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何が起きたのか?附属池田小学校事件を考察。

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附属池田小事件、一定の年齢層は知らない人はいないともいえる・・・悲惨かつ衝撃的な事件。
2001年6月8日に起きた、日本犯罪史上でもまれにみる無差別大量殺人事件。短い時間の間に小学生の児童8人を殺害、教員を含めて15人に負傷させた。

抵抗もできないような子供を狙うという卑劣な犯人はどういった人物だったのか?
この事件を考察していきたいと思う。

目次

池田小事件の概要

まずは事件の概要を解説しよう。
事件当日、犯人の「宅間守」は刃物店に行き、出刃包丁を購入、そしてそのまま付属小に向う。
到着すると1階にある2年生の教室に入り、児童を無差別に次々と刺し、通りがかった1年生にも襲い掛かる。

駆けつけた副校長と2年の担任が立ち向かい格闘となり、最終的に押さえつけられる。
犯行は15分、その間に8名の児童が殺害され、教師を含む15名がけがをしたのだった。

宅間守の動機

犯行の動機・・・それは世間への復讐とだったという。

この頃の「宅間守」は、借金が数百万に膨れ上がり連日の督促、生活費も苦しく絶望感に苛まれていた。
何をやってもうまく行かない人生、完全に手詰まり、いらだちを感じていた。
何が原因かといえば、復縁を迫っていたものの、まったくよりを戻すつもりはない3人目の元妻だ。
以前に用務員で勤務していた小学校で起こした薬物混入事件による免職は、彼女と別れて別れてしまった為に苛立ちで犯行に及んだとして、彼女さえいなければ恨み、殺しておけば良かったと歪んでいた。

自殺も考えたが、元妻が喜ぶだけと考え、自分と知り合ったことを後悔させ、更には世間の人々に絶望と苦しみを与えるために犯行に及んだという。そして小学校を襲うのが一番簡単だという答えを導き出し、その中でも小学生の頃から憧れていたエリートの通う学校、「附属池田小」をターゲットにしたのである。

大量殺人犯は殺人をすることに快楽を感じる変態もいるが、宅間はそのタイプではない。
上手くいかないのは他人のせいと思い込み、水浸から負の連鎖から抜けることができない。殺人はフラストレーション解放の為の手段でしかない。相当な嫌悪感を感じる人物だ。

そして6月8日の午前中、途中で購入した出刃包丁を手にして附属池田小学校に押し入り、児童8名を殺害、児童13名と教師2名に負傷を追わせたのであった。

事件の不可解な点

この事件では不可解な点が多い。
まず死亡した児童の遺族が警察に通報があった時の通報記録を公開してほしいといったものの、「開示義務はない」と拒否し続け、結局保存期間が終わったら破棄している。なぜなのか・・・単純に考えて、開示したくないからだろう。

これは筆者の予想ではあるのだが、事件の状況を説明して警察が理解するまで時間がかかったのか?
パニックの教員の話すことがいまいちつかめずに、あまり聞かれたくないような対応をお互いしていたのか?
そんなところかな?と思ってしまう。

電話口に出たのは新人警官だったといい、マニュアル的な質問に固執していたという話も聞こえてきている。
警察への批判は通報者への批判を避ける意図があるのかもしれない。
女性教員が通報したという話もあるが、実は校外に出た学生が近所のスーパーで通報したという話もある。
開示したらはっきりわかっただろうが、永久にわからなくなってしまった。

また、学校側がすぐに遺族に総額4億という賠償金をすんなりと払っている。
もちろん全く落ち度が無かったわけではないが、当時の学校状況からすると非難されるほどではない。
何か知られたくないことでもあるのか?

疑われているのが、公式の発表と実際の経緯と少しずれが生じているというのだ。
そして警察と口裏を合わせているという意見もネットで散見され、そのために口止め料として4億円払ったのだは?という見解があるようだ。

犯人の宅間を考察

一連の事件の元凶「宅間守」。
どうしたらこういった人間ができてしまうのか首をかしげるばかりだが、家庭環境を聞くとなるほどと感じてしまう。

宅間の先祖は薩摩藩の下級武士で、宅間の家系はそれを誇りにしていた。
父親はとてもプライドが高く、家では暴力をふるい家族を虐待を繰り返したらしく、母は精神病を患っていて、子育てに熱心ではなかったという。宅間は両親をひどく憎んだ。

幼少期は問題児であり、弱い者いじめを良くしていたらしい。
親からの希望もあるのか、自衛隊に憧れなりたいと話し、18歳の時に航空自衛隊に入隊している。
しかし入隊後1年で除隊されてしまった。理由は強制わいせつだ。

その後、引っ越し業者やタクシーの運転手など多く転職したものの、どれも半年ぐらいしか続かなかったそうだ。
その頃、強姦事件を引き起こし、被害者から告訴されるのを避けるために精神病院を受診。
結局「精神分裂病」と診断され入院しているが、入院中に精神病院の5階から飛び降り骨折している。
理由は「親に嫌がらせをするため」で、親のせいでこんなになったと言っていたらしい。
どこまで下種なのだろうか?
精神病院では性格異常だが分別はあると判断され、懲役3年が確定し服役した。

結婚歴は死刑まで5度あり、中には詐欺まがいに結婚した女性もいた。
30歳の頃には学校の非常勤用務員をしていたが、小学校教諭が飲むお茶に精神安定剤を混入し、教員4名が3日間入院する事態となった。
逮捕された宅間は、4人目の妻と離婚している事でストレスが溜まっていた、被害者の視線が冷たかったと供述している。
被害者4人に直接的な恨みはなく、まったく狂っているとしか考えられない。
驚くべきことに、この事件は「責任能力なし」と不起訴になった。
だが懲戒免職となり、精神病院で入退院を繰り返すようになる。

ここまででこの男は15回も逮捕されている。

初公判、死刑判決、そして

「エリートでインテリの子をたくさん殺せば、確実に死刑になると思った」取り調べで発した恐ろしい一言である。

2001年に初公判が行われているが、終始横柄な態度だったようだ。もちろん検察は死刑を求刑。
弁護側は責任能力を主張しているが、当の宅間自身が全く反省した言動が見られず、謝罪の言葉もなかった。
それどころか、事件をこうしておけばよかったなどの発言すらしている。
2003年には求刑通りの死刑が言い渡されている。

死刑判決後、支援者の女性と獄中結婚。結婚した女性もどうかと思うが、宅間は養子縁組をして改姓したらしい。
女性の実家を配慮してのことだというが・・・。

2004年に死刑が執行された、本人が望み、控訴を取り下げたことであるのだが、事件から3年といった前後最速、異例中の異例で執行された死刑だ。

死刑の最後の言葉は妻へ対するものだった。
しかし被害者への謝罪はついに口にしていない。
この男と何を得たのか?疑問で仕方ない。

20年経った今、生徒たちは?

20年たった今も、事件当時の児童や教職員は今だにPTSDで苦しんでいる者もいる。
「あの時こうすれば」後悔を漏らす教員、結婚している当時の児童もいるというが、事件の悲惨さは忘れられるものではないと話している。
多くの人の歯車を狂わせてしまったのだ。

事件を振り返ってのまとめ

事件があった後、教育施設の立ち入りが厳しくなり、警備体制の強化もおこなわれた。
校庭には防犯カメラが設置され、警備員を配置したりなどの学校も増えている。

池田小事件は、学校という教育現場に驚異を与え、日本の色々な事件の中でも最悪な事件だ。
特に際立つのは犯人・宅間の異常性。
被害者が抵抗できない子供だったことも、嫌悪感を感じずにはいられない。

今後同じような事件が起こらないことを祈るばかりだ。

※画像はイメージです。

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