜に、友則は、スマホで勝司に今日の出来事を話した。

「不思議な話だな。よし、明日、おれも一緒にそのパン屋へ行こう」
勝司は、友則の話を馬鹿にせずに聞いてくれた。その上、明日の放課後に一緒について来てくれると約束してくれた。

次の日、パン屋はお客さんが多く入っていた。友則のめあてのおひな様は、店の奥のすみにあったので、お客さんのじゃまにはならずに見ることができた。
「ほら、おだいり様の右のほおに赤いシミがついているだろう」
「おれには、何も見えないぜ。ふつうの白い顔をしたおだいり様だぞ」
「そう・・・、ぼくにしか見えないのかな?」
「そんなわけないだろう。それより、トミヨって子はいないのか?」

勝司は、辺りを見回しながら聞いてきた。
「なんだよ。目的はそっちか」
友則が舌打ちすると、いつの間にかとなりに富世がいた。
「いつも突然に現れるなあ」
友則が笑っていると、富世は両手を出してきた。
「さあ、昨日の続きを見せてあげる」

友則は、言われるままに富世の両手をにぎった。やはりつめたい。
―ナイフを握った男の顔が見えた。ぼくに似ていた。女の人はたおれていた。女の人の顔もはっきりと見えた。富世そっくりだ。

友則は、びっくりして手をはなした。
「どういうことなんだ?」
友則はさけんだ。
「『どういうことなんだ』って、それは、こっちのセリフだよ。どうしたんだ。独り言を言って」
勝司が怒った。
「今、富世がいただろう」
「富世?だれもいないぜ。夢でも見たのか」
勝司が、声を出して笑った。
「うそを言うなよ。今、ここでぼくと話していたじゃないか」
友則は、強い口調で言った。
「お前は、ひな人形に話しかけていたんだぞ。富世と話していたつもりだったのか?」
勝司は、おそろしいものでも見たような顔になったが、すぐにお店のマスターのところへ友則を連れて行った。
「すみません。あのひな人形は、いつからありますか?」
勝司が聞く。
「ああ、あのひな人形ね。先月、ネットで買ったものですよ。この地方は、お店にひな人形を置くことが習わしになっているでしょう。うちも、それに倣(なら)ったというわけです」
それだけ聞くと、勝司は、友則の手を引いて店から出た。

「友則、あの人形は、呪われているのかもしれないぞ。もう、この店へは来ない方がいい」
勝司が真顔で言った。友則がポカンと口を開けていると、
「死んだおばあちゃんから聞いたことがある。人形には不思議な力があるって。人形に殺された人もいるそうだぞ。ほらっ、この前、社会の時間に聞いた話もそうだっただろう。」
と続けた。

「社会の時間・・・、ああ、火伏人形のことか」
友則がポツンと言うと、
「そうそう、その火伏人形だって火を防ぐという力があると信じられてきたんだろう」
勝司は、両手で自分の身体を抱くしぐさをした。
「何だか、冷えてきたな。帰ろうぜ」
友則は、さっき見た映像が気になったが、勝司と一緒に帰ることにした。
友則は、その夜、夢の中で富世に出会った。
「友則君、きみについてきちゃった。友則君も見たでしょう。あの顔を・・・」
友則は、何かにしばられたように身体が動かない。
「あの男の人はきみだよ。そして、殺されたのはわたし。きみがわたしを殺したの」
富世は静かに話した。
「そんなこと、ぼくはしないよ。ぼくが、あなたを殺す理由もないじゃないか」
夢の中で、友則はさけんだ。
「そうなの。じゃあ、あの人形の血のシミはどうしたのかしら。どうして、きみには見えたのかな?血が飛び散ったところも見たでしょう」
富世の声は暗くて重い。

「ぼくは殺さない。ぼくは、人を殺したりしない」
「じゃあ、あの場面へつれていくから、わたしを守ってよ。」
富世は、いつものように両手を出した。友則がにぎると場面が変わり、今、まさに女の人が殺されそうになっているところが見えた。

「さあ、守って。わたしを守って」
富世の声にせかされ、友則は男に飛びかかった。不意をつかれた男は、びっくりして床にたおれた。その時に、自分が持っていたナイフでその男をさしてしまった。
血が床に広がり、その男は動かなくなる。

「友則さん、ありがとう。わたし、助かったわ」
富世が、近づいてきて耳元でささやいた。友則は、ただ茫然とその男を見ていた。
「やはり、ぼくだ。この男は、ぼくだ。」
友則はつぶやいた。
「そうよ、きみよ。きみがきみを殺したのよ」
富世はほほえんでいた。
友則は、ベッドから飛び起きた。
「嫌な夢を見たな。目覚めが悪いや」

友則が目をこすりながらあたりを見ると、パンが並んでいる。
―いつも買っていたパンだ。どうしてパンに囲まれているのだろう。まだ、夢を見ているのかな。
小さな女の子が見えた。そして、ぼくの目を見て言った。
「ママ。この人形、やさしそうな顔をしているわ」
「そうね、男前ね」 

パンを選びながら答えるお母さんの顔も見えた。
―あっ、富世だ。いつの間に母親になったんだ。
富世が、ぼくに微笑みかける。

 友則は、自分が人形になっていること気がついた。
「ぼくは、ひな人形になってしまったんだ・・・」
「そこから抜け出したければ、・・・・」
 富世のくちびるが動いた。
「おひなさまになってくれる女の子を見つけることよ」

ペンネーム:竹宮 竜
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

どんな事でも感想を書いて!ネガティブも可!

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次