週に1人ずつ住民が死んでいく。熊取町7人連続怪死事件の闇深さ

2021年、日本では2万830人の老若男女が自殺した(警察庁の自殺統計速報値)。
2009年以来の増加となった2020年の確定値にくらべると、251人減少した。とはいえ、速報値は毎年3月発表の確定値で200人ほど増える傾向にあるから、前年と同水準になる可能性もあるだろう。

長引くコロナの災厄で、社会全体の自殺リスクが高まっているという。さまざまな生活上の問題に悩みながら、あるいはもともと自殺念慮を抱えながら、ぎりぎりのところで踏みとどまっている人が身近にいても不思議ではない。
そのような人たちを自殺行動へ駆り立ててしまう要因のひとつにメディアの自殺報道がある。他者の自殺がトリガーとなって、死が連鎖する事象をウェルテル効果と呼ぶ。

平成4年4月から7月にかけて、大阪府の熊取町で住民の連続死が発生した。
死亡した7人は17歳から22歳の若者たち。現場はすべて半径1.2キロメートル圏内。3人目以降は1週間ごとに、それも決まって水曜日か木曜日に自殺するというミステリー。

警察は、2人は事故死、5人は自殺と発表して幕を引いた。しかし自死とされた者たちには遺書もなければ命を絶つ理由もなかった。
ある者は手首を後ろ手に縛られての首吊り。ある者は手の届かない高枝での首吊り。またある者は、「ちがう、ちがう」という謎の言葉を残して息絶えた。さらに数名が「怪しい車につきまとわれた」と生前に話していたことも明らかになっている。

ウェルテル効果がもたらした自殺の連鎖──それで、この連続死を片づけてよいのだろうか。いったい彼らに何が起きたのかをあらためて考える。

目次

行儀よく まじめなんて できやしなかった

発端は4月29日、木曜日。17歳の板金工Aがシンナーで酩酊状態になり、溜め池に落ちて死亡した。ちょうど1か月後の5月29日、今度は友人の無職B(17)が、同じくシンナー漬けになって自宅で死んでいるところを家族に発見された。2人は、日ならずして自殺するCとDの暴走族仲間。警察が事故死と発表したのは、この最初の2件のみである。
ここまでなら、「ヤンキーがシンナーをキメて、不幸にも戻ってこられなかった事故」として世間は納得しただろう。ところが、その後も週に一度のペースで死神は現れる。

  • 6月4日木曜日、無職C(17)がタマネギ小屋で首吊り自殺
  • 同月10日水曜日、土木作業員D(18)が納屋で首吊り自殺
  • 同月17日水曜日、旅館従業員E(18)が農作業小屋で首吊り自殺
  • 同月25日木曜日、岸和田市職員F(22)が森で首吊り自殺
  • 7月2日木曜日、女子大生G(19)が路上にて果物ナイフで胸を刺して自殺

夜の校舎 窓ガラス 壊してまわった

ここで、自殺者たちを簡単におさらいしておこう。 
まずはタマネギ小屋で首を吊ったC。地元では有名な不良で、翌週に自殺するDの親友だった。警察がマークしていた暴走族「風(KAZE)」の中心的メンバーで、集会のときに自分たちを尾行する白い車の存在に気づいていた。

マブダチDは「風」のリーダー。恋人の妊娠を機に入籍する予定で、新居を探していた。Cの葬儀では「おまえ、なんで死んだ!」と怒りをたぎらせ、「俺たちがしっかりと、あいつの分まで生きなあかんぞ」と仲間を励ましていたという。
「バイクを盗んだり、校舎の窓ガラスを49枚も割ったりしたことがありますが、スズメバチの巣をもってきて理科の先生を喜ばせたこともあるんです」とは中学時代の校長談。

「窓ガラス49枚」とは、まるで夭折したカリスマシンガーみたいだ。余談になるが、「教祖」と崇められたそのアーティストが他界したのは、Aの死に先立つことわずか4日。その死に関しても物騒な風説が流れているが、本記事の主題ではないので、ここでは触れない。
マブダチDも、怪しげな白い車に付け回されたと周囲にもらしていた。車種をカローラと明言していたあたりは、さすがリーダー。けれど、わが子の遺体を確認した母親の証言が忍びない。

「あの子、肩をいからせて、前をにらみつけて、こぶしをぎゅっと握りしめとったんです。首吊りって、普通は全身がだらりとなるでしょう。だから私、警察の人に言うたんです。『これでも自殺といえるんですか』って。『いや、最近はこういうのも多いから』って言われましたけど」

へえ。首吊り死体に当世風と昔風があるとは初耳です。じゃあ和風や洋風は?

「ちがう、ちがう、あたしは7人目じゃない」

さらに死は連鎖する。
リーダーの自死の1週間後、やはりバイク仲間だった旅館従業員Eが首を吊った。両腕を後ろ手に縛られていたにもかかわらず、警察は自殺と断定。着衣の乱れや争った形跡がなく、手の縛り方も自分でできないことはない結び方だったのが決定打になった。まあ、自殺を完遂するために自ら両手を後ろ側で拘束した可能性はあるだろう。

地方公務員Fは、他の死亡者と面識はない。「真面目な好青年」とは同僚の弁。当日の朝、いつも通りに弁当を持って出勤したあと、シャツで首を吊っている変わり果てた姿が森で発見された。シャツを結んだ栗の木の幹は高所にあり、どうみてもFの手の届く範囲でなかったのに、これも自殺と判断された。

最後の死亡者は唯一の女性であるG。公務員Fと同様、他の6人との接点はなかった。彼女だけ、死に至る経緯が他の自殺者と大きく異なるのはなぜだろう。
7月2日、Gは住宅街の道路の側溝に血まみれで倒れ込んでいるところを発見された。近くに落ちていたのは凶器とみられる果物ナイフ。致命傷は左胸の刺し傷だったが、首にためらい傷があったことで、またもや警察は自殺と断定。発見時はかろうじて息があり、「ちがう、ちがう…」と訴えていたという。

のちに搬送先の病院で出血多量で死亡したが、やはり命を絶つ理由は見あたらず。整理すると、自殺するようにはまったく見えなかった女子大生が、自殺する場所に住宅街を選び、自らの胸にナイフを突き立て、何かを「ちがう」と否定したことになる。そのあとに続く言葉を彼女が絞り出せていたら、この連続死は別の呼び方をされていたように思えてならない。

仕組まれた自由に 誰も気づかずに

奇妙な事件である。ひとつの町の半径1.2キロメートル圏内で、人はこうも短期間にころころと死ぬものだろうか。他動的な力の存在なしに、自らの意志で。しかも自殺に至るはっきりした理由もなく、思いを告げる遺書もなく。こうしたミステリアスな事故や事件には、無責任な流言が飛び交うのもお決まりだ。誰かが言った。

「9人死んだら完結するらしい。だから、あと2人死ぬ」
「次はHだって本当か?」
「七人塚の祟りって聞いたけど」
「ヤンキー、ザマァ」

これらは恐怖という病気にかかった人間社会の、ひとつの病状なのだと思う。こうした噂話に根拠や言責を求めてもはじまらないが、人の口が人間を殺すこともあるから厄介だ。

熊取町では、一連の不審死を自殺ではないと感じた同世代の若者たちが、実際に夜の外出を自粛していた。「5人は殺害された」と直感した地元民が少なからずいたことになる。警察は事件性のない事故・自殺として7人の死を処理したが、じつは真相とされる二つの説がある。

その1:暴力団による報復説

この事件を調べる人は、どこかで必ず「ヤクザの報復」という言葉に突き当たる。
暴力団組長の娘を集団で暴行した少年たちが、その報復として1人ずつ処刑されたというのだ。当時この地域では、関西新空港の利権をめぐり、暴力団関係者が増えていたのは事実である。

けれど前後の状況に照らしてみると、この説はどうも疑わしい。生前の少年たちはヤクザに一言も触れておらず、白い車についても暴力団関係者と思っていたふしはない。仲間の自殺を不思議がっていた、という点も符合しない。また、ヤンキーたちと接点のない公務員と女子大生が暴行事件にどう関わっていたかも定かではない。加えて、事故死した2人の死亡現場は池と自宅だった。ヒットマンが仕事をするには、きわめて難易度の高い場所と死因である。

暴力団が関与した可能性があるとすれば自殺者に絞れそうだが、自殺を偽装している以上、見せしめ効果は期待できない。見せしめ抜きで消すのなら、もっと手っ取り早い手段がある。わざわざ証拠が残りやすい複雑な方法を選ぶとは思えない。

その2:原発利権の闇説

熊取町には、京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)がある。
事件当時、同実験所は存続か廃止かの渦中にあった。一連の不審死は、じつは原発がらみの紛争から近隣住民の目をそらすための裏工作だったとする説がある。少年たちは、原発の話題がかすんでしまうほどショッキングなニュースをつくるためのスケープゴートだったというわけだ。

ここで、実験所に勤務していた6名の学者たちに触れておく必要がある。東日本大震災以降、一躍有名になった「熊取六人衆」である。かつて彼らは、ともに働いた原発研究者だった。六人衆は原子力を研究する立場でありながら、原発の危険性に警鐘を鳴らし続けてきた。講演活動では、電力会社の関係者とおぼしき男たちに執拗に尾行されることも少なくなかった、と証言している。

実験所が存続か廃止かで大揉めに揉めていた頃、最高裁判決を控えていた原発訴訟があった。愛媛にある、四国電力の伊方原発の安全性をめぐる訴訟である。この原発裁判にも熊取六人衆は住民側の証人として関わっていた。
熊取町の連続死は、まさにこのタイミングで起きた。原子炉実験所の存続が決定したのは、7人目のGが死亡した直後のこと。そして、これを最後に連続死はぴたりと止む。3か月後には、伊方原発裁判も賛成派が勝利した。ここに日本の原発の安全神話が生まれることになる。

熊取町の住民は、若者たちの不気味な連続死に震えあがったことだろう。熊取六人衆をはじめとする脱原発派が、一連の死を恫喝ととらえたとしても不思議ではない。事実、六人衆はシャレにならない嫌がらせを受けていたようだから、これこそ見せしめ効果が期待できる。
仮に原発利権説が真実だとすると、巨大な力に地元警察も取り込まれていた可能性が浮上する。最初の2人が事故死したのをうまく利用して、7人の連続死を演出したとすれば大成功というところか。

この支配からの卒業

原発がからんでいると指摘される事件といえば、真っ先に東電OL殺人事件を思い出す。
世間を揺るがす社会的な問題が生じたとき、あるいは生じそうになったとき、まるでタイミングを合わせたかのように事件が起きたり、芸能界のビッグニュースが飛び込んでくることがある。これらは単なる偶然だろうか。

熊取町の連続死はすでに解決しており、二つの説は推測の域を出ないまま現在に至っている。けれど、無二の命が失われた背後に利得のからんだ策謀があったとしたら、その代償を払うときは必ずこなければならない。

参考文献:『熊取六人組 反原発を貫く研究者たち』細見周著
※画像はイメージです。

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