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地獄の沙汰も金次第

銀行など金融関係の仕事に就いていると、「亡くなったお客様がお金を下ろしに来る」という恐怖体験をすることがある。

ただし、それは幽霊がどうとかいう話ではない。「遺族の誰かが本人が亡くなったことを伏せ、故人の名を騙ってお金を下ろしに来る」というただそれだけの話だ。だが、実際に働いている身としてはそちらの方がよっぽど怖いことがある。

本来、口座を持つ人間が死亡した場合は役所で出した死亡届を持ち、口座を凍結しなければならなくなる。しかしそうなると当然、お金を下ろせなくなるのでそれを隠してとにかく現金を手元に、という人が少なからずいるのだ。「当面の生活費がなくなったら困るから……」なんて理由だったらまだ可愛いものだが、これに遺産が絡むと恐ろしいことになる。なぜなら、口座を持つ本人が亡くなっていると知らずにお金を渡してしまったら銀行側にも何らかのペナルティが課されることがあるからだ。

例えば亡くなった父親の口座から長男であるAがこっそりお金を引き落とし、自分の口座に入れてしまったとする。そうなると他の相続人、Aの兄弟であるBやCの取り分が減ってしまうため当然、裁判などで争われることとなる。その時、「その口座を持っている本人でないことを確認しなかったのか」「遺産相続に関わる書類の提出などを求めなかったのか」などと銀行側の責任を問われたら、逃れることができないのだ。出金は原則、本人が行うことであり高額であれば身分証明書の提出や用途の確認(これには振り込め詐欺の類を阻止する目的もある)を求めなければならない。そうして損害が起こればその銀行にも非があるとされ、弁護士や警察に非難されることもありうるのである。

「そうは言っても、銀行全体の責任として扱われるのであって受付をした一人だけに責任を負わせることはないんじゃないのか?」

この話を聞いた人々の間には、そんな風に考える人もいるかもしれない。だが銀行は役所などと違って、国がなんとかしてくれるわけではないのだ。支店長や先輩、同僚が庇うことなんてまず期待しない方がいい。それどころか「〇〇さんがちゃんと確認していないのが悪い」などと言ってたった一人に全ての罪を被せるなんてことも、よくある話なのである。そうやって多大な損害を被り、自ら命を絶つ者が出るケースも少なからず存在する。

「だったら、きちんと確認をすればいいだけの話じゃないか」

そんな綺麗事が通用するほど、この業界は甘くないのだ。ただ「身分証明書を見せてほしい」というだけのお願いに協力してくれない客は大勢いるし、自分の銀行に口座を持つ全ての客の情報を覚えろと言うのも無理な話である。そもそもお金が絡むと自分も相手も緊張し、はイライラしがちになるもので悠長に「きちんと確認」している暇なんて無いことの方が多い。そんな中で、もうこの世にいない人間のお金の話にまでなるととてもじゃないが手が回らないのである。世の銀行職員はそんな恐怖と戦いながら、今日も人のお金をビクビクしながら扱っている。

「地獄の沙汰も金次第」なんて言葉があるが、現世ではむしろお金に振り回されることの方が多い。
結局、お金のことに関しては生きた人間の方がよっぽど怖いのである。

ペンネーム:ニコ
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※画像はイメージです。

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