女性行員全裸、耳そぎ落とし、人間バリケード!~三菱銀行強殺監禁事件の猟奇性~

閉店間際の銀行に押し入り、行員を銃で脅して金を奪う。抵抗するやつは殺す。そしてパトカーが到着する前に現場から逃走する。所要時間は3分。それが当初の犯行計画だった。だから、最寄りの警察署から車で3分では来られない銀行に狙いを定めた。

いったいどこで間違ったのだろう。警察は事件発生の一報を受けてからパトカーで出動する──そう思ったのが誤算だった。
想定外の展開に、逃げられないと悟った男は、人質を盾に籠城作戦に打ってでる。長い長い42時間のはじまりだった。

梅川昭美にみる現代の狂気

1979年に大阪市で発生した三菱銀行人質事件。犯人射殺により解決した人質立てこもり事件は、これを最後に日本では起きていない。テレビは現場の緊迫した映像を連日伝え、そのようすを日本中が固唾をのんで見守った。

銀行強盗事件として広く知られる本事件だが、犯人の病質的な残虐性が浮き彫りになった猟奇殺人事件であったこともたしかだろう。カメラが入れない銀行内では、サディズムのかぎりを尽くした地獄絵図が繰り広げられていたのだ。
大阪府警本部長に「拳銃の使用は正当だったと信じている」という言葉を吐かせ、「強行突入しかない」と特捜本部に決断させた蛮行とは?
梅川が君臨した3日間を時系列で振り返る。

1979年1月26日金曜日、午後2時30分

大阪市住吉区、三菱銀行北畠支店。駐車場に1台のライトバンが停まり、男が降りてきた。黒いスーツにサングラス、帽子、白マスクという出で立ちで、ゴルフバッグを抱えている。梅川昭美(うめかわあきよし)、30歳である。

彼は銀行に入るやいなや、猟銃を取り出して「伏せろ!」と叫び、天井めがけて威嚇発砲した。銃声が壁に反響し、パラパラと破片が降ってくる。一瞬にして、誰もが本物の銃、本物の銀行強盗だと理解した。梅川はナップザックをカウンターに放り投げて行員に告げる。
「金を出せ。10数える間に中に入れいや! 出さんと殺すぞ!」

この時、窓口係の男性Aが強盗侵入を内線でどこかに伝えたのに気づいて、すかさずAを射殺(第一の死亡者)。行員Bも頭部に被弾して重傷を負う。殺人にためらいはなかった。この隙をみて行員2名と主婦Cが脱出に成功。
早い段階で脱出者を出したことが梅川の計画を狂わせることになる。

通報、そして立てこもりへ

支店の東側へ逃げた主婦Cの視界に飛びこんできたのは、自転車で警ら中の警察官の姿だった。事情を聞いた住吉警察署警ら係長・楠本警部補は銀行内に飛び込み、拳銃をかまえて警告する。
「銃をすてろ!」
「撃つなら撃ってみいや!」
警部補は胸を撃たれ、「110番、110番……」とつぶやきながら絶命(第二の死亡者)。

予想以上に早く、パトカーのサイレンが聞こえてきた。脱出した残りの2名も通報していたのだ。
パトカーで到着した前畠巡査は銀行内に入るや、梅川にカウンター内から撃たれて即死(第三の死亡者)。この時点で2時38分。すでに8分が経過していた。計画は失敗だ。

「シャッターをおろせ!」梅川が怒鳴る。
銀行のシャッターが降りていく。東巡査部長が機転をきかせ、歩道の自転車と看板をシャッターの下にかませて完全に閉まらないようにした。シャッターは40cmの隙間を残して停止する。

府内の全署に緊急配備指令が出された2分後には道路が封鎖され、北畠支店は捜査員、機動隊、警察車両にびっしりと包囲されていた。大阪府警は支店2階に幹部を集めて特捜本部を設置する。

梅川と猟銃と銃の腕

梅川は猟銃の所持を許可されている正当な所持者である。
許可申請時の審査では過去の犯罪歴が洗われ、15歳の時に特別少年院へ送致されたことが判明した。広島県で若い女性の自宅に押し入り、ナイフの刃が折れるほどメッタ刺しにして殺害したのち、金庫を奪ったのだ。この前歴が銃刀法で定められた欠格者に該当するのではないかと議論されたが、少年法の壁が立ちふさがり、最終的に所持を許可せざるをえなかった。

梅川は銃を購入後、何年もクレー射撃に励んで腕を磨く。銀行を襲撃した時は「生まれて初めて銃を撃つ素人」ではなかった。
少年院行きを命じた広島家庭裁判所は、「病質的人格はすでに根深く形成されており、容易には矯正しえない。今後、社会に出れば、再び犠牲者がでる可能性あり。だが少年であるがゆえに処罰しえない」という言葉を残している。

絶対的な支配のはじまり

シャッターが閉じられた支店内。梅川は行員を整列させて訊ねる。
「責任者はどいつや?」
「私です」
支店長が名乗りでた。
「ええか? ちゃっちゃと金を出さんからこうなる。誰の責任や!」
そう言って、支店長を至近距離から射殺(第四の死亡者)。この時点で人質は約40名。男性行員は命じられるままに階段と非常口に机やキャビネットを並べて突入防止のバリケードを築く。梅川は、警察が行内に侵入していることをすでに察知していたのだ。

このあと、1人の男性行員に建物の構造や現金の保管場所を訊ねるが、行員がうやむやに返答したことで「落ち着いていて生意気だ」と発砲。行員は肩を撃たれて倒れ、そのまま死んだふりをした。梅川が別の行員にナイフでとどめをさして心臓をえぐり取るように命じる。
「もう、もう死んでますから……」
「そうか。そんなら耳をそぎ落としてみい。死んでるならできるやろ?」薄ら笑いを浮かべて、さらに強要する。
「できません、できません……」
「おまえら、『ソドムの市』って知っとるか? あの映画と同じ儀式をするんや。とっととやれ、おまえも死にたいんか!」
死んだふりをしていた行員が小声で「かまわん、やれ」とささやくと、命じられた行員は泣きながら左耳を切り取った。耳を差し出された梅川は口に入れて噛んだあと、「まずい」と言って吐きだした。

そのあと、女性行員の服を脱がせ、自分は支店長のデスクに陣どって、前方の机の上に彼女たちを全裸のまま正座させた。肉の盾である。服を脱がせたのは脱出防止の狙いもあっただろう。人質はトイレに行くことも許されず、カウンターの陰ですませるしかなかった。
「よーく見とれや。これから、めったに味わえん地獄がはじまるんやさかい」
梅川は不敵に笑みを浮かべた。

長い膠着状態

午後6時40分、狙撃チームが特捜本部に到着。6時45分、梅川が電話でステーキとワインを要求。試しに液体睡眠薬を混ぜて味見したところ、ピリッとした刺激を感じたために睡眠薬作戦は断念。
8時すぎ、通用口のドアの一か所が施錠されていないことがわかり、ここから捜査員が潜入。しかし見張り役の人質に気づかれ、拒絶される。
「来るな。警察は何もするなよ。俺たちが殺されるんだよ!」
人質たちは捜査員の接近を競うようにして梅川に教えるようになった。この事件ではストックホルム症候群が指摘されているが、生殺与奪の権を握られた極限の状況下で、すでに絶対服従の力関係ができあがっていたのだろう。威嚇発砲の銃声と悲鳴が外の報道陣にまで聞こえてくる。

9時を回ると、テレビ中継を見ている全国の視聴者から「協力」の電話が警察に殺到。
「何をモタモタしてるんだ。催涙弾かまして、いぶり出せ!」
「カレーライスに睡眠薬を混ぜろ。カレーならわからない」
「暴走族だが、犯人にムカついてきた。防弾チョッキを貸してくれたら、仲間を集めて突っ込んでやるぜ」

ドリルで開けたのぞき穴から中のようすをうかがっていた管理官が、第二機動隊零中隊(SATの前身組織)の松原警部を呼ぶ。
「人質を盾にしたこの状況で、仮に突入したとする。人質の間をぬって、犯人だけを撃つことはできるか?」
警部が中をのぞいて位置関係を確認する。
「できます」
さっそく松原警部を隊長に6名の狙撃手が選抜された。目的は突入、射殺。跳弾の危険性が高いライフルは使えない。突入のタイミングは、犯人と隊員の間に人質がいなくなった瞬間だ。臨戦態勢に入った彼らは、その一瞬をひたすら待つ。
梅川は特捜本部への警告も忘れなかった。
「仏はんが、ようけゴロゴロしてまっせ。強行突破なんぞしよったら、女の全裸死体も並ぶで。覚えとき」

深夜、犯人の素性がようやく判明

同じ頃、岐阜県多治見市──。
多治見駅の交番の前を、何度も行ったり来たりしながらうろついている男がいた。警察官が不審に思って職務質問すると、言いにくそうに口を開いた。
「……あの。今、大阪で銀行強盗やってるやつ。あいつ、俺のダチなんだ」
「なんだって?」
「駐車場にバンがあったろ? あれ盗んだの、俺なんだ。一緒に銀行強盗をやろうって誘われたけど、俺は降りた。あいつ、頭に血がのぼると何するかわかんねえ男だぜ」
……いや、もう頭に血のぼってるし。スゲエことやってるし。
この男の供述により、犯人の名前、年齢、住所、職業、強盗殺人歴がようやく判明する。

日付が変わって1月27日未明、「梅川は後ろにも人質を置いた」との報告が突入斑に入る。「いけるか?」との問いに松原警部は首を振り、突入作戦はいったん中止。
梅川のようすを観察していたベテラン捜査員が感心してつぶやいた。

「こいつは大した男や。片方の手で顔半分を洗い、もう片方で残りを洗う。タオルで顔を拭く時も同じや。常に片手を銃においたまま、何する時も両手がふさがらん。暴発性と慎重さを兼ね備えたやつなんざ、そうそういてへん。今後の参考に、ぜひとも生きたまま確保せんとな」

突入

人間が極度の緊張状態と不眠に耐えられるのは約40時間が限度とされる。それ以上時間がたつと正常な判断力を失い、幻覚や幻聴が
現れる場合もある。
1月28日早朝、松原警部に梅川のようすが書かれたメモが届く。
「梅川、新聞を両手で広げて読む。猟銃と拳銃は机の上。時おりウトウトして首を落とす」
二昼夜にわたる籠城で、さすがの梅川も疲労に勝てなくなっているようだ。いよいよ、その時が迫る。

突入チームは、梅川が管理官と電話で交渉している隙に匍匐前進で至近距離まで接近して偵察を行った。
「カウンターの内側からは、われわれの姿はまったく見えない。この死角を利用してカウンターに突進し、人質を避けて一斉に銃弾を浴びせるしかない。いいな?」

午前8時、隊員たちは物音を消すために靴を脱ぎ、少しでも動きやすくするためにヘルメットを外して、机やキャビネットで築かれたバリケードの陰に音もなく散開。突入班の潜入に梅川はまったく気づかなかった。

8時41分、ちらりと新聞から目をあげた梅川は、バリケードの向こうに人の頭がのぞいているのを発見して愕然とする。あわてて銃をかまえようとした瞬間、「伏せろ!」のかけ声とともに隊員が一斉に身を躍らせて銃声が響いた。8発の銃弾のうち、命中したのは3発。梅川は頭と首に被弾したまま、「殺すぞ……」とうめいてくずおれた。

事件後に発覚した梅川昭美の素顔

その日の夕刻、梅川は搬送先の病院で死亡した。
その後の調べで、自宅からヒトラー、スターリン、ムッソリーニ、ニーチェなどの伝記のほか、医学書、六法全書といった蔵書が600冊以上見つかり、たいへんな読書家であったことが判明する。
少年時代の強盗殺人歴のほか、わずか1年半で社会復帰したこと、また猟銃所持が許可されていたことを知った人質たちから、少年法改正を訴える声が上がったのはいうまでもない。

本事件に材をとった『TATTOO<刺青>あり』という映画がある。菱の3代目を銃撃した鳴海清の愛人と、梅川の情婦が同一人物だったという新聞記事をもとに描かれたものだ。梅川の遺体の右胸には赤い牡丹の花、肩から左腕には青い龍の入れ墨があった。
事件のあった北畠支店は、三菱UFJ銀行北畠支店として建物も当時のまま現存している。

※画像はイメージです。

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