「余命ってどう言うものかご存じですか?」
終末医療ケアのA先生は、穏やかな口調でそう尋ねられました。
デリカシイの欠片もない大声の主治医の対応に腹を立て、主治医と一悶着起こし、主治医の変更と父の今後の治療について相談をしようと思いA先生の部屋を訪ねたのです。

「余命ってね、例えばお父様が4か月くらい経って必ず亡くなるという事じゃなくて、お父様と同じ進行具合 同じ症状の人達の平均の寿命を出したのが余命なんですよ。だから、その中には、余命4か月と宣告されて10年 15年生きた人もいるし、逆に数週間 ひと月で亡くなられる人もいるんですよ。その患者さんがいつ亡くなられるかなんて、正直医師でも分かりませんよ」
そんなお話も聞き、主治医も変更すると仰っていただき、辛い中にも ほんの一つまみの楽観が生まれて父のいる病室に戻りました。

「どうだった?」
同じ病室の鈴木さん(仮)の奥さんが話しかけてきました。
旦那さんが、父と同じ病気だそうで、毎日付き添っています。
話好きの人で、何かと声を掛けてくれて、少し長いお喋りを始める、そんな人です。

「大丈夫だそうです。」
「あぁ そう。良かったね~。先生変えてくれるのね。あの主治医の先生ホント感じ悪くてみんな嫌ってるから。あぁぁそう、ホント良かったね~」
(あっ、そっちの良かったか) そう思いました。
「俺ゃ あいつ大嫌いだでホント嬉しいわ」
そう言う父、鈴木さん夫妻、私達家族で笑い合いました。

ふと、廊下を見ると正面に鏡があって、合せ鏡になっています。
鏡の中に十人くらいの私が腰を掛けて座っています。見えないですが、鏡の中のもっと奥の奥に向けて、無限に小さくなりながら私が座っているのでしょう。
(病院で合せ鏡ってなんか気持ち悪いな)この鏡を見るたびに思っていました。

「あれ合せ鏡になってるんですね」

ある日、父が運動だと言ってフロアの散歩に出かけてる時、奥さんに話しかけました。
奥さんのお喋りが止まらず、何とかお喋りの鉄壁に穴を開けたいと思い、とんでもなくヘタクソな間合いでぶつけた問いかけでした。
以外に奥さんのお喋りが止まりました。2秒5秒10秒沈黙。

「あのね」
声を抑えて話し始める奥さん。
「病院ってそれぞれ役割があってね、軽い症状の人はA病院、中くらいの人はB病院、もう駄目な人はB病院から終末ケアのC病院に移るの。

ここはC病院。駄目な人はこの病院に転院させられるの」
父は、どの辺をあるいているのか?
鈴木さんの旦那さんは寝ているようです。

「この病院は、とびっきり患者の回転率が良いの。これ言うと、私おかしいんじゃないかと思われるから言わないんだけど」
ある意味、他の人とはちょっと違うなと常々思っている奥さんが語るには、
「あの鏡の中のどこかから仕切りを跨いで小学生 7・8才くらいの男の子が入ってくるの。で、幾つも重なる世界の仕切りを跨ぎながらこっちに向かってくるのよ。で、最後の仕切りを跨いでこの世界に来たその子は、どこかの部屋に入っていって、そうするとね、その部屋からご家族の大泣きする声が聞こえるの。『お父さんお父さん』って。どうもそうらしいの」

(そうらしいって何だろ?)

「いや、その子がどこの部屋に入って何をしてるかなんて知らないよ。付いてくの怖いでしょ?嫌よ出来ないわよ。
でもね、ある日、またその子が鏡から出てきて今度はこの部屋に入って来たのよ。私びっくりして動けなくて。で、そのベッド(私の父が寝ているベッド)のところに来て、佐藤さんってお爺さんが寝てたんだけど、佐藤さんの手を握って廊下に歩き出したの。佐藤さんは体から、もう一人佐藤さんが抜けて一緒に鏡の中に入って行ったの。ベッドの佐藤さんはもう心臓が止まってて… ねっそう言う事よ」

私は正直、話を聞いてもちょっと信じられないと言うか、(この人こういう話も出来るんだな)くらいにしか思えなかったのですが、奥さんの目は真剣で作り話をしてるにしては異様な光を湛えてました。
「あっ、洗濯物。ちょっと行ってくるわ。○○さん(私の父)もウチのお父さんも大丈夫だから安心して」
とバタバタと病室を出ていきました。

私は、見るとはなしに合せ鏡を見ると、5番目あたりの世界で黒い何かがコソッと動いたような気がしました。
「ちょっと違うんだ」
寝ていたと思っていた旦那さんが体を起こしてぼそりと言いました。
「あれは幽霊とかは見えないよ。俺が前に見て話したことを言ってるだけだよ、アレンジして。本当はね…」
「実際は、男の子じゃなくって12歳くらいの女の子で、黒の絞りを着てて、その子が最後の仕切りを跨いで左に曲がったんだ。後を付けたら奥から2番目の部屋に入っていってね、じいさんの顔をこのくらいの距離(30センチくらい)でジッと見てた。2・3日してその部屋覗いたら、その人のベッドが空いてた。悪くなって死んだそうだよ」

 私は、この鏡は死神の鏡で、病院からしたら 商売あがったり になるからわざと外さないのかな?と考えて嫌な気持ちになりました。
「(何かが)いるにはいるんですね」
私がそう言うと、旦那さんは何とも言えない、切ない表情になりました。そして旦那さんは立ち上がり、病室のドアを閉めました。

「ここに入って来たんだ」
私は半信半疑ながらもギョッとして尋ねました。
「いつですか?」
「昨日。今日も。やっぱり見えなかったか。今さっきまで一緒にいたんだよ」
旦那さんは悲痛をかみ殺して、こう言いました。
「畜生、あいつ ○○子(奥さん)の顔を覗き込んでた」

白粉をぬった様に白い顔。グレーの白目に妙に黒い瞳で 首を傾げながら 瞬きもせず、じぃぃと奥さんの顔を凝視していたそうです。無表情に。
そして血のように赤い唇の端をニィィと横に引き何事かを奥さんに呟き、さも可笑しそうに「ヒィ ヒィ」と笑ったそうです。
「俺は長くないから俺だけで良いのに」
旦那さんは、溢れてくる涙を抑えられずにいました。

結局、奥さんは数日後、事故で亡くなりました。
旦那さんも、事故から数日後に亡くなりました。

死神が鏡の世界を抜けて、現実の世界にやって来るなんてことがあるのか分かりません。
只、死が間近に迫っている人が発する極微かなサインを感じ取って、頭の中で映像化できる人はいると思います。奥さんの発した(死のサイン)を察知した旦那さんが、鏡と言うイメージ増幅装置を使って死神を具現化した。そんな気がしないでもありません。
本当に死神が存在して鏡の道を通り、現実世界に現れたのかもしれません。

私の父も、余命宣告を受けて、二か月後に亡くなりました。
息を引き取る数日前の父は、天井を見上げて何かを凝視する事がよくありました。
もしかしたら黒の絞りの着物を着た少女を見ていたのかもしれないと思います。

死を迎える人にしか分からないことです。

ペンネーム:ベジタブルおじさん
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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コメント一覧 (1件)

  • 文中の
    週末ケア → 終末ケア
    でしょうか。

    よろしければご修正を

     

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