奇祭と言えるかどうか判然としませんが、私の故郷の愛媛県、特に中予の辺りで行われている行事で「みんま(巳午)」というのがあります。
巳の日に行うので「みんま」という呼び名になったのだろうと思いますが、詳しい由来や故事は判りません。
みんまは神事
この「みんま」ですが、簡単に言ってしまうと、その年に亡くなった新仏さんのお正月を祝う神事で、12月の最初の巳の日に親族がお墓に集まって行うものです。亡くなった方に対する行事なので、法要のような仏事と誤解されることが多いのですが、これは神事なんですね。
そう言えば、「みんま」を初めて目にした母は、えらく仰天しておりましたっけ。
あれは私が高校を卒業した年のこと、母方の曾祖母が大往生しまして、葬式も終わって親戚一同落ち着いた頃、12月の巳の日がやってきたわけです。母にとっては直系の祖母ですから、「みんま」にも行かなくては、と言って出かけていったのですが、「みんま」自体を見たのはそれが初めてだったそうです。
私は都合が悪くて行けなかったのですが、母の話によると、まず祖父(曾祖母の次男で母の継父)とその家族が曾祖母の墓の前に集まり、お弁当を広げます。お弁当の中にはお餅がいくつか入っておりまして、祖父は手にした包丁(!)にそのお餅を突き刺し、背中越しに後ろにいる親族の誰かに食べさせたり、自分が食べたりしていたそうです。
何であんな妙なことするんだーー!? と母はわけが判らず呆然としていたとか。ちなみに、包丁を使う家もあれば、お箸を突き刺すという家もあるそうですので、形ややり方はきちんと決まっていないようです。もしかしたら、こんな変なことはせずにただ親戚が集まるだけという家もあるかもしれません。
みんまの理由
妙なことをするにはちゃんと理由があります。新仏様のお正月を祝うという行事ですから、仏様には喜んでいただかなくてはならないという目的があるんですね。要するに、突拍子もない奇抜なことをして笑ってもらおう! というのが元々の「みんま」の主旨なんです。
しかし、愛媛県民というのは、特に中予の住人は真面目を絵に描いたような、冗談の一つも通じない堅物が昔は多く、曾祖母などちょっと軽口を叩こうものなら、「よもだ(不真面目なこと)ばっかしすな」と不機嫌になってしまうくらいでした。お餅を包丁で刺すなどというふざけたことをしたら、笑うどころか激怒しそうなんですけどね。
ついでながら、10年ほど前、今度は祖父母が相次いで亡くなり、その年の12月にまたもや「みんま」が行われました。が、巳の日が月曜日だったため、その前の土日にやってしまう家が多かったようで、月曜に出社すると、私の前の席に座っていた同僚が「昨日はみんまやったんよ」と言っておりました。「あ、うちもみんまやった」と応答すると、「どなたが亡くなったん?」と。
言われたとたん、どわっと溢れるような歓喜の波が!
実は、関東で仕事をしていた時は、「みんま」と言っても誰にも全然通じず寂しい思いをしていたんですね。が、地元だとちゃんと通じるんだ! と思うと嬉しくて嬉しくて……。
もっとも、関東に住んでいなければ、「みんま」が地元だけの行事だとは知らないままだったでしょうが・・・ね。
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