クリスマスも近いので、ちょっとイエス・キリストのお話をしてみますね。

わが家はクリスチャンが続いているので、私も子供の頃から聖書物語とか読んでました。

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イエスと聖書

現在も付き合いという感じでたまに教会へも行くし聖書もちらちら読むのですが、空気みたいな当たり前の存在なもので、知ってる話の寄せ集め的だなあ程度で、イエス様イエス様とおっしゃる方にはちょっとひくというところもあります。
そして歴史ファンとして以前から気になっていたこと、それは教会で毎週、使徒信条といってイエス・キリストが、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」と唱える言葉があるんです。

ご存じの方も多いと思いますが、ピラトはイエスが逮捕されて裁判にかけられたときのローマの総督です。
聖書物語でもそういう印象ですが、新約聖書でのピラトも、初のうちはイエスの処刑に消極的だったとか、ピラトはイエスが無実だと知っていて、バラバという盗賊かイエスのどちらかを恩赦にするか選べと民衆に問いかけたりまでするのですが、ユダヤの民衆はイエスを処刑、バラバを恩赦と叫んだために、イエスは処刑されたわけなんです。

ということで、ピラトはイエスを公正に扱ったじゃないか、民衆のヒステリーでイエスが十字架にかけられたのに、なんでピラトに苦しみを受けたんだろう?と不思議に思うじゃないですか。

旧約聖書や新約聖書、イエスに関するドキュメンタリー

アメリカやイギリス制作の旧約聖書や新約聖書、イエスに関するドキュメンタリーとかを見ていると現地の映像もありーの、外国の学者諸氏が掌をさすように自分の言葉で解説しーのと、とてもわかりやすいのですが、新約聖書が書かれたのはイエスが十字架にかかった数十年から百年後のことで伝聞証拠しかなかったことと、もうひとつ、ピラトという人物はほとんど新約聖書にしか登場しない人で、しかもイメージはだんだん変わって行ったということ。

なぜかというと新約聖書が書かれた頃、キリスト教はローマ人に布教中でその後はヨーロッパへ広まったのですが、それでローマ人であるピラトを悪く書くわけにいかなかったんですって。
そしてイエスはユダヤ人なのに、なんでヨーロッパ人はイエスをあがめてキリスト教を信仰しつつ、ユダヤ人を差別して迫害するのかも疑問だったのですが、なんとイエスを処刑したのはユダヤ人とされ、そのこともユダヤ人を憎む理由のひとつにされたというので驚いてしまいました。これって、かなり無理があるように思うんですが。

歴史と宗教絡み

歴史的に見るのと宗教絡みとは違うんでしょうが、私が持っていた冷静で公平なピラトのイメージは作られたものだったのかい。しかしウィキを見ると、ピラトはその後、キリスト教に改宗したとか、罪を悔いて自殺したとかいう話もあるが創作だろうということでした。

歴史なんて、新しい資料が発見されるとかじゃないと語り尽くされたことばかりかと思っていましたが、そうじゃない、史料が書かれた時代の影響とかも考えると目からうろこの新解釈が出来るわけなんですね。

※画像はイメージです。

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