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子守唄

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今でもあの時の「歌声」は忘れられません。

高校の時、軽音楽部の合宿で富士五湖の近くの民宿に泊まりました。
朝早くから民宿の隣にある神社の境内で発声、昼まで楽器の基礎練習、午後からはそれぞれのバンドに分かれてひたすら音合わせ、という朝から晩まで音楽漬けの創部以来の伝統合宿です。
高校生なので飲み会こそしませんでしたが、合宿最後の夜には、毎年恒例のお楽しみイベント、「肝試し」がありました。
くじで決められた男女2人が一組で懐中電灯一つを手にして、神社の横を抜けて山道に入り、その途中にある寺の墓地の突き当りまで行って戻ってくる、これもまた毎年決められたコースです。
 
墓地の一番奥には、水道が設置されバケツや柄杓を置くスペースがありました。そこに変装グッズなどを置いておいて、それを一つ取ってくるのがルールでした。
肝試しは問題なく終わりました。

当時部活を取り仕切っていた私たち以外は、全員宿へと帰っていきましたが、私と同級生の男子、下級生の男子1人と女子2人の5人は、忘れ物や落とし物がないかを確認するためにもう一度墓地へと戻りました。
2人では怖くても、5人だと案外平気なものです。
肝試しが盛り上がったことなどをわざと大きな声で話しつつ、突き当りまで進んで引き返して、あと数メートルで墓地の出口というところで異変が起こりました。

突然、後輩の女子が一人、しゃがんで動かなくなったのです。
「どうした?気分悪い?」と聞くと、彼女は耳を押さえて首を横に振ります。
「…聴こえた」
私たちは困惑しました。こんな墓場で動けなくなるなんて。
「どこか痛い?」
私が話しかけると、彼女はまたぽつりと言いました。 
「先輩…聴こえるんです…」
「とりあえず立とうか?大丈夫?」
私たちで両腕を抱えると、彼女は耳を押さえたまま立ち上がりました。前にも少しずつ進めるようです。
一歩ずつゆっくりと墓地を抜けて、下りの山道に入るころには、彼女は耳から手を離し、少し落ち着いて見えました。
私は安心して、つい彼女に聞いてしまったんです。
「で、何が聴こえたの?」

その時、私の耳に入ってきました。
鼻歌が。メロディーが。
低い声で女性が歌う歌詞のない歌が。
私の頭の、すぐ上から。
氷水をかけられたみたいに冷やされた私は隣を見ました。すると、誰もが恐怖に歪んだ顔をしていました。同じ声を聴いたのでしょう。

「ぎゃー!!」

叫びながら暗闇の中を一気に駆け下りました。
幸い、誰一人転ぶことなく一気に神社の前の大通りまで出てくることができ、私たちは興奮しながら今聴こえた歌声について確認しました。
「何か聴こえたよね?」
「聴こえた!」
「女の人が」
「歌う声が!」
全員が大きく頷きます。

「子守唄みたいに優しいメロディーだったよね?」

また皆頷きます。
私は言いました。
「やばい!怖かった!だって頭の上から聴こえたから」
すると、全員が表情を一瞬無くしました。
「え?」
「真上から声が聴こえた…よね?」
「いや、私はすぐ後ろから」
「俺は左の崖から」
「私は右の藪の中から」
全員が同じ歌声をそれぞれ違う方向から聴いていたのです。
さっき歌声を聴いてしまった時よりも背中が寒く感じました。
あの声は誰の声だったのか。

私の人生の中で唯一の不思議な体験でした。
 
あれから30年。時代は進んで、今はもう肝試しなんて伝統として残っていないでしょう。社会人になってから何回も部活動のメンバーで集まることはありましたが、話題に上ることもありませんでした。意識的に避けていたのかもしれませんし、私もこのことをすっかり忘れていました。今年の夏まで。

この8月にネット番組で「怪奇現象芸人の怖い話」というものが放送されていました。
何となく気になって視聴しました。怪奇現象芸人さん達は私の知らない人ばかりでした。
その中の一人、私より10歳ほど若いある芸人さんが「知り合いの大学生が経験した話」をし始めました。
その話を聞いて、私は驚きのあまり思わず声を出してしまいました。
細かい部分こそ違いますが、まったく私たちと同じ体験だったのです。

音楽の部活動、神社の裏の寺、肝試し、男女が数人で山道、女の声で鼻歌、聴こえた方向がバラバラ…。
なぜ、この人は30年前の私たちの体験を知っているのでしょうか。私たちの誰もこの話を他人にほとんど話したことがないというのに。そもそもその芸人さんと私たちとはまったく接点がありません。
芸人さんは「その時の合宿で撮られたもの」だと言って、1枚の心霊写真を取り出しました。笑顔で写る若い男女の集団。その中にいわゆる「心霊」のようなものが写りこんでいます。もちろん全員黒い線で目が隠されていますが、私たちの写真ではありませんでした。
私は30年ぶりにあの夏の夜のことを思い出し、そしてまたあの時のメロディーが頭の中に流れました。

そして、もう一つ。
この話を投稿するにあたって、神社の裏に寺がある、という位置関係が正しかったのかどうか、地図アプリを使って確認することにしました。
たしかに私の記憶通り、神社と寺はほぼ隣り合っていました。
地図アプリで、もう一つわかったことがあります。
史跡や名勝を表す3つの点がその寺に表示されていました。開いてみると、それは昭和の初めに活躍した、ある「歌姫の墓」でした。
明治生まれの彼女は世界を股にかけてステージに立ち、晩年は静かな湖畔で過ごしそのまま湖の近くの寺に埋葬されることを願ったといいます。

あの時私たちに歌いかけてきたのは彼女だったのでしょうか。安らかな眠りを妨げる喧しい高校生たちを落ち着かせるために、「子守唄」を歌ったのでしょうか。

今でもあの時の「歌声」が忘れられません。

ペンネーム:狛犬
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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