わしは、カイヘイへ行ったんじゃ!

語り継ぐ

これは昭和の時代の終わりごろの話で、お粗末な笑い話だと思ってお読みください。

みなさんは、海軍兵学校をご存知ですよね。
戦争中、戦争末期はどうなっていたのか、このおじさんをみるところ、教育どころじゃなかったんでしょうね?

その頃、私は時々親戚のおじさんの家にご機嫌伺いに行っていました。
おじさんは話好きでしたが、相手の話を聞かず自分一人でしゃべっていたり、私に話を聞いても自分が用意したのと違う答えが返って来ると、機嫌悪くなったり怒鳴ったりもする人でした。

このおじさんが、「わしはカイヘイへ行った」とドヤ顔で言うんですね。

入学したのは、「家柄が良かったから」とか、「成績が良かったから」とか、そのときによって違ったのですが、共通して言えるのはここで感心してほしいといわんばかりの態度でした。

親戚の私に家柄自慢はないと思うし、私は歴史ファンなのでどの程度の家柄かは、おじさんよりも詳しく把握してるんですけどね。

私はまだ「カイヘイ」が何かはよく知らなかったのですが、何度も聞くうちに漠然と海軍兵学校のことらしいとわかりました。
だけど、いわゆる昭和ひとケタ世代で戦争末期だから、いい加減な入学試験だったじゃないか?ということは察しがつきました。

ちょっと話は反れますが、私は歴史が好きで特に司馬遼太郎ファンで、「坂の上の雲」を読んだことがあります。
ご存じのように、明治時代の日露戦争で重要な役割を果たした、主人公の一人である秋山真之は海軍兵学校出身のエリート海軍将校でした。

そして親戚のおじさんの家に行ったときに、毎度のごとく「カイヘイ」自慢が始まって、おじさんは、「海軍兵学校」という写真集を見せてくれました。
おじさんはまるで自分の卒業アルバムのように言いましたが、私は本屋さんの歴史の本棚の隣の戦争物の本棚で売っているのを見たことは黙っていました。

その本の最初には、イギリス海軍が誇るホレ―ショ・ネルソン提督の遺髪の写真が載ったページがありました。
歴史大好きな私は、トラファルガー海戦でナポレオンを破ったネルソン提督のことは知っているので感動して見入りました。
するとおじさんは、その感動に同調せず、見るのはそんなとこじゃないと乱暴にページをめくったのです。

たぶん自分の入学式とかの写真が載っているところを見せたんだと思いますが、ショックで覚えていません。

そして私はパラパラとページをめくりながら、何気なくおじさんに聞いてみたんです。
「おじさん、秋山真之も海軍兵学校の」と言ったとき、おじさんはなぜかすごく変な顔をして固まってしまいました。

多少、ぐっと詰まったような、うろたえたような感じもしました。
あの顔は忘れられません。

「カイヘイ」の話はそれっきりになったので、私は場違いなことを言ったのだろうか、それとも司馬氏の小説に出てくる秋山真之は架空の人物だったのだろうと、もやもやする気持ちでいっぱいでした。

もちろん、秋山真之は海軍兵学校初期の卒業生で、「カイヘイ」を目指す人なら知らないはずがないのですがね。

その後、色々あっておじさんと関わることもなくなり、おじさんも数年前亡くなってしまいました。

そしてあるとき、雑誌でおじさんと同年代の脚本家の方のエッセイで、その方のカイヘイ入学のエピソードを読みました。

そこには海軍からの合格通知の名前が間違っていたとか、あまりの合格者の多さに校舎に入りきれない生徒が多数いたとか、私の想像通りの戦争末期の慌ただしさが感じられたのでした。

その有名な脚本家、早坂暁氏の文章には自分をエリートであるとか優秀であるという、おごりはみじんも感じられなかったです。

そして同じく、おじさんと同年代の小説家の田辺聖子氏のエッセイで、「カイヘイの学生さんのカッコ良さ」について書いてあるのもみたんです。

戦争中だったか戦争前か忘れたけど、若き日の聖子氏は「きゃー、うち、今日、カイヘイの人見たし~」と友達と騒いだそうです。
若いミーハー女性というのはいつの時代にもいるんだなと、ほのぼの感さえありました。

なるほど、今となってはわからないが、ユニフォームとか海軍とかは当時の若い女性の憧れだったようでした。

しかしおじさんは親戚の(当時)若い女性の私に、おじさんカッコいいと言われたかったのでしょうか?

それにしても時代錯誤も甚だしいし、秋山真之に対する態度は、本物の海軍兵学校の大先輩の卒業生に対して恥ずかしい、失礼だと思わないのか、まさかおじさんは秋山真之を知らなかったのか?
それにネルソン提督も?という疑問は残りました・・・

おじさんのことだから、知らなくても知っていると言って怒鳴られただけだと思いますけどね。
そんなおじさんの事をしんみり思い出しました。


Writing by アリス
歴女です。

※写真はイメージです。