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冥婚に見る各国の婚姻への概念と死生観考察

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世界各地に根付く慣習には、その土地特有の宗教観や文化が影響している。それは婚姻に対する捉え方1つ取り上げても容易に実感できる。
今回はその中でもいっとう興味の湧いた『冥婚』について調べた。「結婚して一人前」という耳に痛いワードに耐えつつ、紙面を広げてまとめてみる。

目次

冥婚とは

『冥福』『冥土』などと同じ字を含む冥婚は、示す通り『死者が婚姻関係を持つこと、またはその儀』である。死者の魂が婚礼を挙げる、とはそれ自体が独特な概念だが、冥婚は「人の魂は結婚という通過儀礼を通って一人前となる」という考えの元、「結婚せずに半人前で生涯を終えた魂に婚礼を挙げさせ一人前の魂として昇華させる」意図から成り立っている。

この点を踏まえながら、冥婚が浸透している地域や逆に浸透していない地域、そして浸透している地域内でも冥婚に対する考えや作法の違いなどを見ていくのも中々興味深い。

日本の冥婚

冥婚は東アジア圏の各地で見られ、我が国日本にも根付いた慣習である。東北は山形の『ムサカリ絵馬』が有名で、親が未婚の内に死んだ息子を一人前として供養する目的で絵馬に子と架空の嫁の絵を描き奉納する。この時、絵馬に描く嫁は必ず架空の存在を描かなければならず、実在する人間を描くのはタブーとされている。

南国沖縄にも『グソー・ヌ・ニービチ』という慣習がある。こちらは『女性は死後嫁ぎ先の家の墓に入る』という慣わしのもと、未婚で亡くなった女性に死後婚を挙げさせ位牌を然るべき家に納める意図だが、『魂は結婚して一人前』という考えは東北と共通している。

冥婚は国内でも幅広く分布しているが、死者の魂に婚姻の意思や結婚相手の選定などの意見を伺う場面があるので、分布する地域には同時にシャーマニズム(東北地方のイタコやオナカマ、沖縄のユタなど)が定着している傾向がある。

海外の冥婚

冥婚は海外では中国、台湾などで見られる。意図は日本同様、魂に婚礼を挙げさせ一人前として送り出すのだが、婚礼の挙げ方というか手法が地域によってはやや過激な傾向がある。
中国の山西・陝西省では冥婚を挙げさせる遺体に異性の遺体を添え、夫婦として埋葬する。この際の一緒に埋葬する遺体を手配する際、大抵は他家の遺族に相談して金銭の取引を経て葬儀場で遺体が引き渡されるのが主だが、時に墓を荒らしての遺体の盗難や果ては誘拐、人身売買などの犯罪が起きるケースもある。

台湾の『赤い封筒』の話を聞いたことがないだろうか。
本来はご祝儀などを入れて使われる『紅包』と呼ばれるこの封筒に、遺族が故人の生前の写真や毛髪などの身体の一部を入れて道端に置く。通行人が紅包を拾えば「死者からの求婚を承諾した」と捉えられ、近くで監視していた遺族たちに囲まれ故人との婚姻を迫られる。
一応故人が紅包を拾った人物を気に入るか占いが行われるが、拾った側には意思が尊重される場も拒否権も与えられない。こうして知らない間に無理やり婚姻関係を結ばされる事案が発生したため、旅行者向けに「台湾で道端に落ちている赤い封筒を拾わないように」と注意喚起がされた時期もあった。

ヨーロッパ圏では

ヨーロッパ圏では調べる限り慣習としての冥婚は見かけなかったが、宗教や死生観の観点から、「死んだ魂は祝福と共に神の御許へ還る」という死への肯定的解釈が根付くヨーロッパ圏では、「結婚が魂を一人前にする通過儀礼であり、半人前での死は憐れむもの」「死んだ魂の無念を晴らすために生者と婚姻関係を結ぶ」という概念が浸透に至らなかったと考察できる。

それを踏まえて少し広域的に捉えれば、欧州でもフランスが法律で死者との結婚を許可している。相続権などは与えられないが一方の死後も夫婦として姓を名乗れたり子の親権が認められるなど、アジア圏の冥婚に見られる『故人の魂の昇華』ではなく『遺された者たちの家族としての関係性の保証』を目的とする内容となっている。

各国の奇習~冥婚~

各国の奇習・冥婚に関して見比べてきたが、死者の魂昇華に対する解釈や手法に違いはあれど、故人への敬いや死後の魂の冥福を願う姿勢は万国の文化で共通しているといえる。

今回紙面に記した以外の地域でも冥婚を執り行っている地域は散布しているので、興味が湧けば調べてみてほしい。

※画像はイメージです。

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