「火星人襲来」のラジオドラマで全米が大パニック!

かつて1本のラジオドラマが全米を混乱におとしいれたことがあった。
宇宙からの侵略を告げるフェイクニュースを流したところ、真に受けた人々が各地で大パニックを引き起こしたのだ。もし現在の日本なら騒動には発展しない気がするが、これは国民性の違いだろうか、それとも時代の違いだろうか。

火星人の侵略をを告げる臨時ニュース

彼らが勝負にでたのは1938年のハロウィーン前夜のことだった。彼らとは、米国のCBSラジオ番組「マーキュリー劇場」の制作スタッフたちである。低聴取率お荷物番組「マーキュリー劇場」は、いまだにスポンサーもつかないグダグダ状態で、いいかげんにテコ入れが必要だった。

そんななか、一人の男がSF小説「宇宙戦争(The War of the Worlds)」を題材にしたハロウィーン特番のラジオドラマを企画する。原作者は偉大なるSFの父、H・G・ウエルズ。このオンエアがのちにパニックを引き起こすことになるのだが、なぜそんな騒ぎになってしまったかというと、通常のドラマのようにセリフやナレーションで物語が進行する形式ではなかったからだ。

番組は、あたかも緊急速報が飛びこんできたかのようにスタートし、続いて各都市の被害状況や専門家のコメント、火星人対米軍の激闘を次々と生中継する偽の報道番組として放送された。
もちろんフィクションであることは告知していたのだが、それを知らない人々が本当のニュースと勘違いしてしまったのだ。

偽アナウンサーによる迫真の演技

夜の8時を回り、「マーキュリー劇場」の時間になった。流れていたラテン・スタンダード「ラ・クンパルシータ」が突然止まり、一瞬の静寂のあと、アナウンサーがただごとではない様子で話しはじめる。

「えー、放送の途中ですが、ここでいったん番組を中断して、たった今シカゴのマウント・ジェニングス天文台から入った速報をお伝えします。現在、火星の表面で大爆発が繰り返し起きており、ニュージャージー州に非常に巨大な隕石が落下したもようです。火星の爆発と何か関係があるのでしょうか。これより現場のニュージャージー州から中継します」
マイクが隕石落下現場のリポーターに移る。

「はい、こちらはニュージャージー州のプリンストン大学です。隕石が落下した地点は、ここからほど近いグローヴァーズミルで、ここからも隕石が確認できます。おや? ・・・あっ! 何か開きました! 隕石のドアのようなものが開いていきます! なんだあれは! 宇宙船か? うわぁ、中から何か出てきたぞ!」
「リポートを続けてください、プリンストン!」
「化け物です! 大きなタコのような生物がうじゃうじゃと市街地のほうへ向かっています! 市民に知らせなければ! いったんマイクをお返しします!」

どうやら火星人は「大きなタコのような生物」らしい。

圧倒的戦闘力の火星人

リポーターの芝居も負けてはいなかった。
「今、ピアソン教授が勇敢にも化け物の集団に向かっていきます。おおっと、教授が彼らに『止まれ』の合図をしました! だめだ、完全無視だ! ああっ、火星人が火炎を発射した! うわーっ! 教授が火だるまになって倒れました! なんということでしょう! 彼らは殺人光線を持っています!」
このあと、大きな爆発音が響いて放送は中断。少し間をおいて、再びニューヨークの放送局に移る。

「さきほどグローヴァーズミルに落下した隕石は宇宙船です。侵略者は今度は市街地に毒ガスを撒き散らしています」
「巨大な隕石がまたひとつ落ちてきました。次々と落ちてきます! 火星人の地球侵略がはじまりました! まもなくプリンストンには軍隊が到着する予定です!」
そして戦闘がはじまり、大きな爆発音、建物が崩壊する音、逃げまどう人々の阿鼻叫喚の声。

「ああ、神よ。地球の武器では火星人には歯が立たない。軍は全滅です。ああ、苦しい…毒ガスが…」
アナウンサーは息も絶え絶えに声を絞りだす。
「ワシントンディーシィー!」
「ワシントン・・・ディー・・・シ・・・」
首都ワシントンにSOSを送る悲壮な声が途切れる。

ニュースを真に受けて全米が大パニック

地球のレベルをはるかに凌駕する戦闘力とともに首都へ進軍する火星人。火星人は今や全米各地に着陸中との報告が続々と入ってくる。今日が合衆国最後の日になってしまうのか。

ラジオを聴いていた人々は、聴いていなかった家族や友人にも緊急事態を伝えたために、何も知らない人までが伝言ゲーム式にパニックに陥ることになった。
舞台の中心となったグローヴァーズミルでは、人々が家を飛びだして森や山へ避難。火星人の火炎砲にそなえ、濡れたバスタオルを持って逃げる人もいた。本物のプリンストン大学の教授であるアーサー・バディントン博士とハリー・ヘッス博士は、隕石が落ちたとされる場所を懐中電灯を持って探しまわった。

プリンストン大学の学生寮には父兄から「早く避難しなさい!」との電話が殺到。ある母親は「アメリカ中が炎に包まれてるのよ! 私の周りも熱くなっています!」と告げた。また、ある教会では礼拝中に一人の男が駆けこんできて、「大変だ、人類は滅亡する! 火星人が侵略してきた! 俺は今、大統領の別れの演説を聞いてきたところだ!」と叫んだ。

当然ながら、警察にも電話が殺到した。まだ電話交換台のあった時代だから、いかに交換手が対応に追われたかがうかがえる。
ニュージャージー州の警察には「防毒マスクの予備はないのか!」「火星人の弱点はどこだ!」「窓は閉めておいたほうがいいんですか?」といった問い合わせが1時間で900件近くもかかってきた。なかには「毒ガス爆弾が落ちたぞ!」「宇宙船がハドソン川の上を飛んでいった!」という通報もあった。

心憎いエンディング

このラジオドラマを聴いてパニックになった人間は全米で120万人にのぼったといわれる。もともと激しい勘違いが原因なのだから、事実さえわかれば騒動もおさまる。

気になる物語の結末は、なんと火星人が全滅して地球人が勝利するという筋立てになっていた。圧倒的な戦闘力を持った火星人だったけれど、地球には人間のほかに病原菌というラスボスがいたのだ。異なる環境からやってきた火星人は、地球の病原菌に対する免疫力を持っていなかった。ふだんは人間を苦しめる病原菌が、宇宙の侵略者から地球を守ってくれたという味のある演出である。

ちなみに、このドラマの仕掛け人は、のちの名優オーソン・ウェルズ。当時はまだ23歳の若者だったというから驚かされる。後日、彼を含む制作スタッフに多くの訴訟が起こされたが、すべて棄却または無罪となった。フィクションである旨を断っていたからだ。

大騒動の生き証人

時代が下ると、今日に伝えられているようなパニックなどはなかったとする説も生まれた。当時の新興メディアだったラジオに脅威を感じた新聞各社が、ラジオに規制をかけるために行った過熱報道にすぎないという見方である。

しかし、放送局や警察署に膨大な件数の電話がかかってきたことは事実であり、オンエアを記憶している人々の証言も残っている。
生涯をグローヴァーズミルで過ごしてきたロバート・サンダーズ・ジュニアもその一人だ。その夜、いつもは静かなグローヴァーズミルのクランベリー・ロードは火星人の姿を一目見ようとする人々の車であふれ、大渋滞になったと振り返っている。
放送50周年を迎えた1988年には、「火星人着陸地点」と記したモニュメントが建てられた。

おびただしい情報があふれている現代ではあるけれど、そのニュースが事実かどうかを確かめるには、さまざまな媒体の存在が役に立つこともある。ニュースソースが乏しかった当時の状況をふまえると、フェイクニュースに多くの人がだまされたのは無理もない。

eyecatch source: Stefan KellerによるPixabayからの画像
※画像はイメージです。

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