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戦前、戦中、戦後の京都の噂 ~有名人篇~

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京都人、うるさいところがあって有名人には厳しいという昔話をご紹介しますね。

戦前、京都には久邇宮家が住んでおられました。昭和天皇の皇后の血縁にあたる方のようです。
戦前も今も京都には学習院のような華族の通う学校がないためか、この宮さんの子弟も京都一中と府一へ通っていたそうです。
そしてこの宮さんの子弟の噂も伝わっています。

一中へ通う宮さんと同学年の修学旅行は、宮さんのおかげで例年よりもグレードアップした部屋に泊まれてお料理も豪華だったとかいう話があり、府一へ通う宮さんには京都にも数少ないが住んでいた華族の子女が取り巻き、いえご学友として選ばれていたそう。一中へ通う宮さんは当然のように三高への入学(かなり難関)を希望されたということで、校長先生が「それも一番難しい数学科を希望されている」と頭を抱えていた(つまりあまりお成績が)ということでした。

それにこれは三高へ進学された後のことですが、宮さんがある教授に特別指導をしてほしいといわれたということで、教授が宮邸(荒神口にあった)へ赴いて個人指導をされたそうです。教授は宮邸に伺うたびに菊のご紋の干菓子をいただいたが、家族は飽きてしまい田舎から来る親戚にあげて喜ばれたとか、たった一度だけ、今日はよく分かったとおっしゃったという話を聞いたことがありました。

もうひとつは、宮さんに絵だったかお花だったかを教えていた先生が病気になったため、宮さんがお見舞いにいらっしゃることになり、先生のお宅のご近所には洗濯物を干すなとか二階からのぞくなとかお達しがあったそう。
なお、京都のウナギの寝床と呼ばれる家の表には細い窓が並んでいますが、あそこからみんなこっそりと覗いてはるんですえ。

そして戦前に首相を何度も務めた近衛文麿は、学習院から一高→東大へ進んだが(昔の華族は学習院から無試験で東大へ進学出来た)、京大へ転学したという経歴の持ち主で、今では経歴だけでちょっと変わったというか向学心のあらわれみたいにとられることもあるようです。しかし京都では、京大の入学試験で堂々とカンニングする生徒がいるので、監視の先生が、「これこれ」と注意したところ「わしは近衛じゃ」とのたまったという話が伝わっています(つまり裏口入学というか)。

東条英機がドイツ留学中、陸軍に呼ばれてベルリンへ行くのに列車の切符を買おうとしたら、エルの巻き舌の発音が悪くて、何度やってもスイスの「ベルン」の切符しか買えないというので、巻き舌で「リン」と言えとアドバイスした、あいつは発音が悪かったというドイツ語の教授の噂話も興味深かったです。

昔の京雀もうるさかったけど、戦前、戦中、昭和頃まで、やっぱり権力者には厳しいというか、容赦ない感じですね。

※画像はイメージです。

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