「戦列歩兵」と言うと日本語としては何やら物々しい響きに聞こえてしまうかもしれないが、横並びに歩兵を配置して号令一下で一斉に前進と発砲を行う一連の歩兵運用手法の事を指す。
そうナポレオン戦争やアメリカの独立戦争などを描いた映画やドラマなどでよく目にする、先詰め式の単発銃を効果的に用いる為にその当時の軍隊で採用されていた戦術の事だ。
現在の連発式の小銃や機関銃での戦闘と比べると、単発式の小銃を横並びに構えた軍隊同士が相互に近づき発砲する様は、どこか牧歌的な雰囲気すら感じるがそうではない。
その当時の軍隊としては効率的で且つ効果的な攻撃を企図してこの「戦列歩兵」は考案され、理に叶った戦法として広くヨーロッパ諸国を中心に運用され広まったものだった。
当時の小銃と兵隊の能力に合わせ生み出された産物
「戦列歩兵」と言う戦術が生み出された要因は、第一に当時の小銃・マスケット銃の性能、第二に歩兵となる兵隊の素地と言う2点が大きく影響しているものと考えられる。
先ず第一のマスケット銃だが英語で「戦列歩兵」のことは「マスケッター」と呼ばれる通り、先込め式のライフリングのない単発銃を携えた銃隊のことを示している。
ご存じの通りライフリングとは今では通常の銃器の大半に施されている銃身内に刻まれた螺旋状の溝の事であり、これがあることで発射された弾丸に回転が加えられ直進性と命中率が増す。
つまりマスケット銃はそれがないため命中精度が低く、射程距離も短かったため、敵兵に命中させる為には凡そ100メートル以内という近距離まで近づく必要があった。
そして第二の兵隊の素地であるが、平時は軍人ではない農民などを動員しても戦力として機能するように、指揮官である人物の指示に一斉に従わせることが求められた結果だと言える。
当時精強さで世界的に名を馳せたものにイギリスの「戦列歩兵」があり、その赤い色彩の軍服から「レッドコート」の異名を取り敵兵から畏怖されていた。
戦列歩兵の運用形態
「戦列歩兵」の基本的な行動は、先ず一列50名ほどの歩兵を3列以上で横並びさせて一部隊約150名から200名で構成し、速度が同時に保てるよう約75センチメートルほどの歩幅で進ませる。
行進の指示は多くの場合太鼓やラッパを用いて歩兵に伝えられ、その合図に合わせて装填された小銃を上向きに抱えたまま敵部隊に向かって前進、約100メートルまで接近する。
そして指揮官の合図で前進速度を落としながら更に接近して停止し、一斉に構えた小銃の発砲と装填を一列毎に敵の陣形が乱れるまで反復して攻撃を行う。
指揮官は敵の陣形が崩れたと判断すると歩兵達に今度は銃剣の装着を命じ、また一斉に合図によって銃剣突撃による白兵戦を仕掛けて敵を敗走させるのが一連の流れとなる。
近年の日本史上では否定されてはいるが、イメージ的には織田信長による長篠の戦いでの所謂「鉄砲三段撃ち」に近い戦い方であったとも言えそうだ。
しかし前述のようにマスケット銃は命中精度も低く、また熟練した歩兵であっても1分間に射撃できたのは5発程度と言われており、まだまだ銃剣突撃が最も確実な殺傷方法だった。
アメリカ映画「パトリオット」に見る戦列歩兵
「戦列歩兵」が登場する戦いが描かれた映画としては、2000年に公開された「マッド・マックス」で有名なメル・ギブソン主演の「パトリオット」がよく知られている。
「パトリオット」はアメリカの独立戦争を舞台とした戦争映画で、そのクライマックスとなるのはイギリス軍と独立を目指す植民地軍との「キャムデンの戦い」である。
この戦闘ではイギリス軍の赤い「戦列歩兵」が先に発砲してくる植民地軍の攻撃に犠牲者を出しながらも行進を続け、指揮官の号令一下、十分に引き付けたところで発砲を行う様子が描かれた。
この様子は正に絵に描いたような「戦列歩兵」の運用例であり、自軍に多少の犠牲が発生しても指揮官の下す命令に従うイギリス軍が、植民地軍の陣形を崩し騎兵を突撃させて勝利する。
「キャムデンの戦い」という個別の戦ではイギリス軍が勝利を収めたものの、やがて植民地軍がイギリス軍を追い詰めて行き、アメリカ合衆国が建国されるのは歴史の皮肉との言えよう。
戦列歩兵の終焉をもたらしたミニエー銃
マスケット銃の登場によって生み出され、17世から18世紀の主力となった「戦列歩兵」であったが、その終焉もまた新たな小銃が戦場へ投入される事によって迎えたと言える。
その新たな小銃とは今日目にする多くの銃器に受け継がれている、銃身にライフリングを施し、ドングリ型の弾丸を使用したミニエー銃の事である。
このミニエー銃は1849年にフランス陸軍のミニエー大尉が開発したもので、ライフリングと弾丸形状によってそれまでのマスケット銃を無効化する程の命中精度と破壊力を発揮した。
ミニエー銃の効果がよく知られる戦いとしてはこれまたアメリカの南北戦争が挙げられ、マスケット銃の「戦列歩兵」戦術に対し遙かに遠距離から正確な射撃を加えるワンサイドゲームとなる。
こうしたミニエー銃を装備した側の一方的な勝利は、日本の幕末の第二次長州征伐でも見られ、旧式な銃の幕府軍に対し、ミニエー銃を装備した遙かに少数に過ぎない長州軍が勝利を収めた。
ミニエー銃の普及は「戦列歩兵」のように集団で密集し敵陣に近づくという戦法を無効化させ、やがて後装式ボルトアクションから連射可能な自動小銃へと進化し現在に至っている。
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