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黒沢清の「封印されかけた」作品『降霊』

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人類が滅亡する筈であった1999年7月は、なにごともなく終わった。わたしは小学校6年生の新学期を迎えると同時に、卒業を翌年に控えていた。そんな9月28日の夜のこと。
ネットがライトユーザーのあいだに幅広く定着して、人びとがテレビよりもスマートフォンの画面や、パソコンのモニターを眺めるようになった現在。その過程で失われた生活習慣のひとつに、どのチャンネルでもよいからテレビを点けっぱなしにしておく、というものがあった。適当にチャンネルを合わせておけば、なにかしら面白い番組が放送されていた時代だった。それ故の生活習慣。

目次

1999年9月28日火曜日 22:00

その夜も、わたしは何をするわけでもなく、漠然とした気持ちで居間に置かれたアナログテレビの画面を眺めていた筈だ。そのときの記憶は例のごとく曖昧だが、テレビ画面は二階建て住宅の一室になぜか神主がおり、冴えない顔つきをした役所広司に儀式が終わったことを告げるシーンが映っていた。
テレビを観続けるうちに、役所広司の住む家には幽霊が出るらしく、その幽霊に妻役の風吹ジュンともども右往左往するテレビドラマであるらしいと気付いた。おそらく、わたしはドラマの途中から観始めたのだろう。

わたしはドラマの内容を、よく理解できないまま最後まで観終えた。狐につままれたような気分を記憶の片隅に放り込んで、ドラマを観たこと自体、長いあいだ忘れていた。そのテレビドラマこそ、現在ではヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞の受賞者にして、日本映画の代表的な演出家としての評価を得た黒沢清監督の『降霊』。そのことを知るのは、ずっと後のことだ。

霊能者が「見える」幽霊に、もっとも近い幽霊が出る映画?

オンライン上で軽く検索をかけてみると、「『降霊』に登場する幽霊の姿は、霊能者が見えている幽霊の姿にもっとも近い」との意見が少なからずヒットする。Twitter上では2019年から2020年にかけて映画ファンやホラーファンのあいだに広まり、半ば固定化しつつある評価である。
しかし、最初に「霊能者が見えている幽霊の姿にもっとも近い」と評価したのは、誰なのか。何度か調べてみたが、現時点では筆者は特定できていない。試しにGoogleトレンドで「降霊~KOUREI~2000年の映画」と検索をかけてみた。すると同作のテレビ放送(1999年9月28日)、それに劇場版に再編集されたバージョンの公開(2001年5月19日)から暫く経った2004年4月、同年6月および11月の日本国内の検索回数が、なぜか際立って上昇している。

ふたたび調べたところ、フジテレビが2002年10月から2004年3月にかけて放送していたバラエティ番組『もしも体感バラエティ if』に、「もしあなたに霊感があったら…」という企画があった。番組を観ていた視聴者の証言を辿ってみると、この番組に出演していた霊能者に『降霊』を見せる企画があったという。これが、近年になって『降霊』が日本国内で再評価されるきっかけとなった、「霊能者が見えている幽霊の姿にもっとも近い」との評価を得た最初のケースであるようだ。ちなみに、同番組には黒沢清監督が出演、「霊能者の取材をもとに演出した」と語ったとされる証言も得た。

しかし・・・肝心の『もしも体感バラエティ if』は、「TVer」その他の動画サイトで視聴することが、目下のところ不可能である。フジテレビ公式サイトへ行ってみても、簡素な番組サイトが残っているに過ぎない。制作著作は『降霊』とおなじく関西テレビなのだが、少なくとも、現時点での実証は件の『もしも体感バラエティ if』が視聴できないため、困難である。

もうひとつ、『降霊』には気がかりな点がある。2023年10月現在、本作を公的なかたちで視聴することが、日本国内では困難になっているのだ。

『降霊』の放送から劇場版公開、ソフト化から現在まで

筆者が最初に触れたように、『降霊』は1999年9月28日火曜の21時から23時にかけて、FNN系列で放送された単発ドラマであった。当時、日本映画界とテレビ業界は『リング』(1998)のヒットをうけたホラーブームの最中にあり、劇場映画、テレビドラマ、テレビバラエティ、テレビアニメ、Vシネマとメディアを問わず幽霊が跋扈していた。
決してポピュラリティがあると言えない作風の『降霊』がゴールデンタイムで放送できたのは、黒沢清監督が長年にわたり関西テレビでドラマ演出を担っていた実績と、『リング』を制作したスタッフと人脈と繋がりがあった点などに加えて、ホラーブームに沸く当時の世相があった。放送から2年後の2001年、『降霊』は再編集されて劇場公開される。おなじ頃にフランスでも劇場公開され、霊能者うんぬん抜きで評価を受けた。現在でもフランス語圏では、同作のDVDが買える。

だが、なぜか日本国内では劇場公開後にVHSとDVDが発売されて以降、ソフトの再発やストリーミング配信が現在まで実現していない。筆者は幸いにも、地方のレンタル店にあるホラー映画のコーナーに置かれていた、2000年にタキ・コーポレーションから発売されたDVDで再び視聴することが出来た。このDVDをAmazonで覗いてみると、以降の再発はなく、もっとも高値の中古商品では約3万円もの値が付いてしまっている。ストリーミング配信ではNetflix、Amazon Prime Video、TVer、U-NEXTですら軒並み配信されていない。レンタル店で根気強く、DVDを探すほかに視聴の手段が無い。

「怖い映画」「ヨーロッパでの評価の高い日本映画」「霊能者のお墨付きを得たホラー映画」といった評価だけが一人歩きして、肝心の作品へのアクセスが困難となっている。つまり、気が付いたら半ば「封印作品」めいた存在と化していた。なぜ?。

幽霊になりかかっている『降霊』

確実な証拠を提示できないため、いまの段階では「封印作品」の前例から憶測するほかにない。以下に示すのは、あくまでも筆者個人の憶測の域を出ないことをお断りしておく。

真っ先に考えられるのは、テレビドラマ版を製作したフジテレビ系列の放送局である関西テレビと、現在でも『ラーゲリより愛をこめて』(2022)『銀河鉄道の父』(2023)などメジャー系列の製作を手掛けるツインズ・ジャパン、劇場版を配給したスロー・ラーナーのあいだで権利が分散している可能性である。

東京現像所の閉業に伴い、ネガフィルムの権利所有者が不明である映画、テレビ番組、アニメ、CFフィルムの多くが廃棄される方向に危惧が持たれている。日本映画が斜陽産業と化していた1970年代以降、大手映画製作会社は自社製作のみに頼ることが困難となり、様々な企業との外部提携をはかった。この頃から、その後に劇場での鑑賞やソフトの再発が困難となるタイトルが続出する。

『降霊』の場合、いったん製作~放送~公開したとしても、後の権利処理がややこしくなっている可能性は考えられる。出資とプロデュースのみ行った企業、現場で実際に制作した企業、テレビドラマ版を放送した民放テレビ局、劇場版を配給した企業のあいだで権利が分散、その後のソフト化や配信が困難となるケースは多岐にわたる。『降霊』はその一つではないだろうか。

もうひとつ、あらぬ疑いに発想が飛躍しそうになる可能性。『降霊』のプロデューサーである関西テレビの植村泰之は、『SMAP×SMAP』などジャニーズ事務所との共同作業を多く手掛けており、その影響か『降霊』には草彅剛が特別出演している。現在のところ、ジャニーズ事務所は亡くなった先代の暴力事件の告発をうけ、社会的非難や分裂騒動の渦中にあるが、ジャニーズ事務所が所属タレントの出演作のソフト化や配信を、よほどのタイトルでなければ頑なに解禁しない姿勢は広く知られる。『降霊』もまた、最初のバージョンが単発のテレビドラマであったことが響いたのか、ジャニーズ事務所が首を縦に振らないのか?。

さすがに自称霊能者も、現実の暴力事件や権利処理にまで「霊能」を発揮させることは出来ない。思い返すと、『降霊』はテレビマンが招いた事故死と隠蔽、それに霊能者の妻が手を貸したばかりに逆に霊に悩まされるというストーリーのテレビドラマであった。2023年末となっては、なにやら予感めいたストーリーに感じられてしまう。

製作会社が倒産したために権利が借金のカタとなり、長いあいだ国内での上映や再ソフト化が困難であった黒沢清監督作『地獄の警備員』(1992)は、関係者の奔走が功を奏して、現在ではAmazon PrimeVideoで容易に視聴できるようになった。果たして今後、『降霊』は評価だけがひとり歩きして、まるで作品そのものが幽霊のような「幻のテレビドラマ/映画」と化してしまうのか。

それとも幾つかの障害をクリアして、なんとか再ソフト化や配信へと漕ぎつけるのか。かりに前者のケースが通った場合、「現実に見える幽霊の姿を忠実に再現した怖い映画だが、いまとなっては幻の映画である」などと、Jホラーの起源のひとつ『シェラ・デ・コブレの幽霊』(1964)まがいの存在となりかねない。

ちなみに・・・

最後にひとつだけ。日本国内にあって『降霊』は完全に視聴できない、というわけではない。ネットリテラシーに精通した若い方々にとっては周知の方法なのだが。

Wikipediaから黒沢清監督のページへ行き、そこからフランス語版のページに移行する。そこで『降霊』のフランス語タイトルをコピペ、Googleで検索すれば・・・。
ひとつの映画やテレビドラマの背後には、大勢のプロフェッショナルたちの数知れない労力が横たわっている。非公式なかたちで視聴するのは、いい気分ではない。一刻も早い公式の再発~配信を望む次第である。

2008年時点での、『もしも体感バラエティ if』と『降霊』をめぐる証言。『もしも体感バラエティ if』放送から5年後、テレビドラマ版『降霊』放送から9年後の証言であることに留意。

Amazonで売られている『降霊』中古ソフト。VHSはなんと約7万円。

2023年10月現在、公的な手段で『降霊』を視聴するには「TSUTAYA DISCAS」その他のレンタル店を利用するのが、ほぼ唯一の手段である。渋谷TSUTAYAの苦境を顧みるとき、レンタル店というインフラがいつまで持つのか。不安要素は大きい。

『地獄の警備員』その他の権利処理の経緯については、こちらのインタビュー記事に詳しい。
神戸映画資料館のwebサイトより。

主要参考文献
安藤健二『封印作品の謎 テレビアニメ・特撮編』彩図社版 2016年

※画像はイメージです。

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