わたしは小学校に入学して早々、上級生にあたる少女から「この学校には呪われた鏡がある」という、何処の学校でも耳にしそうな怪談を教えられた。
ある噂
なにがどう「呪いの鏡」なのか?
存在するのならば、学校の何処に在るのか?
当時7歳であったわたしに、そのような疑問符が浮かぶ習慣はない。
ただ少女が「呪いの鏡」の話題を出した途端、場に居合わせた同級生と上級生の気分は盛り上がり、やれ「真夜中に鏡のまえに立てば、鏡から手が伸びてきて中に引きずり込まれる」(変質者でもないかぎり、誰が好んで夜中の小学校など行くものか)といった、よくある噂で持ち切りになった。
その場が盛り上がればよいから切り出された話題である。「呪いの鏡」の話題はそれ以降、小学校を卒業するまでのあいだ、誰からも耳にしたことがない。それに小学1年生の行動範囲は制限されており、教室のある一階から、上級生のいる二階や三階には引率されないかぎり、行ってはいけないものと教員から通達を受けていた。
少なくとも、小学校校舎の一階には「呪いの鏡」に該当する代物は目にしなかった。
長方形の物
それから3年、季節は忘れた。季節を含めて、ここから記憶が曖昧になってくる。
わたしは小学三年生になっていた。当時、小学三年生の教室は新設された校舎ではなく、少なからず年期の入ったコンクリート造りの校舎の二階にあった。わたしは一人で学校に居残っていた。居残っていた理由は、憶えていない。
ともあれ教員から帰宅を許されたので、わたしは早く帰りたかった。ランドセルを背負い、下駄箱のある出入り口へと急いだ。
さっさと一階にある下駄箱に行きたかったので、日ごろは利用しない階段を利用した。
二階から一階に降りる階段に差し掛かったとき、踊り場の壁に、新聞紙に包まれた「長方形の物」が掛けられているのが目に入った。
そのときの気分に合わせて不用意な行動をとりがちな年齢である。「長方形の物」が目に入ると訳もなく気になり、滑るように階段を降りると、一直線に目的物のまえに立った。
呪いの鏡だったのか?
遠目には新聞紙に見えた「長方形の物」を包んだ紙は、新聞紙ではなかった。びっしりと隙間なく貼られた御札だった。活字に見えたのは梵字であった。御札が物の正体を完全に隠すため隙間なく貼られ、それでも何か足りないのか、その上にまた御札が張られて、厚みすら感じられた。
それを見たとき、わたしは怖いなどと感じなかった。訳が分からないが、とにかく曰く付きであるらしい代物に突然出くわし、困惑した。
わたしは直ぐに興味を失って階段を降り、下駄箱で靴をはいて校舎を出た。誰も居ない通学路を歩きつつ、ふと「呪いの鏡」の噂を思い出した。
さっき見たアレ、「呪いの鏡」だったのか?
今となっては
これ以降、なぜか「呪いの鏡」に関する記憶は一切ない。気まぐれを起こして、再び現場へ確認に赴いたとしても不自然ではないが、それすらない。
だいたい、主観的な記憶とは全くアテにならない。大まかな記憶は確かであっても、重要であるディテールについては記憶違いを起こすのが常だ。
今となっては「長方形の物」に貼られていたのが本当に御札であったのか、大いに怪しい。「なんだかよく分からないが、とにかく忌々しそうな物」を偶然に見てしまい、それを「呪いの鏡」の噂の記憶と直観的に結びつけ、アレは「呪いの鏡」だと断定した。そんなところではないだろうか。
20年以上が経ってから、その小学校のまえを通り過ぎたことがある。「呪いの鏡」らしきものが壁に掛かっていた校舎は建て替えられていた。建て替えの際、「呪いの鏡」も何処かへ行ってしまっただろう。
今でも同じ場所に、同じ物が存在するのであれば敵わないが。
思った事を何でも!ネガティブOK!