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大統領を操った男~FBI初代長官 ジョン・エドガー・フーヴァー

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1930年代のアメリカは、ギャングによる銀行強盗や暗黒界の抗争が横行する無法者の時代だった。
そんな時代に、弱小官庁にすぎなかった司法省の捜査局を一代で巨大な組織へと育て上げ、合衆国の英雄となったのがジョン・エドガー・フーヴァーだ。

しかし死後、その名声は地に堕ちる。
「正義の味方FBI」をつくった男は病的なまでの盗聴マニアで、要人のスキャンダルをかき集めるモンスターだったのだ。女装癖、ゲイ、ギャンブル依存、差別主義、マフィアとの癒着という裏の顔ももっていた。
これほどスキャンダラスな人間が、なぜ国をだましつづけ、8人の大統領を手玉にとることができたのか。フーヴァー時代のFBI独裁王国をのぞきこむと、もうひとつのアメリカの暗部がみえてくる。

目次

アメリカのおちた罠

J・エドガー・フーヴァーは1972年に77歳で死去するまで、前身組織を通じて48年の長きにわたり長官職に君臨した。
仕えた8人の大統領は、カルヴィン・クーリッジ、ハーバート・フーヴァー、フランクリン・ルーズヴェルト、ハリー・S・トルーマン、ドワイト・D・アイゼンハワー、ジョン・F・ケネディ、リンドン・ジョンソン、リチャード・ニクソン。素顔のフーヴァーを知る人は、気の毒な8人と同情するだろう。

FBIとは連邦捜査局のこと。連邦制をとっているアメリカでは、中央政府である連邦政府より州のほうが多くの権限をもっている。アメリカというひとつの国でありながら、国とは別に州が立法・司法・行政を執り行うことができ、また州ごとに法律や行政も異なる。
運営される法執行機関についても同じことがいえる。州警察、市警察、保安官など独立した法執行機関が存在するのはこのためだ。各州の自治権限の高さゆえ、たとえばA州で犯罪を犯した犯人がB州に逃亡しても、A州の捜査機関がB州で事件の捜査をすることは原則としてできない。FBIは、全州にわたって法の執行をおこなえる権限をもつ、連邦政府直轄の捜査機関なのである。1924年、BOI(司法省捜査局)長官に29歳のフーヴァーが就任したころから組織は拡大し、1933年にDOI(捜査部)に、その2年後にFBIに格上げされた。

科学研究所の設立や指紋ファイルの整備に尽力し、FBIを近代的で科学的な犯罪捜査機関に成長させた彼の功績は大きい。結果として、FBIは突出した能力と権限をもつ巨大組織になった。フーヴァー時代は予算審議すらおこなえないほどの聖域だったという。

これだけを聞くと、どれほどの傑物かと思うだろう。しかしその死後、在任中の悪行の数々が暴かれる。まるで彼が目を閉じるのを待っていたかのように。
フーヴァーを「恐喝の達人」と評したのは元側近のウィリアム・サリヴァンだ。この言葉ほどフーヴァーを端的に表すものはないだろう。長官の地位を守りつづけることができたのは、ひとえに「極秘ファイル」という武器のおかげだった。「極秘ファイル」とは、盗聴・監視で調べあげた要人の秘密をつぶさに記した虎の子のこと。
大統領も弱みを握られて手をだせなかったこと、そのために長期にわたって長官職に居座ったことも死後に批判の的になった。卑劣な手段で英雄となった男の素顔をみていこう。

キング牧師への脅迫状

監視対象となった人物のなかには、アルベルト・アインシュタイン、ジョン・レノン、マーティン・ルーサー・キング牧師もいた。
ただし、少なくともキング牧師の監視についてはロバート・ケネディ司法長官の承諾を得ていたことがわかっている。
公民権運動の指導者だったキング牧師に届いたFBIの脅迫状がある。1964年、不倫の証拠とされる録音テープとともに送りつけられたものだ。個人名を伏せた全文が2014年11月12日付の『ニューヨーク・タイムズ』に初掲載され、その全容が明らかになった。

「汚らわしい野獣よ、よく聞け。おまえは録音されている。浮気行為は過去まですべてお見通しだ。これはほんの一部にすぎない」
「おまえは詐欺師で、完全に世の中のお荷物だ」
「残された道は、ただひとつ。わかっているだろう?」

暗に自殺を迫っていることからも、FBIがキング牧師と公民権運動に強い敵意を抱いていたことがうかがえる。
前年のキング牧師の名演説「わたしには夢がある(I have a dream)」を聞いたあとで、よくこのような陳腐な文言が送れたものだと感心するが、同時にフーヴァー体制下のFBIがいかに偏執的だったかもみてとれる。

大統領をはじめとする政治家や活動家にとって、スキャンダルは命とりだ。たとえ聖人君子で通っていても、私生活に目を光らせれば知られたくない秘密のひとつやふたつは浮かびあがる。女性関係、性癖、借金などの秘密はフーヴァーの盾となり、大統領ですら対応に窮したことも一度や二度ではなかった。

大統領も恐れた「極秘ファイル」

「秘密ファイル」は存在しているだけで、いや、存在しているかもしれないと相手に思わせるだけで効果は絶大だっただろう。
フーヴァーを免職しようとした大統領もいるにはいたが、誰も成功していない。多くの私的な情報をフーヴァーに握られていたリチャード・ニクソンもその一人だ。ニクソン大統領はフーヴァーの訃報を受けた際、「ただちに例のファイルをおさえろ。誰にも先を越されるな」と部下に命じている。ファイルの存在がいかに脅威だったかがわかる。葬儀社がフーヴァーの自宅に到着すると、スーツ姿の役人が15人ほど家じゅうを隅から隅までひっくり返していたという。早朝に大きな荷物を運びだしていた男たちもしっかりと目撃されている。

リンドン・ジョンソン大統領はたびたびフーヴァーに電話をかけ、こう訊ねた。
「またかと思うだろうが、答えてほしい。わたしが上院議員だったとき、電話を盗聴していたかね?」
上院議員時代に何か後ろめたいことがあったのはまちがいない。

ジョン・F・ケネディもフーヴァーを罷免しようとした大統領だった。フーヴァーはすぐさまケネディのもとへ行き、女性関係やマフィアとのつながりを暴露するとやり返した。盗聴されたのは海軍に在籍していた20歳のとき。その目的はナチスドイツのスパイ嫌疑がかけられていた女性だったのに、たまたまケネディが彼女と情を交わしてしまったのだ。この録音テープは彼を終生苦しめることになる。

以下はハリー・S・トルーマン大統領の言葉。
「なぜ秘密警察が必要なのだ?セックススキャンダルと脅迫はいらない。FBIは方向をまちがえている。すべての議員はフーヴァーを恐れている」

フーヴァーの“正義”とは

誰かの個人情報や私生活のスキャンダルを入手するための盗聴など許されるはずがない。もとよりFBIの盗聴は、大統領や司法長官の許可を得られた場合のみに許された。公人の不正や犯罪行為の情報を得ると、それを告発するのではなく、自分の利得のために隠すのもフーヴァーのやり方だった。相手を支配して思い通りに動かすための取引材料というわけだ。

さて、これほど違法な諜報活動をしておきながら、なぜ彼はFBI長官としての立場を追われなかったのだろう。
フーヴァー時代も後期になると、本人への質疑応答が議会で行われることがあった。FBIの盗聴を追及するため、聴聞会を開いたのがエドワード・ロング上院議員である。フーヴァーはこれを阻止するため、「極秘ファイル」あからさまに利用する。2人の部下に命じ、ロングの恥ずかしい秘密を記録したファイルを本人のもとへ届けさせたのだ。
ロングは黙ってファイルに目を通すと、ファイルを閉じて2人に礼をいったという。このときからロングのFBI追及は弱腰になり、やがて彼は政界から姿を消す。

脅威は一般市民にも

誰かが自分のすべてを知っている。盗聴の恐ろしさは、盗聴されることだけではない。盗聴されたのか、されていないのかわからない恐怖に加え、その情報がどのように利用されるのかわからない恐怖も生む。

フーヴァーによる盗聴の大半は公人や著名人を対象としていたが、ささいな理由で矛先は一般市民にも向けられた。こんな実例がある。
ルーズヴェルト大統領がラジオ放送で国防計画について語ったあと、国民から批判的な投書が多く寄せられことがあった。それらの手紙を調査するよう大統領がFBIに要請すると、フーヴァーは差出人の身元を突き止め、身辺をリサーチし、数百人もの一般市民の個人ファイルを作成した。

ここでは「一般市民を盗聴した」とはいっていない。しかし個人ファイルをつくる過程で盗聴がおこなわれたのはまずまちがいないだろう。
日頃、行動や身辺に細心の注意をはらっている公人でさえ簡単に盗聴されるのだ。無防備な一般市民が身を守れるはずがない。ラジオ放送に投書しただけで盗聴の対象になる ——そこまで考えがおよぶわけもない。
権力をともなった不正行為・犯罪行為の恐ろしさ。この話を異国の過去の出来事と片づけることはしたくない。日本に第二の J・エドガー・フーヴァーが現れる日はくるだろうか。

featured image:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons

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