愛くるしい美少女の無惨な遺体が発見されたのは、1996年のクリスマス翌日のことだった。
気がつけば、今年で発生から25年。6歳の少女を襲った狂気、家族へ向けられた疑惑の目、メディアによる過熱報道、タイ・バンコクでの容疑者逮捕、そして釈放。
いまだ未解決のまま迷走を続けるジョンベネ・ラムジー殺害事件。いったい彼女を殺したのは誰なのか。
地下室の冷たい遺体
輝くブロンドにヘーゼルの瞳―――。
美少女コンテストのグランプリ常連で、米国民の1%というトップクラスのセレブ一家に生まれたジョンベネ・パトリシア・ラムジーは、ある日突然、何者かの凶手によって将来を奪われた。
警察の初動捜査のミスもたたって、事件は今なお多くの謎を残したまま。コロラド州の地元紙は、解決の見込みはゼロに近いと絶望的
に報じている。
悪夢はクリスマスの夜にはじまっていたのだろう。1996年12月25日の夜、一家は友人宅で開かれたパーティーへ。その帰り道、車の中で眠ってしまったジョンベネを、父親がベッドへ運んだのが最後だった。
翌朝、母親の悲鳴で事態は一転。階段に脅迫状が置かれていたのだ。
「娘はあずかった。警察に知らせたら殺す。午前8時から10時のあいだに連絡する。11万8千ドルを用意しろ」
億万長者に要求する身代金にしては少ない金額。しかし11万8千ドルという中途半端な数字は、なぜか父親がその年に受けとったボーナスと一致。犯人はラムジー家の内情に通じた者と警察がふんだのも無理はない。
その後、母親は911通報。部屋数が15を超える大豪邸に捜査員と両親の友人が駆けつけて捜索がはじまった。10時を回っても犯人からの連絡はなし。午後になり、ようやく地下室でジョンベネの小さな遺体が発見される。
遺体の口は粘着テープでふさがれ、頭部には殴打痕。首にロープで絞められた痕。左の手のひらにピンクで描かれたハートマーク。死因は頭蓋骨骨折または首を絞められたことによる窒息死と推定され、遺体からは数名の体液と指紋、また爪の中から犯人のものとみられる皮膚片が検出された。殺害時だけでなく、日常的に性的暴行を受けていたことが司法解剖で明らかになっている。
・・・・・・いや、ちょ、待てよ。誘拐事件じゃなかったんかい。では脅迫状は、いったい誰が、何のために?
家族へ向けられた疑惑の目
美少女コンテストで踊るジョンベネの姿に眉をひそめる米国民は、思いのほか多かったようだ。濃いメイクを施し、セクシーなドレスをまとって大人に媚を売る幼い少女。ジョンベネをお姫様のように着飾らせ、ライバルたちと競わせていたのは母親だった。
事件は、当初から家族による内部犯行が疑われた。
家族構成は両親と9歳の兄バーク。真っ先に疑惑の目が向けられたのが両親だった。誘拐されたと主張する母親の証言に不自然な点がいくつもあったこと。また遺体の第一発見者である父親が捜査員を呼ばず、ジョンベネを抱きかかえてリビングへ運んだこと。さらに彼らが愛娘の遺体にとりすがって泣いたことで物的証拠が損なわれたこと。すべては証拠隠滅を意図した行為と疑われたのだ。
捜査員の現場管理の不手際は警察も認めているが、両親の行動が捜査難航の一因になったのは否めない。加えて、脅迫状も凶器の懐中電灯も家のなかにあった。外部からの侵入形跡はないと現場検証で判断されたことも内部犯行説を後押しした。
つぎに疑われたのは兄のバークだった。
母親の通報の音声では、その場に3人いたことがわかっており、通話が完全に切れる直前、彼女が誰かに向かって「あなた、何をしたのよ? ああ、神様」と問いつめる動揺した声が解析されている。さらに両親は、バークから聴取したいという警察の申し出を拒否。
テレビの再検証番組では、兄が妹を殺害し、それを知った両親が彼を守るために隠蔽工作を謀ったとの仮説が紹介された。この再検証で注目されたのは、ジョンベネの胃に残っていたパイナップル。自分のパイナップルをつまみ食いされて逆上した兄が懐中電灯で妹を殴り、死なせてしまった可能性を指摘した。現場検証時の写真にも、母親が兄のために用意したパイナップルの白い器が確認できる。いったん眠りについたジョンベネは、目をさましてキッチンのパイナップルを見つけたのだろうか。
・・・・・・いやいや、ちょ、待てよ。では「性的暴行を受けた形跡」は?
その後家族は、自分たちに容疑が向けられたことで捜査への協力を拒否。被害者遺族の協力が得られない厳しい状況のなか、警察は「DNAの一致」に頼らざるをえなくなる。
服役囚がジョンベネ殺害を告白
事件が発生した1996年、性犯罪者リストに登録された要注意人物で、ラムジー家から10ブロックのところに住んでいた男がいた。
容疑者として捜査線上に挙がっていた小児性愛者ゲイリー・オリヴァである。オリヴァは児童ポルノ所持罪で懲役10年の判決を受け、2016年より服役した。過去に薬物所持で逮捕された際にDNA鑑定を受けており、この時に容疑者から外されているのだが、獄中から友人に宛てた手紙のなかでジョンベネ殺害を告白している。
「今まで出会った誰よりも、ジョンベネを愛していた。彼女は俺を完全に変えた。他の子どもたちを殺したのは間違いだったと気づかせてくれたんだ。だけど、不注意で彼女を死なせてしまった。あれは事故だったんだ。信じてくれ」
手紙のなかで、オリヴァはジョンベネを「誤って」殺害したと主張。所持していた数百点の児童ポルノ画像にはジョンベネが含まれていたものの、筆跡は脅迫状と一致せず。このことから共犯者の存在も指摘されているのだが、大きな事件に時おり登場する「自称犯人」の可能性も捨てきれない。
VIP御用達の児童売春斡旋組織が関与?
最近になって浮上したのが、ジョンベネ殺害には「ある人物」が関与しているのではないかという疑惑だ。その人物とは、児童買春などで収監され、獄中自殺をした大富豪エプスタイン被告の元交際相手。『RollingStone』などが2020年夏に報じたところによると、微笑むジョンベネの写真のバックにこの女性らしき人物が写り込んでいるという。
イギリス人でアメリカ在住の彼女は、エプスタイン被告や英国王室の男性ら著名人に美少女を斡旋し、性接待をさせているとの噂が絶えない、いわくつきの女性。現実に、複数名の少女が彼女に誘われてVIPに性接待をしたと告発している。
すでにFBIは児童買春勧誘・斡旋などの疑いで彼女を起訴しているが、本人は容疑を否認。問題の写真に写っている女性も同一人物という確証はとれていない。
いまだ消えぬ家族への疑惑
2008年と2016年に行われたDNA鑑定では、父親、母親、兄のいずれとも一致せず。家族の潔白が証明され、外部犯行の可能性がきわめて高まったにもかかわらず、依然として家族が犯人と信じている人は多いようだ。
兄のバークは20年間の沈黙を破り、トーク番組に出演。「僕も両親も無実です。犯人は小児性愛者だと思う」との見解を明かした。
ところがスタジオで笑みを浮かべる彼を見て、「異様だ」「やはり怪しい」との声が視聴者から続出。とはいえ、不安や緊張から笑みを浮かべてしまうことは人間にあることではないだろうか。彼は9歳のときから世間の好奇の目にさらされてきたはずで、普通の環境で育った青年とはちがう。
家族に疑惑の目が向けられるなか、母親は2006年に卵巣がんのため死去。事件解決の陽の目をみるどころか、DNA鑑定で自身の潔白が証明されるのにも間に合わなかった。
小児性愛は大罪として、児童ポルノを厳しく取り締まっているアメリカ合衆国。しかしその一方で、年端もいかない少女たちに性を連想させるコスチュームを着せて競わせる美少女コンテストが盛況だ。
ジョンベネ・ラムジー殺害事件は、予想以上に闇が深そうな気がする。世の中には、大人の事情により「解決してはいけない事件」なるものがあるというが、それが事実だとすれば、この事件が仲間入りしていないことを祈るばかりだ。
事件が徐々に風化していくなか、ジョンベネの隣に母親は眠り、母娘は寄り添って節目の年のあの日を迎える。
※写真はイメージです。
思った事を何でも!ネガティブOK!