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イマジン?を読んだ

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ドラマ・映画といった映像制作の現場から描いた、ドラマ「空飛ぶ広報室」の舞台裏から物語が始まります。
リアル“空幕広報室”の面々の、2013年当時の姿を彷彿とさせる数々の描写があります。「空飛ぶ広報室」ファンはもとより、有川ひろさん独特の疾走感のある展開は爽快です。

実際に防衛省・航空幕僚監部広報室が撮影協力をしてきた「空飛ぶ広報室」を始めとして、「図書館戦争」、「S-最後の警官」などの撮影風景・裏事情を含みながら、誰もが普段さらっと見ているだろう映画やドラマの製作の苦労を掬い上げた異色のお仕事小説です。
数々の映像作品の撮影・製作、そして放送と公開がストップしてしまっているこんな時だからこそ、その裏側に思いをはせてみることにも意味があるのではないでしょうか。
ミリタリー系によらず、日常の中に流れるドラマや映画の1シーンの見え方が変わってくるはずです。

目次

あらすじ

ゴジラヘッドの足元で・・・新宿歌舞伎町の雑踏の中に、一人の青年がいました。
彼は良井良助。
キャバクラの呼び込みのバイトで食いつないでいる一人です。
他の客引きとのトラブルに巻き込まれた彼を救ったのは、さらなる強面のガタイの良い知己の男性・佐々でした。
複数のバイトを掛け持ちしていた“先輩”格の彼は少し前から定職に就き、歌舞伎町の仕事を離れていたのです。
そんな佐々が良助に声をかけたには訳がありました。
「朝五時、渋谷、宮益坂上」
「は?!」
「バイト、バイト。明日以降、しばらく空けといて」
佐々は、良助の学歴を知っていたのです。
福岡の映像専門学校卒業___それは、良助の中にある“夢”と、苦い記憶の残滓でした。

ゴジラvsスペースゴジラ

子供だった良助は大分県別府市で暮らしていました。
小学校5年生の時に観た映画に衝撃を受けたのです。

『ゴジラvsスペースゴジラ』
それは、鹿児島の海からゴジラが上陸し、天文館などの鹿児島の市街を蹂躙し、九州を縦断していく攻防戦でした。
対立するスペースゴジラは福岡の街を破壊。
良助は、旅行で見たことがある場所で大暴れする怪獣たちの姿にドキドキしていたところに、クライマックスがやってきました。
“別府タワー!”

自分の知っている光景の中を、ゴジラが全てを踏み潰しながら通過していくのを見た時に、彼の頭の中では様々なことがつながったのです。
虚構と現実、映像作品とリアル。
彼が幼い頃に撮影隊が来た時のことを父親が話してくれたことで、映画というものに強烈な想いが膨れ上がり、彼の人生の目標が定まりました。
映画を作る人になりたい___魔法使いになりたい、と。

転落

福岡の映像専門学校に進学し、東京の小さな映像制作会社に内定をもらって上京した春に、彼の人生は暗転しました。
計画倒産を誤魔化すための偽装、アリバイ作りの新入社員として採用されたのです。

相当汚い逃げ方をした会社の、一瞬でも一員だったことがバレると、同業の狭い世界の中では彼を採用してくれる製作会社はありませんでした。
あっという間に8年が過ぎて、彼はその間に様々な仕事を経験してきましたが、まだ、どこかでその夢を捨てきれずにずるずると東京で暮らしていたのです。
そんな日々に知り合った佐々の誘いは、彼にとって大きな転機になりました。

『天翔ける広報室』

佐々の指定した場所に向かうと、そこにはロケバスやバンが沢山停まっていました。
明らかにロケ隊と思われる群れの中に佐々がいたのです。
彼が差し出したのは“割り本”と呼ばれる、脚本とその日の必要な情報が詰まった冊子でした。
“天翔ける広報室”とは、航空自衛隊の広報室を舞台にした作品です。

日曜夜九時放送の連続ドラマで、長身の女性広報官に喜矢武七海、先輩の小柄な広報官に平坂潤といった人気の実力派を配したドラマは、バイプレーヤーもベテランを起用して話題となっていたのです。
佐々は“制作”として映像制作会社“殿浦イマジン”に所属して働いており、人手不足の折から、良助の経歴を思い出して声をかけてくれたのでした。
喜矢武七海のファンだったことから、天にも舞い上がりそうになった良助は、フットワークの軽さと仕事の堅実さを発揮していったのです。
まるで、夢のようでした。

多くの人が行き交う現場で、新顔として名前を訪ねられた時に、彼は答えました。
“良い”に井戸の“井”でイイ。
良く助ける、で良助。
「当てにできたらイイ良助だな」
制作とは言え、一番下っ端の良助にできるのは、スタッフやキャストがストレスなく動けるための使い走り、食事やお茶の準備といった雑用全般です。
トラブルシュートに一役買ったことで、憧れのヒロイン喜矢武七海に“イーくん”と呼ばれて舞い上がりそうになりながらも、良助は右も左もわからない中で“同じ轍は踏まない”と誓って、目の前に現れる一つひとつの仕事をこなしていったのです。

リアル松田/キャスト松田

舞台が航空自衛隊だからということもあって、撮影現場にはオブザーバーとして多くの広報官、そしてエキストラとして本職の自衛官らが参加していました。
その日でも特筆すべきは“松田”というベテラン広報官の二曹です。
自衛隊関係の施設で撮影する時には必ず立ち合いをしてくれていた彼の存在をリスペクトし、ドラマの作中のキャラクター、救難ヘリのパイロットでもある“松田二尉”に名前をつけることになったのです。
ただし、松田二尉・松田二曹の呼称で混乱が生じたことから、本職の松田二曹を“リアル松田”、キャラクターとしての松田二尉を“キャスト松田”と呼び分けることになりました。

リアル松田は「公共の電波にのせる作品に間違いがあってはならない」とさまざまな確認に余念がありません。
その日の撮影は防衛省に隣接する市ヶ谷のホテルです。
ここで、松田二尉と民間人の女性との結婚式を収録することになったのです。

人当たりも良く、ドラマ構想段階から知恵を絞り、撮影の裏側で濃やかな気遣いをしてくれるリアル松田に殿浦イマジンの面々も頼りきりでした。
リアル松田はキャスト・スタッフとの仲も良く、脚本の中身に関しても、自衛隊部分については彼に確認することになっていたのです。
その分の労力を他に回せる、として、リアル松田は制作陣にも絶大な信頼を得ており、撮影の裏側でトラブルに奔走していた良助のために自らも走り回ってくれる、そんな人柄でした。

“イマジン”の意味

良助は、山盛りの仕事を如何に円滑に進めるかに知恵を絞り、その最中に畳みかけるように起こるトラブルを捌き、頭をフル回転する日々でした。
ちょっとした気遣い、そして突発的に起こることへの瞬発力。
求められていたのは想像力でした。

殿浦は真顔で彼に語ります。
「そうやって 想像することが大事なんだ。 たとえ 最初は見当違いでもな。 自分が 何をしたら 相手が助かるだろう って 必死で知恵絞って 想像すんのが 俺たちの 仕事だ」
良助は気づきました。
社名の“イマジン”は、だからか、と。

松島基地へ

東日本大震災で甚大な被害をうけた航空自衛隊松島基地。
そこは、空自が誇るアクロバットチームのブルーインパルスの本拠地でした。
震災当日は九州新幹線の開通イベントのために福岡の芦屋基地にいたために被害を受けず、以来長い間その場所に留まり、訓練を続けていたのでした。
それが、松島基地に帰還する、しかも、このタイミングで。
そんな奇跡的な巡り会わせをドラマに汲み取らないわけにはいかない、として…そのエピソードを最終回に採用したのです。
松島基地での撮影にも、リアル松田が立ち会うことになり、良助たちはその調整能力や臨機応変さをとても心強く感じていました。
それでも、限られた時間での撮影にはさまざまなトラブルが巻き起こります。
通常業務を行う自衛隊側では予定外の臨時便の離発着や機体整備の工具の騒音、遮るもののない吹きっ晒しの場所で寒さに震えることも多く、それを乗り切るために必死に知恵を絞っていったのです。

士気を高く保つこと。
そこに“笑う”余裕を持つこと。
ギリギリのなかでも、良助は、叱られながら、そして少しだけ褒められながら、殿浦たちから沢山のことを学んでいったのです。
ブルーインパルスの松島復活フライトを眺める主演の広報官二人の姿を収めて、ドラマはオールアップ。
大空には二人の想いが通じたことを表すように、スモークで大きなハートが描かれたのです。
その最終回放送日と打ち上げが同じ日に催されることになり、二次会ではリアルタイム視聴という流れになりました。
場所は、作中でキャスト松田が結婚式・披露宴を行った市ヶ谷のホテル、その同じ会場です。
監督もキャストも勢ぞろい。

制作現場のクオリティは、参加者の表情にそのまま反映されており、打ち上げは大盛況となりました。
放送終了後の挨拶を求められた監督は照れて逃げ回り「荒木さん、パス!」とそのバトンを投げました。
“荒木さん”とは、鷺沼広報室長のモデルになり、この作品を作るきっかけになったリアル広報室長・荒木一等空佐です。
彼はそのドラマを作ってくれた監督に心からの謝意を述べ、キャストやスタッフを労い、そして言ったのです。
「この作品は、我が航空自衛隊にとって、百年の財産になる作品です」
アドリブとは思えないほど…緩急凄まじく、笑いを混ぜながらもありったけの気持ちを伝えてくれたその荒木の言葉に、良助は末端とはいえその仕事に関われたことを噛みしめていました。

三次会に移行するタイミングで、喜矢武七海が「イーくん!」と声をかけてくれました。
憧れの存在だった彼女と話せることだけでも幸せだったというのに。
「またどっかの現場で!」
それが叶ったら、どんなに幸せなことか…!
自分も一生の財産を貰った、と噛み締めていた良助に、殿浦が「明日は会社に昼集合な」と言いました。
“天翔け”の残務処理でもあるのか、といぶかしむ良助でしたが。
殿浦は、こともなげに言ったのです。

「それと、履歴書持ってこい」
実は、殿浦イマジンは良助が巻き込まれた件の計画倒産でもっとも大きな損害を被った会社でした。
その彼が、良助を受け入れてくれたのです。
この人の下で働きたい___焦がれていた夢の世界に、ようやく指先が引っかかった…良助はその嬉しさのあまり、周囲がドン引きする勢いで号泣していました。

見どころ

実は、この“あらすじ”はこの「イマジン?」の最初の一幕です。
この中に、今伝えたかったことの殆どが凝縮されています。
有川浩さんの「空飛ぶ広報室」は、ちょうど10年前、原作が2010年にweb連載として始まり、翌年に書籍化するはずでしたが、2011年3月の東日本大震災を経て、2012年に延期され、同時にテレビドラマ化されることになりました。
著者の有川さんのペンネームは、ちょうど一年ほど前に“浩”から“ひろ”へと改名するとの旨が発表されています。
さて、この「空飛ぶ広報室」を書くことになったきっかけと、その内容やキャラクターの造形に大きく貢献した人物がお二人いらっしゃいます。
それが、当時の荒木広報室長と、松田二曹です。
このお二人は実在します。

荒木正嗣空将補は航空総隊司令部の幕僚長を最後に、2016年に7月に退官されています。
アウトゴーイングで柔軟、新しいものに積極的に取り組んでいく彼は、それ以前にも空自を舞台にした作品「空の中」やそのスピンアウト短編を発表していた有川浩さんに自ら航空自衛隊を売り込み、「ウチを書きませんか?」と話をもちかけた、というのです。
その結果となる小説「空飛ぶ広報室」の文庫版に解説を寄稿している荒木氏ですが、その依頼を受けた理由が「在職中に本が出るなら、肩書をしっかり載せて欲しい」という広報魂からだったとのこと。
彼がいなかったら、「広報室」の小説も、ドラマも、そしてこの「イマジン?」も生まれませんでした。
その彼にリスペクトを込めての実名登場です。

そして“リアル松田さん”。
「空飛ぶ広報室」でムロツヨシさんが演じた比嘉一曹のモデルになっていました。
実際に現場や作品のファンからは当時“リアル比嘉さん”と呼ばれていたという逸話もあります。
ドラマ放送当時、雑誌の取材を受けたこともあり、メイキングや、当時放送された綾野剛さんの特番には度々写り込んでいます。
人当たりの良さと能力の高さから信頼も厚く、長きに渡って空幕広報室に勤務されていましたが、現在は他の基地でお仕事をされています。
そこでもブルーインパルスを飛ばすイベントのお仕事をされるなど、“リアル比嘉”・“リアル松田”としてのポリシーを貫いています。

有川さんがこの作品の中に彼らを登場させたのは「虚構と現実をつなげるところにこんな人たちがいたんだよ」ということを伝えたかったのではないか、と思っています。

また、作中には、有川さんが自衛隊シリーズを書いていた頃に、あとがきやインタビューでたびたびネタにしていた航空自衛隊マンガの名著「ファントム無頼(新谷かおる)」についてキャラクターが語るシーンや、図書館戦争の冒頭で本棚が銃撃で吹っ飛ぶシーンの制作側の苦労話など、ソースが分かれば「おお!」と声が漏れる裏話が山盛りです。

もともと、有川さんはメディアミックスに積極的で、アニメやドラマ、映画とその世界が広がることに躊躇のない方なので、その間に蓄積・吸収してきた様々な情報が見事に融合して、素晴らしい化学変化を起こし、この「イマジン?」の数々のエピソードに結び付いたのでしょう。
ドラマ制作の裏側にあるエキストラの手配の仕方や、ロケを行う場合の周辺への気遣いなど、まるでそこにいて自らが“良助として”奔走したかのような描写は読みごたえがありました。

後半にあった対テロのシリアスなドラマの話は、同じくリアル空幕広報室とドラマ「空飛ぶ広報室」のキャスト・スタッフが関わった「S-最後の警官」の百里基地ロケとその他の経験談から導き出されたお話と推察します。

そこに再度登場するのが荒木一佐です。
空幕総務課長として、トラブルシュートの後押しをしてくれた、というくだりがあります。
「荒木一佐が絶対に中止させるなと。航空自衛隊は『天翔ける広報室』で100年の財産をもらった、その恩義を必ず返せ、と」
良助だけでなく。
広報室ファンにも。

この一文には“鳥肌が貫く”という感覚があったはずです。
過去の頑張りが、今(未来)を切り拓いていく、そんな瞬間。
有川さんの疾走感あふれる描写は、読む人を元気にしてくれますが、そこに息づいている実在の行動力溢れる“広報官”たちの思いを、彼女がこうして世に広めてくれる___この「イマジン?」は、そんな側面ももった一冊です。

まとめ

冒頭の「天翔ける広報室」の結婚式の舞台になっているのは、ドラマ「空飛ぶ広報室」三話でも使われているグランドヒル市ヶ谷です。
JR市ヶ谷駅と防衛省の間にあるそのホテルは、別名「防衛省共済組合市谷会館」。
一般利用も可能ですが、そのなりたちや場所柄から防衛省関係者、自衛官の利用が多いことでも知られています。

チャペルや披露宴会場、綾野剛さんが駆け下りてくるロビーのエスカレーターなど、ドラマファンにはおなじみの場所になっていますが、現在、その建物は一般の利用を停止しています。
コロナ関連事業のために、従業員が自衛官とともにその業務にあたる全国初めての施設となっているのです。

某ホテルの政府への協力申し出は大々的なニュースになりましたが、なぜか、グランドヒル市ヶ谷に於けるこうした試みや現状は殆ど報道されていません。
それでも、ここで…今、見えない敵と静かに戦っている自衛官たちがいます。

この「イマジン?」を読んで笑ったら、一瞬___どうか、この場所に思いをはせてみてください。
冒頭とラストシーンにあるのは、新宿歌舞伎町の通りを見下ろすゴジラヘッドです。

悠然と、地上を見下ろしているゴジラ。
今は閑散としているだろうその場所に、いつものような人波が戻りますように。
世界中が大変な時期ですが。
「今、自分に何が出来るか」をイマジン(想像)して乗り切っていきましょう!

(C)イマジン? 有川 ひろ 幻冬舎

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