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中国のおぞましき人体改造!甘いおしっこをする桃娘や纏足の歴史

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四千年の歴史を紡ぐ中国。
『三国志』『水滸伝』などで語られるように、虚実問わず様々な英雄が活躍したこの国は、一方で女体の改造に凄まじい執念を注いできました。
今回は中国の愛玩奴隷・桃娘(たおにゃん)や、身分の上下を問わず普及した纏足の謂れをご紹介していきます。

目次

中国で重宝される桃のルーツ

桃娘は秦(紀元前905年~紀元前206年)の時代から存在しました。
秦といえば漢・趙・魏・楚・燕・斉の6か国を征服し、初めて中華統一を成し遂げた大国。そしてこの中華統一を成し遂げたのがかの有名な秦の始皇帝こと趙政。人気漫画『キングダム』でご存じの方も多いのではないでしょうか。
騎馬民族の侵入を防ぐ為万里の長城を築き上げ、晩年は神仙思想にかぶれ、不老不死の霊薬として水銀を求めたともいわれる謎多き人物です。

桃娘の話をする前に、中国における桃がいかに愛されているか語らなければなりません。桃は中国を原産地とする果実で、古くは仙人の食べ物とされ、2500年前から栽培されていたそうです。
さらには不老長寿の果実とも信じられ、秦の時代の書物『仙樂』には、桃の果汁を啜ると長生きできると記されていました。
そんな桃は漢方薬の材料のみならず花も観賞用として愛され、お祝いの引き出物として桃饅頭が流行りました。

日本のひな祭りが別名桃の節句といわれ、祭壇に桃を飾る風習が伝わっているのは、桃が吉兆のシンボルであり、鬼(疫病)退治のシンボルとなっているからなのです。

秦の時代の皇族に愛された桃娘

些か前置きが長くなりました。
俗説によれば、桃娘は秦の時代の貴族や皇族の奴隷だったといいます。桃娘の作り方を説明は、買い取った女の赤ん坊に桃のみを食べさせるというもの。そうすると幼女の頃から桃の香りの甘いおしっこをするようになり、汗や涙、その他の体液も芳しく薫るのだとか。

とはいえいしている事は人身売買と身体改造なので、こんな無体は金持ちにしか許されません。
さらにおぞましい事に、物心付いた頃から桃とその果汁だけを摂取し続けた桃娘の多くは重度の糖尿を患い、成人を迎えられず命を落としてしまったそうです。

桃娘の主人は彼女たちの下半身に直接口を付けておしっこを啜ったというのですから、ほぼ性奴隷の待遇だったのは想像に難くありません。健やかに成長する事が極めてまれな桃娘の体液は不老不死の霊薬として高値で取引され、金持ちたちを喜ばせました。

桃娘に夜伽は無理?初夜で儚く命を落とす、悲劇の顛末

以上のように、桃娘は大変な虚弱体質でした。栄養バランスも何も考えず、育ち盛りに桃だけ食べさせられているのですから、体が育ちきらないのは当たり前ですね。にもかかわらず、主人たちは桃娘に性交渉を求めたというのだから人間の欲望の底知れなさに戦慄を禁じ得ません。
哀れなことに、桃娘たちはたった一度の性交渉に耐えられず命を落としました。
初夜、即ち死だったのです。

恐ろしいのは桃娘を抱くことも不老不死の近道とされていたこと。
甘美な体液をたらふく啜って満ち足りた後は、総仕上げに凌辱するというわけです。中には桃娘を殺害しその肉を貪り食べた者もおり、不老不死を求める人間の醜悪さに絶句します。一見眉をひそめざるえないほど猟奇的で、桃娘の末路には同情せざるをえません。
とはいえ、カニバリズム自体は中国で然程タブー視されていませんでした。

日本でも飢饉が襲うたびカニバリズムが猖獗を極めましたが、中国の人たちも比較的自然に人肉を食べていました。
その代表といわれるのが両脚羊。こちらは中国の戦国時代から春秋時代の書物に登場する食材で、人肉の隠語とされています。名前の由来は味が羊に似ているからとも羊と調理法が同じだからともいわれており、なんともぞっとしますね。

かたや、中国では人肉の提供が最高のもてなしと考えられていた時代が存在しました。
中国の書物『資治通鑑』には人肉の市場価格が暴落した記録があり、元の時代には病気の夫に自分の肉を捧げた細君の話が、美談として広まったのだそうです。『三国志』では劉安が劉備に妻の肉料理を食べさせていますし、部下や奴隷が主人に肉を捧げるのは、当たり前の価値観だったのかもしれません。

薬膳を主とする古代中国医学には、「患部の治療の際は、具合が悪い場所と同じ部位の肉を食べるべし」とする同物同治の思想が定着しています。
桃娘の肉も生涯一度だけ食べられる最高級食材として、文字通り垂涎の的だったのではないでしょうか。

纏足は何の為?衝撃の真実とは

桃娘と並んで挙げられる事が多い人体改造といえば纏足。
桃娘は公的な歴史書に一切記述がないことから、都市伝説じゃないかと疑問視する声も多いですが、こちらは実際に何千年も続いていました。
纏足は別名「小脚(シァオジァオ)」とも呼ばれ、4・5歳の幼女の足首から先端にかけ布でキツく縛り、故意に歪める風習でした。

この際は全部の足の指を内側に折り畳むそうで、骨折したまま布でくるまれ、壊死してしまうこともよくありました。
纏足に用いるのは長さ3メートルにも及ぶ帯状の綿布。これで足をギチギチに巻き、長期間固定します。纏足の施術には想像を絶する激痛を伴い、女児は高熱にうなされました。

痛み止めのアヘンを吸わせるのは序の口で、時には形を整える為、足の甲の骨を石で砕きました。
もちろん無事ですむはずもなく、纏足を施された女性は生涯歩行困難に陥ります。
立ち働く歩く必要がない高貴の身分の女性ならいざ知らず、こんな状態で農作業や家事に従事しなければいけない平民たちは日常生活に差し障りがでたでしょうね。

足のサイズは全長3寸、9センチが理想とされました。成人女性の平均的な足のサイズは22センチ以上なので、いかに異常かおわかりいただけるのではないでしょうか。しかも纏足の処置は死ぬまで続き、女性は定期的に布を取り換え、縛り直さなければいけません。結果、足は動物の蹄のような先細りの形状に変化していきます。

最も美しい纏足には「三寸金蓮」の称号が与えられましたが、これは故事にちなんだもの。
斉朝(479〜502年)の女官が蓮の花の形に切り抜いた金箔をまき、その上を皇帝の寵姫が歩いて蓮華を咲かせた話がもとで、中国では足の小ささも美人の絶対条件だったのです。

何故纏足の風習はなぜ広まったのか?

さて、何故纏足の風習はこれほど広まったのでしょうか?
有力な説として挙げられるのは、小さな足が男性の性欲を刺激したというもの。形そのものもさることながら、よちよち歩く様子が征服欲を煽り立てた、と唱える人がいます。

もっと踏み込んだ説では情事の際の足コキに都合よいからともされ、男の身勝手さが透けていますね。
ちなみに纏足は股関節や骨盤の発達を促し、膣圧も高まると信じられてきましたが、医学的根拠は全くありません。

中国もまた日本と同じ、あるいはそれ以上の男尊女卑社会だったので、妻や娘の逃亡を防ぐ目的で纏足を施したというのが、一番実用的な考察かもしれません。

まとめ

今回の記事では桃の香りのおしっこをする桃娘と、中国の奇習・纏足をご紹介しました。
桃娘の実在は疑われているものの、中国で連綿と行われてきた拷問の数々や人体改造の歴史を見ていると、必ずしも否定しきれないリアリティーが生じます。

纏足に至っては九十代の生き証人が何人か確認されており、施術の様子を生々しく語っていました。
そのままでも十分美しい女体に手を加えるのは無粋な気もしますが、それもまた歪んだ独占欲の発露なのでしょうか。

※画像はイメージです。

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