誰かが自宅を訪ねてきた際、みなさんはまずどんな言葉をかけますか?
「どちら様ですか?」や、相手がわかっている場合は「〇〇さん?どうぞお待ちしてました」だと思います。
しかし、そのような対応をしてはいけない相手がやって来たとしたら・・・・どうしますか?
かからない電話
団地に住んでいてた、小学生の時の話です。
同じ棟には何人も幼馴染が住み、うちの真下の階に住んでいるソノちゃんとは仲が良く、よく一緒に遊んでいました。
学校が終わり、ソノちゃんと別の棟に住むユリちゃんと下校したときのこと。
「今日はピアノがお休みだから一緒に遊ぼう」とユリちゃんに誘われ、三人で遊ぶときはいつもソノちゃんの家で遊びます。
帰宅後に私はすぐにソノちゃんの家に行き、ユリちゃんは電話をかけて来るのがお約束でした。
その頃の私たちは電話をかけることが流行っていて、家を出る前に「今から行くよ」と電話をします。
些細なことですが、子どもにとっては楽しいものだったのです。
その日もソノちゃんの家でユリちゃんの電話を待っていましたが、十分経っても十五分経ってもかかって来ません。
そうして三十分過ぎ、私もソノちゃんも待ちくたびれてしまいました。
「遅すぎるね」
「こっちから電話かけてみる?」
「そうしよう!」
ソノちゃんはさっそく受話器をあげ、番号をプッシュしました。
私は隣に立ち、そっと耳をすませます。
「あっ!電話中だ」
「えー。お母さんが長電話してるのかな?」
「そうかも。それで電話かけられなくて、来ないんだよ」
「じゃあユリちゃん家に迎え行く?」
「そうだね。ユリちゃん電話できなくて困ってるのかもしれないし」
私たちはいそいそと靴を履き、ソノちゃんはしっかりと玄関のカギをかけてから出かけました。
迎えに行くと
別の棟と行っても歩いてせいぜい五分ほどの距離です。
ユリちゃん家は四階で階段を上がり、「ピンポーン」と呼び出しのベルを鳴らしました。
当時は団地にはインターホンなどはなく、ただ呼び出し音が鳴るだけのものがついていました。
「あれ?いない?」
「聞こえてないんじゃない?」
そう言って、私はすかさずボタンを押しますが、ピンポーンと先ほどと同じ音が鳴るだけで返事はありません。
私たちは目を合わせて首を傾げました。
遊ぼうと誘ったのはユリちゃんです。
それなのにいないというのはおかしな話。
しかも、家を出る前に電話をかけた際は話し中で、少なくとも家には誰かいるはずです。
「ユリちゃーん!」
「いないのー?」
私たちはドアを軽くノックしながら問いかけました。
鉄製の重いドアは軽く叩いてもけっこう音が響きます。
強く叩きすぎないように気を付けながら、私たちは何度か名前を呼びました。
「誰っ!?」
ドアの内側から響いた声に驚いて、私たちは動きを止めました。
「ユリちゃん?遊ばないの?」
「ほ、ほんとに二人?」
「うん、そうだよ」
いつもと違う雰囲気
何やらいつもと違う雰囲気の問いかけに、私とソノちゃんは眉をしかめて顔を見合わせました。
「ユリちゃん電話してくれないし、うちに来ないから迎えに来たんだよ」
「やっぱり遊べなくなっちゃったの?」
「違うけど、あの・・・ぬりえは、私はなんのやつを持って行くんだっけ?」
「ぬりえ?あー、サリーちゃんのでしょ?」
「そうそう。ユリちゃん新しいの買ってもらったから持って行くねって言ってたじゃん」
ソノちゃんが言い終わると同時にカギがカチャンと開く音がして、ドアがほんの少しだけ開きました。
ユリちゃんが恐る恐る顔を覗かせます。
「……どうしたの?」
「アヤノちゃんとソノちゃんだぁ」
そう言ってユリちゃんは泣き出してしまいました。
私たちは訳がわからず、うろたえました。
「大丈夫?とりあえずお家に入れて?」
「ダメ!すぐソノちゃん家に行く!」
泣きながらユリちゃんはそう言って、玄関に置いてあったバッグをひっつかむと、転がるようにドアから飛び出してカギをかけました。
「早く行こう!」
階段を駆け下りるユリちゃんの後を急いで追いかけ、私たちはソノちゃんの家のドアの前まで走りました。
息が苦しくて話すこともできず、ソノちゃんもカギを開けることすらできません。
息が整うまで階段に座って休み、それからソノちゃんの家にお邪魔しました。
「どうしたの?ぜんぜん来なかったのにさぁ」
「あのね」
ユリちゃんは表情を曇らせながら話してくれました。
ユリちゃんの話
家に帰って、ミソノちゃんのうちに行く支度をして電話をかけたの。
いつもならプルルルルって音の後に繋がって相手の声がするはずなのに、音がしないでいきなりプツっと繋がった音がしたの。
私はびっくりしながら「もしもし?」って言った。
『もしもし』
子どもの声なのはわかったんだけど、ソノちゃんかどうかはわからなかった。
とりあえず、話をしようと思ってそのまま続けたの。
「もしもし?今から行くね」
『どこに?』
機械みたいな声と突っぱねるような言い方で、相手がソノちゃんじゃないと思った。
「あ、あの……まちがえ」
『どこに行くの?』
私は怖くなって思わず電話を切っちゃったの。
子どもの声なのにものすごく冷たい感じがして、子どもじゃないみたいだった。
もう一度かけ直そうと受話器に手を伸ばした瞬間に電話が鳴って、いつもみたいに取っちゃったの。
「も、もしもし?」
『どこに行くの?』
さっきとまったく同じ言葉と声にすぐに電話を切って受話器を戻そうとしたけど、また電話がかかってくるのが怖くて、そのままにすることにしたの。
それで、このまま一人じゃ怖いと思って、ソノちゃんの家に行くことにしたんだ。
さっきと同じ声
バッグを持って靴を履いて、カギを開けようとしたところでピンポーンって鳴った後に「あそぼう」
・・・さっきの電話の声と同じ声だった。
私はゆっくりと音を立てないように後ろに下がって、絶対にドアを開けちゃいけないって思ったの。
もう一度、呼び出し音が鳴った。
手に持ったバッグをぎゅっと握って、ドアの向こうの誰かがいなくなるのを待ってた。
そしたらね、「コンコン」ってドアを叩かれたの。
「あーそーぼー」
次はゴンゴンと強めにドアを叩れた。
「いくんでしょ?いっしょにあそぼうよぅ」
ドンドンってすごくドアが揺れたの。
「いくんでしょ?いっしょにあそぼうよぅ。あーそーぼー」
このまま黙っていたらドアが壊されるんじゃないかと思って、応えることにした。
「い、いかない!」
「いくんでしょ?どこにいくの?」
「いかない!いくのやめた!」
「いっしょにあそぼうよぅ」
「遊ばない!帰って!」
力いっぱい叫んだら、バアンっ!!って信じられないほど大きな音でドアを叩かれた。
怖くて怖くて泣き叫びそうになってたら、下の方から数人の男の子の声が聞こえて来たの。
上の階に住む同学年の男の子とその友達の声みたいだった。
ドアの前には?
私は男の子たちになんとか気付いてもらえないかなって思ってたけど、わいわいがやがや騒ぎながらうちの前を通り過ぎて、階段を上って行っちゃった。
「ちょっと待ってて!」
「十秒な!」
「いちにさんしごろくしちはちくじゅっ!」
「はえぇよ!」
また声を響かせながら階段を下りて来て、今度こそと思っていたら、ドアの前で声がしたの。
「ここ、ユリの家だろ?」
「そうだよ」
「ピンポンダッシュしてやろうぜ!」
「やめろよ!聞こえてるぞ!」
「いいから早く行こうぜ!」
しばらくしてみんなの声は聞こえなくなっちゃった。
それでね、さっきの男の子たちの言葉を思い出したの。
「ピンポンダッシュしてやろうぜ!」って誰かが言った。もしも玄関の前に人がいたとしたらそんなことは言わないでしょ?
そんなこと言ってたってことは、男の子たちがうちのドアの前を通ったときには誰もいなかったってことでしょ。
みんなが来る直前まで誰かいたはずなのに。
それでも絶対に誰もいないとは言い切れないから、私は玄関に座って待つことにしたの。
しばらく待っていればお姉ちゃんかお母さんが帰って来るはずだから。
そうしていたら、ソノちゃんとアヤノちゃんが来てくれたの。
その正体とは?
ユリちゃんの話を聞き、私たちはとても楽しく遊ぶ気分にはなれませんでした。
とりあえず、録画したサリーちゃんのビデオを見ながら、ソノちゃんのお母さんの帰りを待ちました。
お母さんが帰宅後に話をして、ユリちゃんのお母さんが帰ってくる時間まで一緒に過ごし、ソノちゃんのお母さんがユリちゃんを家まで送って帰ったそうです。
そんな恐怖体験からしばらく経った頃、ユリちゃんの家で遊びました。その日はユリちゃんとだいぶ年が離れている中学生のお姉さんも家にいて、居間で遊んでいるとお姉さんがやって来て私たちに言いました。
「ねえねぇ、君たちはユリがコンコンさんに遭ったとき、一緒に遊んだ子?」
私たちはぽかんとしながらお姉さんを見上げました。
「コンコンさん?」
「そう。コンコンさん。突然家にやって来て『一緒に遊ぼう』って誘って来るの。」
「そのときに『〇〇ちゃんなの?』って友達の名前を出すとその子になりきるんだって。」
「それで、友達だと思って出て行くとそのまま連れ去られて殺されるんだってさ」
私たちは突拍子もない話に絶句してしまいました。
そんな恐ろしい存在がこの世にいることなど知らなかったのです。
「だからね、コンコンさんが来たときには絶対に友達の名前も自分の名前も言っちゃいけないんだって。」
「ユリは知らなかったけど、言わなかったから助かったみたい」
ユリちゃんの機転
私たちはお姉さんの話を聞いてゾッとしながら、
「でもなんで私たちの名前とか言わなかったの?遊ぶ約束もしてたから言っちゃいそうなのに」
と尋ねてみると。
ユリちゃんは、
「うちのおじいちゃんがね、お巡りさんだったのね。それで悪い事をする人は知り合いのフリをするっていうのを教えてくれたの。」
「話しかけて来て『お父さんの知り合いなんだけど』 とか言ってさ。」
「そしたらこっちもつい『〇〇さんですか?』とか言っちゃうでしょ?そうするとその人のフリをしてくるから絶対にそういう言い方をしちゃダメって。」
「知り合いにしかわからない質問をして、本当に知ってる人なのかを確かめるんだよって教えてもらってたの」
「あっ、だからユリちゃん『ぬりえなんのやつ持って行く?』ってきいたんだ!」
「すごーい!頭いい!」
私たちは心底ユリコちゃんの賢さを称えました。
本当にコンコンさんだったのか?
お姉さんは話を続けます。
「けど、コンコンさんが電話してくるとか初めて聞いたなー」
「電話してきてないよ」
「でもユリはかかってきたって言ってたじゃん」
「そうだよ。最初はソノちゃんの家に私がかけたんだけど、なぜが変なところに繋がっちゃったの。それで切ったんだけど、またかかってきたの」
「こわっ!友達の家にかけてんのにコンコンさんに繋がるとかどうしようもないじゃん!」
「お姉ちゃんはコンコンさんのことなんで知ってるの?」
「友達に聞いた。けど、電話のことは初耳」
用件が済んだのか「あー怖い怖い」と言いながらお姉さんは居間を出て行きました。
このコンコンさんの話は小学校でも噂を聞くことがあったのですが、やはり電話のくだりが出て来ることはありませんでした。
もしかしたら、ユリコちゃんが遭遇したのはコンコンさんではないまた別の怪異だったのかもしれません。
彼女がおじいちゃんの教えを守っていなかったら、この話をすることもなかったかと思うとぞっとしました。
※画像はイメージです。
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